誠一郎は英検2級合格者
「クソッ! だから寝るなって言ったんだよ僕は!!」
案の定、室内にはまだ数体のゾンビが残っていて、運良く一体が転んで音を立ててくれたから良かったが、そうなってなかったら食われていた。
「頑張ってせー!! せーならやれる!! 私よりも力強くて将棋もオセロも強くて、器も大きくて巨根でえっちも上手なせーなら勝てる!」
かなめは安全なバルコニーから応援しているが、正直なところで言うと加勢してほしい。あーでもかなめを守るって言っちゃったしなぁ……。
僕はそう思いながら、向かってきたゾンビを僕の屈強な拳から繰り出される右ストレートで殴り殺した。
「ふっ……鍛え抜かれた僕の前にはゾンビなど塵に等しい……。んっ? 首に何か」
首が急にチクチク痛みだしたので、一体何かなと思って僕は首に手を当てた。
「こ、これは沖縄や石垣島に生息している軟甲綱十脚目オカヤドカリ科に分類される世界最大の大きさの陸上甲殻類、ヤシガニじゃん」
いつのまにか首に30センチは軽く超えている、ブルーベリー色の甲殻を持つヤシガニがへばりついていた。コイツにハサミで首を突かれていたから痛かったのか。
首からひっぺがしたヤシガニをかなめに見せる。
「ねーかなちゃん! 何故か都会にヤシガニがいて僕襲われたんだけど、何でだと思う?」
「真面目にやってきたからよ!!」
「そうかぁ!! あははは! よし、今晩はコイツを丸焼きにして食べよう!」
「くぅ~疲れましたwこれにてワイの人生完結です!」
「って、何でヤシガニくんが!?」
***
「う、うーん……」
耳元のすぐそばで規則的に小さく鳴る音が気になり、それを皮切りにほっぺたの片方だけ温かかったり、拭きっ晒しのガラス戸から来る冷風なども気になるようになり、僕はゆっくりと眼を開けた。
なんか頭のおかしい夢を見ていた気がするけど、内容をよく思い出せない。
「あ、しまった。やっぱり寝てしまったか……」
まだ頭はぼーっとしていたが、とりあえず相当寝てしまったことは分かる。かなめはまだ寝ていて、僕の首を握りしめていて痛かった。
僕はかなめが言うから仕方なく彼女の上で、文字通りおっぱいに顔を沈めて寝ていたが、このまま起き上がるとかなめの腹部を腕で押してしまうので、ゆっくりと立って床に座り、ソファにもたれかかった。
大欠伸をした後、うなじとつむじとその他諸々を掻きむしりながら、ヴァシュレン・コンスタンの腕時計で今の時刻を確かめた。
「え? 16時22分? えぇ~クッソがぁ~……どんだけ熟睡してんだよ僕は……」
ざっと8時間くらい寝てしまったらしい。何のために早く起きて行動を開始したのかこれではわかりゃしない。それもこれも全てかなめの巨乳のせいだ。どうしてくれる。
「おいかなちゃん! 起きろよ今午後4時だぞ!!」
僕はニヤニヤと気色悪い笑顔で眠るかなめの肩や腹を揺さぶって起こそうとしたが、全然起きない。
「……中々しぶといな」
いるよなーこういう寝入ったら爆竹鳴らしても起きなそうなヤツ。
仕方ないので、僕は冷蔵庫の製氷室から氷を一握り掴むと、こじ開けたかなめの口の中に全部押し込んだ。
「ごおえッ!? ぐぼッ! げほッがは……ッ……! 何!? 何なの……! かは……」
瞬間、かなめが目玉を瞼から落とさんばかりに見開いて痙攣して飛び起きたかと思えば、毒を盛られたみたいに飲み込んだ氷を吐き出して勢いよく噎せて起床した。
「おはよー」
寝っ転がったまま氷の塊を飲み込んだらそりゃ苦しいだろうが、あんまりひどく噎せるんで吐いた中に血が混じってないか不安になった。
「何? 氷? せーがやったの?」
服に入った氷を抜き取って、かなめが僕の顔を見る。その顔は寝起きのはずなのにとても鬼気迫るものがあった。
「そうだよ。じゃあ活動再開しようか、ちょっと寝過ぎ……だから寝るなってまた」
せっかく起こしたのに、かなめが背もたれの方に顔を向けてまた横になってしまった。中学生じゃないんだから勘弁してほしい。
「寝るなとは言ってないからさぁ、この階だけでも捜索してから寝ようよかなちゃん」
「せー、私も適当な人間だとは思うんだけどね。そんな私にも私の主義というものがあるの」
「は? 言ってみ?」
急に何を言い出すんだと思ったが、寝っ転がって述べる主義主張なんてまぁ大したもんでもないだろうけど気になるな。
「どんなに気持ちよく寝ていても、起こされ方が最悪だとそれは一睡もしてないのと一緒だと思ってるの」
想像の200倍しょうもなかった。なら僕が今から永遠に寝かせてやろうか。
「以上、恨むならふざけた起こし方をした自分を恨むがいい。おやすみウェーイ」
「……」
ダメだ。こうなるとかなめは梃子でも動かないという根拠なき確信がある。もうほっといて自分だけでやるか。
幸い、僕らが惰眠を貪れたということはこの家がもう安全だということを示している。せめてすべって転ばないように吐き出した氷だけは捨てとくか。
と、僕は視界に入った氷をつまんで掌に載せて、テーブルの下の方に飛んだのも取ろうとして屈んだ時、そこであるものを見つけた。
「ノート?」
僕は氷をバルコニーに放り投げると、テーブルの下にあるノートを拾った。何でもない、学生なら誰でも持っているキャンパスノートだ。僕の部屋にもある。めくってみると、表紙の裏に持ち主のイニシャルが書いてあった。
「日記か。S.H 橋爪翔介が書いたもので間違いなさそう」
「え?」
それを聞いて興味を惹かれたかなめが起き上がったので、僕はかなめの横に座ってノートを開いた。人の個人情報に興味を持つのは浅ましいことだが、もしかしたら有益な情報も記してあるかもしれないし、故人の遺品だから良いとしよう。
「これ、英語で書いてあるね」
「この人、帰国子女だったのか?」
「海外ロケも多いだろうから勉強したんじゃない? 解読に時間かかりそうだしいい暇つぶしになるね」
「このくらいなら読めるよ」
筆記体なら無理だけど通常の書体だし、そこまで難しい単語もないから、あっても文脈から読み取る感じでいけば苦労なく読めそうだった。
「え? せー英語喋れるの?」
「英会話は苦手。でも読むのはそこそこできるよ。中学生の頃から洋書読んでたからね」
同じような感じで、親父は相手が言ってることは鈍り関係なく分かるらしいけど、自分はほぼ話せない。
「高校では運動会のアナウンスの台本の英訳頼まれたこともあるよ」
「へーすげー」
流石に論文とかは無理だけど。
「じゃあ音読して私に読み聞かせて、何月何日とかは省いていいから」
かなめは面倒くさくなったから内容を理解するのを僕に任せて、自分は僕の膝に頭を載せて横たわった。結局寝るのは変わらないのか。
「わかったよ。えーと最初からやる気はないから、11月の中頃から行くよ」
「うん」




