白銀に煌めく星の下で
「ちょっと、シソもっと細かく切ってよ。私シソのごわごわした食感嫌いなの」
「へいへい」
あれから部屋を一通り散策して、とりあえず食糧や金品はあらかた略奪した。気分は民家に押し入って物資を漁る逃亡兵だ。
ウォーターサーバーの補充のボトルが手付かずで4本もあったのは嬉しかったが、何でこれを使わずに薄々怪しみながらも水道水を使い続けたのだろう。これは虎の子だったのか?
とりあえず12L×4で48Lの水に、その他酒類やティーパックも手に入れた。これでさらに物資が増えたし、僕もしばらくは生きていける。
そうしていたら時刻はもう10時に迫っていたので、僕らは残っていた傷んでないこの家の食糧を使って料理を始めた。日記にもあったパスタを作ってるけどどうなんだろうか。
「とりあえず具材の準備はこれでよし……」
「ほい水」
オリーブオイルでオイルサーディンとサラミを炒めて、さらに岩塩とオニオンチップを振りかけてから軽く水を入れて出来上がり。男の料理そのものだな。カロリーの化け物だ。
とりあえずこれで具はできたので、あとはお湯を沸かして麺を茹でるのだけど、ただでさえ貴重な水をこんな大量に使うことに抵抗を感じないといったら嘘になる。
スープパスタにすべきだったと後悔したが、それの作り方がわからない。家では専属料理人がいたから調理なんて高校の家庭科実習以来やってないけど、そこでたらこパスタは作ってる。
「えーと湧いたからここに塩をひとつまみね」
「具が塩辛いから入れなくていいでしょ。もったいないし飲まない?」
「蕎麦湯ならぬパスタ湯か……」
僕はそう言いながら、きちんと家庭科の時の記憶を掘り返して扇状に麺を鍋に投入した。袋には3分とあった。
「せーその背広全然サイズ合ってないね」
「まーね、橋爪さんって身長2メートル10センチ超えてたししゃーない」
彼の遺言にあった車のキーがあるという背広を部屋中探したら、何故か彼の寝室の天井の送風機にかかっていた。寒いから今着ている。
「どうでもいいけど私の家のドアをよくゾンビが来て叩いてたのって、この家の方々が電気つけてたせいなのかな」
「あー言われてみればそうかもな。まぁ今日くらいはつけたままでもいいか」
ん? 私の家?
「これで麺もできたか。えーとトングトング……。なぁ盛り付けくらいはかなちゃんやってくれないかな?」
「いいけど私均等に盛らないよ」
「はぁ……全く宇都宮銀行の御曹司であるこの僕ををこき使えるのなんて君だけだよ」
僕はトングを使ってフライパンに麺を移し替えて具と混ぜてから皿に盛った。仕上げに玄関にあった植木鉢で育てていた大葉を細かく切って添えて。
「はいどうぞ」
「どーも」
僕はよそった皿をバルコニーチェアに座るかなめに渡して、その後にフォークを渡したけど、妙に汚れていたのでハンカチで拭ってから渡した。
「どうよバルコニーで食べるパスタは。こういうのが成金を夢見る若者の憧れの的なんでしょ」
「寒いです。そのせいでパスタもうほぼ冷めかけてます」
「やっぱ? 夜景にしても8階程度じゃそこまで綺麗でもないしね」
やっぱり飯は屋内で食べるに限るというピクニック否定派の僕とかなめだったが、どうせガラス戸は割れてるし、下に降りて食うのも面倒だからここで食べている。
僕も完全に冷える前にパスタをかっこんだ。やはり慣れないせいか麺が塊になってしまったけど、味は中々おいしいですね。
僕は防災食品の缶詰に入ったパンを開けてかなめに勧めたが、かなめはこれだけでお腹いっぱいになるからと断った。
ガスボンベを持ってみたらもうほとんど中身が入っていない。火を起こすだけならマッチがあるからそれほど心配はしていないのだが。薪はとりあえず木製の家具を解体すればいいか。
「しかし、僕らここにあとどんくらいいないといけないのかな」
「え? 大丈夫でしょ食べものはまだまだあるし」
「そういうのじゃなくて、もしかしたらどこかに行けば避難所があるのかもしれないし、そうでなくても食糧はいつかなくなるんだから、いつかはここを出て行動を移さなくちゃならないだろ。少しは外部の情報も欲しいし」
「それはそうだけど……どこか行きたいところでもあるの?」
「いや、テレビが見れた頃に言ってたんだけど避難所に指定された場所が近辺にいくつかあって、そこは今どんな感じなのか気になるんだ。あとは駅沿いに鉄砲店がある」
かなめがふぇっほうと言って、頬張りかけた麺を噛み切って皿に戻した。きったねぇな。
僕は背広のポケットからレンタカーの鍵を取り出して、テーブルの上に置いた。確か車種はアルファードで、エントランス前に乗り捨ててあるという話だったか。しかし問題がある。
「まぁ根本的な話、僕免許持ってないんですけどね」
