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あとは野となれ山となれ

「じゃあ行こうか? せー」


「はぁー……よし」


 僕はコンバット・ブーツを履いてから食糧と水をギチギチに詰めたリュックサックを背負った。まるで死体でも運んでるかのように重い。それはドアノブを掴んでいるかなめも同じだった。何しろ、下手したら二度と戻れないかもしれないからな。出来る限り物資は持っていく。

 銃が欲しいという僕の願いは棚ぼたで達成されたものの、トカレフ一丁だけでは頼りないのでやはり鉄砲店には行くことになった。そのついでに給油や物資調達も行く計画で、久しぶりにアスファルトを踏むことになった。

 ただこの外出は、あくまでこの家に可能な限りできるだけ長く居続けるため、潤沢な資源を蓄えるためであって、かなめが変な気を起こして地元に行こうとしないように、くれぐれも目を光らせておかないとな。気づいたら仙台にいたとか全く笑えん。


「待った。まず開ける前にストッパーをかけて軽く開けてくれ。そしたら鼻をひくつかせて悪臭がしないか確かめてくれ」


 連中が近くにいないか確かめないといけないからな。


「特に臭いは何もしないよ? 上の階の電気消したし寄り付かなくなったんじゃない?」


「そういう楽観視は身を滅ぼすからやめた方がいいよ。耳すましてうめき声とか聞こえない?」


「へいへい、なーんも聞こえないって」


 少なくともこの階には奴らはいないらしい。今、ドアを開けたまま会話してるからそれを察知して襲いに来てもいいはずだけど、それもない。少し安心した。


「よし、じゃあ行こう。かなちゃんは車のキーをリレーのバトンみたいに大事に握りしめてな。いつでも使えるようにね」


「うん。じゃあ私がドア開けるからせーが最初に外出て周囲を警戒してね」


 そう言うと、かなめはドアストッパーを外してからやはり怖いようで恐る恐るドアを開けたが、じれったいので僕はドアを蹴って豪快に開放してから槍を真正面に突きつけ、左右に首を動かした。


「よし、本当にいないな」


 やはり橋爪さん宅が電気をずっと点けていたのが、こんな上まで連中がわざわざ徒歩で苦労して昇ってくる原因だったようだ。


「うわっ僕が殺したゾンビ、他のゾンビに食われてる。コイツら共食いするのか」


 玄関前にあった僕が始末した、沢村さんとかのゾンビの死体が見当たらないと思ったら、共用廊下まで数メートル引きずられて、幼児がクレヨンで描いた不気味な人物画を忠実に再現したようなぐちゃぐちゃの損壊遺体になったいた。でも生きるためならそりゃ何だって食うか。あれ跨いで行くのは流石に嫌だけど諦める他ない。


「うわっ嫌なもの見ちゃった」


 かなめも恐々出てきたが、ネットに上げたら即検索してはいけない言葉入りは確実な真横のグロすぎる亡骸を見て青ざめた。自分もああなるのかと思ったのかな。吐かなかったのは偉い。


「かなちゃん、ほい施錠して。両方だよ」


 僕はかなめにトカレフの空薬莢で作ったストラップをつけた家の鍵を渡して、彼女に戸締りをさせた。鍵渡す時に手がかなめの胸にガッツリ触れたけど、今はもうお互い何も感じなくなっていた。


「したよ」


「ああ、鍵は持ってていいよ。いざとなったら車運転できる君の方が生きて戻れる可能性は高いからね」


「あ、自分から死亡フラグ建ててやんの」


「うるさい」


 初めて会った時はあんなにゾンビに怯えてたのに、今日外出したいと積極的に言い出したのは彼女だ。その勇気に僕も少しは答えてあげないとな。


「僕が先に行くからかなちゃんが背後を頼む、繊細なヤツが潜んでるかもしれないからな」


「わかった、うわっ……何だカラスか」


 かなめが小さな悲鳴を上げた。少し前に階段の踊り場で僕が焼き殺したゾンビの死肉を啄むカラスが、僕らを見て黒光りする羽を広げて飛び立ったからだ。思えばカラスを見たのも久しぶりだ。スズメやハトも最近は遠目にしか見てない。

 本来なら日常的に歩くべき共用廊下が、まるで深夜の墓地のような緊張感を放っている。


「おっエレベーターの電源はまだ生きてるか、ちょうどいいから使うか?」


「うーん一階に奴らがうようよいたら、逃げ道はないから怖い……って押しちゃったの」


「おっかなびっくり階段で降りてたら日が暮れちゃうよ。ただでさえ荷造りで3時間もかかったんだぞ?」


 この外出は僕らの行動力や判断力と同時に運も試されることになるだろう。まずエントランスにあるというアルファードがそもそも誰かに持ってかれてたり、横転していたらその時点でもう元の木阿弥だ。

