ドラゴン? ああ、デカいトカゲね
俺の目の前には、ファンタジーなんかのド定番であるドラゴンが威風堂々といった感じで佇んでいた。
辺りには先程ドラゴンの口腔内で物言わぬ肉塊になったであろう男の血の匂いが充満しており、鼻につくその異臭に顔を顰めてしまうが、恐怖はない。
「ところでドラゴンって……美味いのかな?」
「あるじ、あのとかげ美味しそうなの」
『ドラゴンか……肉は中々の美味じゃぞ』
「なるほど……じゃあ狩るか」
すぐこの結論に至るあたり、俺も毒されてんなあ……
指の関節を軽く鳴らし、ドラゴンと相対する。向こうさんは自分が狩る側だと信じてやまないようで、逃げる素振りもなく、その大翼を羽ばたかせ周囲の木々の葉を揺らしている。
自然界では相手の実力を測れない奴から死んでいくのだよ。
「お、おい待て! 何をするつもりだ!」
「ん……? 何するって、このデカブツを狩るだけなんだけど」
背後で腰を抜かしていた女騎士が立ち上がり、こちらに声をかけてきた。
「か、狩るだと!? 不可能だ! 王城騎士が総動員であたる案件だぞ!!」
「ふーん……まあ確かに、普通はそうか。俺がおかしいんだろうな……逃げていいよ。あ、俺の事をチクったら怒るから……っと!!」
怖気を感じて後ろに跳ぶ。
直前まで俺がいた場所に、ドラゴンが大口を開けて突進してきた。
少し注意を逸らしたらこれか……意外と頭はいいらしい。
「とりあえずアンタらは身を隠しとけ! 流石に人を守りながら戦うのは面倒だ!」
「しかし!!」
引き下がらねえ……あ、そうだ。
「じゃあライムを連れて離れろ! 俺はいいから!」
(見た目は)子供のライムのためと言えば渋々でも引き受けてくれるだろう。
狙い通り、女騎士とその仲間の生き残りがライムを連れて離れてくれた。途中ライムが自分も戦えると暴れだしていたが、こっそり静かにするようサインを送ると大人しくなった。いい子だ。
「さて、と……」
こちらの出方を窺うように俺を観察するドラゴンと向かい合う。
多分この世界では畏怖の対象なのだろうが、今の俺にとっちゃ魔素だ。
何故戦う前にそんな事が分かるかと言うと、コイツからははアラクネから感じた威圧感のようなものを感じないからだ。この魔物みたいな身体になった影響か、俺は目の前の存在の『格』が何となく分かる。目の前のドラゴンは、確かにさっきの男などより数百倍強いが、アラクネと比べてしまっては赤子だ。
『気をつけるんじゃぞ。特にブレスは今のお主でも火傷するかもしれん』
かく言う俺も、このドラゴンがまあ、赤子とまでは行かずともやんちゃな子供程度に感じる。
てか俺ブレス受けても火傷で済むのかよ……
「さーて……行くぞ!!」
思い切り踏み込むと、大地が割れ、空気が震え、俺の身体は弾丸の如く動いた。
その勢いのままドラゴンの腹に殴りかかる。
周囲の木々をなぎ倒しながら吹き飛び、およそ10メートルで落下。
「……流石に一撃は無理か」
見ると、よろけながらもまだドラゴンは立っている。一応食料として狩るわけで、あまりグチャグチャの肉塊にはしたくないから加減をしたけど、やっぱりタフだ。
自身の圧倒的な優位性……思い込みだが……を失ったドラゴンだが、逃げるなどということはしないようだ。プライドがあるのかな?
その執念は褒めてあげたいけど、逃がす訳にはいかない。
俺は再び地面を蹴り、ドラゴンへと急接近する。
するとドラゴンの口の辺りに火花が散り始めた。
「ブレスの予備動作か!?」
一息で距離を詰めるつもりだったが、それを見て少し横にコースを逸れる。
直後、俺がいる数センチ脇は焦土と化した。ドラゴンの口から放たれたブレスはやはりと言うべきか相当強力な技だったらしく、ブレスの直線上にあった不運な騎士や賊の骸は、灰も残らず消え去っていた。
しかし、当たらなければちょっと、いやかなり熱いだけだ。
「まったく、暑苦しいのはこの口かぁ!?」
俺はドラゴンの下顎に1発右アッパーを放ったーーー
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「……何てこと」
私……マリー=エズワルド=フィア=セイラムは、有り得ぬ光景を目にしていました。
なんと、人間が素手でドラゴンと戦っているのです。
あの、現れれば国が総出で出兵しても足りるかどうかという災厄級の魔物と、です。
しかも、一方的に殴って蹴って……あれではもはや、戦いではありません。狩りです。
「ま、マリー様……見つけました!!」
護衛の女騎士……アイリスが息を潜めながらこちらに近づいてきました。
アイリスは私を馬車から連れ出してくれたけれど、私がこっそり見に来たのです。
「アイリス……あれ」
「……信じ難いことです」
……ああ、そうか。彼女はあの場に居なかったのでした。
あの日、勇者召喚の儀の日。
玉座の間に描かれた巨大な魔法陣から現れた方々とあの方の服は同じものです。
つまり、彼は異世界からの来訪者。きっと、1人だけ居ないと皆さんが騒がれていた人。けれど……
(あんなに強い方は……召喚された方々には居なかった)
一層強い打撃音が聞こえたと思って彼の方を見ると、ドラゴンは力なく倒れていました。
対する黒髪の彼は、息も上がっておらず、ちょっと運動をしたという感じで伸びをしています。
一見呑気な様子ですが、くるりとこちらを振り返る彼に私はゾクリと怖気がしました。
「さて、そこに居るのがお姫様かな?」