残念ながら僕は教習所を選んでさえなく、3年生の終了時くらいに行こうかなと考えていたので、車を運転できない。というか子どもの頃に遊園地のゴーカートで同席した祖父を嘔吐させたくらいには運転には自信がない。
「んーまぁ……私は免許持ってるけど。まぁ免許入れてた財布はなくしたけど」
「お? そうなの」
意外だ。やっぱり北海道ってクソ広いから車がないと困ることも多いのかな。
「でも行くならやっぱり私は実家に帰りたいかな。何だかんだこのマンションにせーと一緒に暮らしてたら地元のことをよく思い出すんだよね」
そう言って、かなめは唐突に「故郷」を歌いだした。小学生の時に6年生を送る会以来初めて聞いた。
僕も実家の宇都宮が恋しくないと言えば嘘になる。しかし、東京から北海道は危険な旅路だ。終点は札幌でなく黄泉の可能性の方が高い。僕はかなめと違ってクレバーだからな。
「流石に無理があるね。ここ以上の拠点は無いんだからそこを自分から捨てるのは自棄を起こした人間のすることだよ」
「まぁそうだよね。せーが王様でいられるのはこの家の中だけで、一歩外に出たら家柄以外取り柄のないもやしっ子だし、何より今度は車内では私が王様になるわけですし」
「って言ったら僕が怒って口車に乗せられて同乗すると思ってるのかな?」
家柄以外取り柄のないもやしっ子で悪かったな。そっちこそ20個に1個くらい紛れてるピーナッツ入ってない落花生みたいにボンキュッボンで頭スッカスカの癖によぉ。
「えーダメ? 多分あっちは雪国だしゾンビも凍死して少ないと思うよ?」
かなめはそう呑気言って、僕のほっぺたを両手で挟んだ。そういえば前に寝言で両親のことを言ってたか。家族については夢を見ない方が現実を知った時に傷つかずに済むと思うのだが。
「ま、まぁ銃を手に入れて給油や補充のガソリンも入手できたら僕も同伴してあげるよ」
「やった!」
僕が流されてそう言うと、かなめは嬉しそうに席を立ってウサギみたいにピョンピョン辺りを跳ねた。みんな外に出て死んでるというのに頭おかしいのかしらこの子は。
流石に僕は北海道までは行きたくないし、その時になったらもう車を手切れ金代わりに渡して追い出しちゃおうかな。どうせ罪悪感でできないんだろうけど。
それ以前に銃も入手できるか怪しいんだし。あ、そうだ。
「橋爪さんの金庫をまだ開けてなかったわ」
僕はソファの上から、工具箱のような見た目の取っ手のついた重い金庫を両手に抱えて椅子の上に置いて、ダイヤルの前に膝立ちになった。
「別にお金なんてもう意味無さそうなんだけどねぇ」
「少なくとも金は持ってて困ることはないよ」
僕はそう言って、暗証番号を記したメモを頼りにゆっくりと間違えないようにダイヤルを回し、最後の数字を合わせた時に内部からカチリと音が聞こえた。
「開錠したな」
さてさて、人気俳優のタンス預金はいったい如何程なのか拝見させて頂きましょうかね。
「え?」
「え?」
金庫の中には札束が7本入っていたが、それ以上のブツが中に入っていた。
「は? 本物か?」
何故か拳銃が入っている。弾倉が一緒に入っていたけど本体もこれも明らかに鉄でできてるし弾も込められてる。絶対エアガンじゃないことは分かる。
「確かこれトカレフってのだよな……日記にはこんなこと書いてなかったぞ」
「任侠映画によく出てくる銃」
僕は弾倉を何となく挿入してスライドを引いてみた。確かこうするんだよな撃つ時って。
「え? 撃つ気?」
「いや、ちょっと本物か確かめてみただけェェッッ!?」
弾倉を抜いてから引き金を引いたから弾は入ってないはずなのに、何故か発砲できてしまった。その耳をつんざく銃声にも驚いたが、手すりに当たった弾丸が跳ね返って僕の皿を吹き飛ばしたことにもっと驚いた。
「マジで本物かよ……こ……怖ぇ……何でこんなもん隠し持ってんだよ……」
シャブよりこっちの方がバレたら問題になるだろ。そんな時、開いた口が塞がらない僕の肩と銃に、ニコニコ顔のかなめが交互に手を置いた。
「まぁこれでわざわざ鉄砲店まで足を運ぶこともなくてよかったね。よし、早速明日給油に行こうねせー! それとそのチャカは私が預かっておきます」
「いや僕が自衛のために持っとくよ。最近裸で僕に迫ってくるやべー女が近くにいるし」
「それ私か! なんかアンタに持たせたら絶対危険だと私のサイドエフェクトが言ってるからよこせ!」
「やだ! 小生一回銃持ってみたかったの!」
後で日記を一から読み返したら、橋爪翔介は生まれ故郷に半グレの悪友がいたらしく、その友人から興味半分で密輸した銃と弾を200万円で購入していたらしい。しかし買った後に後悔したけど、捨てるのも難しいからとりあえず金庫に隠したそうな。
しかし、それ以降、それに関する事柄や金庫のことが日記では一切触れられていないので、恐らく純粋にトカレフの存在を忘れていたのだろう。