 かなめが危惧する通り蛮勇かもしれないけど、こうしてリスクを背負った賭けに出ることも時に重要だろう。男は度胸って何かの漫画でも言ってたし。


「ねぇ、せーって好きなもんって何?」


「は? 何だよ急に。ジャンルは?」


「何でもいいよ」


「あー……空港ぶらぶら歩き回ることかな。あの近未来的で複雑な迷路みたいな構造の中に、とにかくたくさん売店があるのを眺め歩くのが好きだった。

 特にこんなとこ誰も来ないだろってとこに、マッサージチェアとかぽつーんとゲーム機があるとワクワクする。

 特に国際空港は日本の入り口だから、ショッピングモールと美術館とホテルを混ぜた国の粋を集めた施設だから、何度行っても楽しい」


「色々珍しいものもあるだろうしね。旅行行く予定もなく行ってたんだ」


「そう。もちろん旅行の時は家族より先に行って、手荷物検査を先に済ませて隅から隅までラウンジとか歩き回ってた。お袋は理解に苦しんでたけどね」


 いつか世界一広いというシンガポール空港を丸一日散策したいものだけど、それももう難しいだろうな。


「かなちゃんは?」


「私ぃ? 私は……」


 すると、かなめは口ごもった。さてはろくでもないことが好きだから代わりになるものを思考を巡らせて探してるな。


「やっぱりせーと一緒にいるのが好きかな、なんか一緒にいると安心するというか落ち着くというか、こんなこと言ったら不謹慎かもだけどこんな状況下でもなきゃせーと関わることもなかっただろうから、私はほんのちょっとだけ……この災害に感謝……してたり……」


 と、かなめはブツブツとそう言って耳周りの髪をかきあげながら、頬を赤く染めて俯いた。何で急にしおらしくなったんだ? 僕と共にいるのが好きだってのは嬉しいけど、こっちも反応に困るんだけど。


「そ、そうか、僕もかなめに会えてよかったよ」


 僕は何をするべきか分からなかったので、かなめの肩をポンポン叩いた。本当は背骨を折らんばかりに抱き締めたかったけど、槍を持っていたから危なかった。

 すると、かなめの方から僕に抱きついてきた。それは、僕の背骨が実際ミシッと音を立てるくらい凄まじい力のハグだった。満腹だったら確実に吐いていた。


「あの、力強いんだけど」


「いいじゃんそんなこと、というかエレベーター来ないね」


 そういえばそうだった。見たら3階で止まっていた。え?


「嫌な予感」


「同意」


 次の瞬間、真下からそれはもうやかましいブザーの音が鳴り響いた。それでもエレベーターは僕らのいる上へと上がり始め、エレベーターを吊り上げる極太のワイヤーが動いていくのが扉から見えた。


「な、何? このブザーは……」


「僕も初めて聞いた。まー多分、定員オーバー」


「は!?」


 呼んだエレベーターには、大勢のゾンビが押し込まれていた。野菜の袋詰めのようにキッツキツに。


「「おぎゃぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」


 初っ端からとんでもないハプニングに僕らは恐怖に叫んだが、怯えたかなめは僕をより力強く抱き締めたので、今度は肋骨辺りからから聞いたことがない変な音がした。折れた?


「クソが! いったん引き返すぞ!」


 僕はかなめを引き剥がすと、ダッフルコートのポケットからトカレフを抜いて扉の網ガラス越しに一匹を撃った。


「効いてない?」


 しかし、顎に命中してもあんまり意味が無いようだった。素人の僕にいきなり脳天に当てるなんてプロの芸当ができるわけない。


「畜生! かなちゃんさっさとー……」


 あれ? いねぇ。

 かなめが消えた。

 バタン!! ガチャッ!

 あ、アイツ逃げたな。しかもガチャって。さてはアイツ鍵かけたな。


「あ! おい! お前!! マジ無理キレそう! ほんとありえないんですけどお前!! さっきあんな純愛めいたこと抜かしといてもう裏切るとか舐めてんのかゴルァァァッ!! お前頭だけでなく尻も軽いとか何の取り柄もないなテメー開けろブチ殺すぞ! お前みたいなクズがいるから日本はいつまで経ってもよくならないんだ!! お前絶対許さん! たとえゾンビになっても僕お前への恨みだけは絶対忘れないから覚悟しとけよブス!!」


 僕はマッハでドアまで走り、冷酷にも鍵がかかった自宅のドアを叩くというか殴りつけながら、かなめ、いや卑しい薄汚い売女への呪詛を吐き散らした。

 人間、追い込まれた時にこそ本性が出るというけど、正にその通りだった。


「おい開けろかなめェ!! 今なら血祭りで許してやっから開けろや! 開けてください! 助けて! あああああああああ!!」


 見た感じ、橋爪さんとその愉快な仲間達を上回る10匹のゾンビがすぐそこまで迫ってきていた。流石にこの数をこんな狭い場で相手にしての僕に勝ち目はなかった。

 流石の僕も涙目になってイチかバチかトカレフで鍵穴を破壊しようとした時、ドアが開いてにゅっと伸びてきた腕が、僕の袖を掴んで家の中へと引き入れた。

 玄関では、バツが悪そうな表情のかなめがしきりに爪先を床に叩きつけていた。


「……」


「……」


 流石にこの恥も知らない女にも御恩と奉公という思考はあったのか、寸前のところで何とか家に入る事ができた。しかし、騙されたことへの怒りが収まらん。


「この野郎ッ!」


「ひっ」


 僕がまず一発ぶん殴ろうと拳を振りかざしたら、かなめが震えて反射的に両手を顔の前に出してよろめき、そのまま尻餅をついた。

 いや、流石に女を殴るのはよくないか……。DVとか僕には似合わない。かなめが僕を見上げるその顔は震えあがったもので、それを見て少し正気を取り戻した。まぁ僕の方が勇敢だということが証明されたので良しとするか。

 すると、かなめが僕の顔をじっと見て、一言呟いた。


「え? まさか泣いてんの?」


 ぶちっ。


「あだだだだだだ!! 痛い痛い!」


「怒らせちゃったねぇ! 僕のこと本気で怒らせちゃったねぇ!!」


 反省の色なし、つまり生きる価値なしってことでいいな?

 僕はかなめの左右のこめかみに拳骨をぐりぐりと押し付けた。僕が力士やボクサーだったらかなめの頭を踏まれたトマトみたいにしてやるんだが、できなくて残念だ。


「あいだだ! 悪かったってば! ちょっとだけ魔が差してせーを見捨てれば食糧も増えると思っただけだって! ちゃーんと考え直して家に入れてんだからいいでしょもう!!」


「正直でよろしい。死ぬがいい」


 やはりコイツ、僕の家を私物化してるな。今後はもっとかなめを警戒しておくべきだな。

 僕がもうしばらく制裁を続けようとした時、家のドアが引っ張られて強く揺れて、外から複数の呻き声が聞こえた。ヤツらが到達したらしい。流石に確実に中に人がいると分かってるから、コイツらも易々と引き返したりはしないだろう。


「まぁ初犯だし情状酌量してやるか」


 かなめよりまずこっちに時間を使うべきと考えて、僕はかなめの頭から手を離した。開放されたかなめはぐったりと倒れて壁にもたれかかったが、大したことないような感じですぐに立ち上がった。コイツやたらタフで腹立つな。


「もういい! 離婚だ離婚! 君なんか守って死ぬくらいならレジ袋と猫を間違えて助けて轢死した方がまだマシだわ!」


「求婚から2日足らずで!? 成田離婚するカップルでももう少し長続きするけど!」


「うるさい! 僕じゃなかったら今頃滅多刺しにしてるところだ」


 そうこうしている間に、ドアの前には相当な数の連中が群がっているようだった。僕はドアストッパーをかけると、槍を最大まで引き伸ばした。


「いいか? 次こんなふざけた真似したらかなちゃんの顔中の毛という毛全部剃ってから耳と唇切断して、ポケモンのディグダのコスプレさせっからな!」


「すいません、マジで怒ってるんすか? さっきのグリグリ全然痛くなかったから、からかってるだけだとばかり」


 ぶちっ。


「当たり前だ! 貴様そんなに死にたかったのか。ごめんね君のこと分かってやれなくて」


「分かったよ。じゃあ今いるゾンビは私が殺してあげるからそれでチャラってことにして?」


 そう言うと、かなめは僕の持つ槍を掴んだ。手を放したらその瞬間に斬られそうで渡すべきか迷ったが、こっちには銃があると思って槍をかなめに貸してやった。


「じゃあせーはリビングで休んでていいよ」


「いい! 君が変なやり方で包丁の部分を折ったりしたら困るからここで監督してる!」


「せーって結構ツンデレだよね」


「いいからさっさと殺せよ」


 僕はリュックを下ろしてブーツを脱いでから、壁に寄りかかってかなめが無茶な殺し方をしないか見張ることにした。

 結局車に乗り込むことはできなかったけど。内心ではちょっと安心している自分がいる。やはり家が一番安心する。ちょうどドアの前にもいるように、外はゾンビだらけ。だから僕は立て籠もることを選んだんだ。


「じゃ開けるよ」


「うん、本当注意しなよ」


 それでもいつかはここを出ることになるだろうけど、いつかのことは今考えなくてもいいだろう。あとは野となれ山となれだ。

 話変わるけどアバラ折れたな。クソ痛い。

今まで読んでいただき誠にありがとうございました。

この作品はラノベのコンテストに応募する目的で執筆していて、文量が規定の字数を満たしたのでここで一旦更新を停止させていただきます。

書いてる中で色々と構想を練っていたら、この後の展開も思いついたので、もし感想などで要望があればまた書くかもしれません。

次は架空戦記モノを書く予定なので、もし良かったらそちらもお願い致します。

重ねて、今までこの作品にお付き合いいただいたこと、深く感謝致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 気になる展開が面白くて読んでました。でも、引っ張っておいてここで止めるとか、完結させる気が無いなら発表しないで欲しい。
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