スライムのライム
別人視点から入ります
「ハア……ハア……!!」
深い森の中。
盗賊共と戦い始めてから、どれ程の時が流れただろうか。
こちらに残っているのは片手で数えられる程の人数、それも後ろの馬車を守りながらだ。
対する盗賊共の数はかなり多い。ざっと見積もって、今立っている者だけでもこちらの倍以上いる。
既に両陣営かなり消耗しているが、あちらも引く様子がない。
「そろそろ諦めて楽になっちまえよ……!」
「断る! 我らはマリー様を命を賭してお守りするのだ!!」
「そうかよ!!」
私は先程から、盗賊の頭と思われる男と切り結んでいた。
他の男共とは明らかに強さの格が違っており、マリー様の近衛を務める私と大差ない実力。確実にただの野盗ではない。
しかし今はそんなことはどうでも良く、この極めて不利な状況をどうにかしてひっくり返さなければならない。
「ハア……うっ!!」
「貰った!!」
それからまた暫く鍔迫り合っていたが、肉体的な疲労はもちろん、背後の馬車……マリー様をお守りする為に常に気を配らねばならない精神的な疲労もあり、隙を作ってしまう。
その隙を目の前の男に目敏く突かれ、剣の腹で私の篭手を叩いて剣を落とされてしまった。
「悪いな! これも仕事だからよぉ!!」
「くっ……!!」
(申し訳ありませんマリー様……! 私は……)
思わず目を瞑り、間もなく訪れるであろう死を覚悟する。
しかしその瞬間、
「めっ、なの!!」
「あっおい馬鹿!!」
「ッ!! 誰だ!!」
近くの茂みから2人分の声が聞こえ、盗賊の頭の注意が私から逸れる。
最初の声は幼女の声、続く制止の声は若い男の声であった。
その後茂みから出てきたのは、水色の髪を伸ばした質素な服の女の子と、何やら見慣れぬ礼服のような服を着た、黒髪の若い男。
「喧嘩はダメなの!! すぐに止めるなの!!」
「お前なあ……これ喧嘩じゃないの、面倒事なの。出て行くなって言ったじゃん」
女の子は酷く憤慨した様子で、私達が戦っていたのを喧嘩と呼び、それを咎めようとしているようだった。
側の男は、その女の子の行動に呆れて注意をしている。
どちらにしても、この場の緊張感に全くもって染まっていない。
「はぁ……どうしてこうなるかな……」
男は深いため息を吐き、虚空を見つめていたーーー
◇
半月ほど、時は遡る。
俺は足元で跳ねる水色の物体を観察していた。
「……何コイツ?」
『スライムじゃな。弱い部類の魔物じゃ』
「いやそれは何となく分かるんだけどさ……何でコイツ俺に懐いてんのさ」
足元のスライムは先程から俺の後を付いてきており、今は足元にすり寄ってきている。
『さっきのゴブリンの群れに襲われていたのではないか? その辺りからじゃろ、スライムが付いてきたのは』
「あー……そういえば全部やった後にも何か弱々しい気配があると思ってたらコイツだったか」
初めて魔物を喰らってから数日、俺は未だに森の中を彷徨っていた。
それと言うのも、アラクネは周囲の地理を全く把握しておらず、俺もまた方向音痴だからだ。運の悪いことに全く人とすれ違わなかったのもある。
ずっと歩いていても疲れはしないし、眠る必要も無い。腹が減っても人間辞めれば飢えは凌げるが、衛生面が良くない。
もう一週間ほど風呂に入ってないし、髪もベタベタで気持ちが悪いったらない。魔物の返り血もそのままだ。
「〜〜♪」
「……やっぱり懐かれてるよなぁ」
試しに両手を出してみると、スライムは飛び乗ってきた。
そのまま持ち上げるが、抵抗もなく、大人しいものだった。
「……何か癒されるわ」
『まあずっと殺伐としておったからの……名でも付けて連れていったらどうじゃ? 邪魔にはならんじゃろ』
「そうだな……魔物の死体処理にも役立ちそうだし、それでいいか。
しかし名前……名前か……」
スライムがその不定形の身体で器用に首を傾げるような仕草をする。かわいい。
……そういや、某ドラゴンなクエストで仲間にしたスライムにニックネームを付けてたな……
「じゃあ……ライム。お前はライムだ。それでいいか?」
「〜〜♪」
『良さそうじゃの』
「まるでペットだな……おっ?」
俺は手元のスライムからシュワシュワという音が聞こえてくることに気がついた。
まさか溶けてるのか、と思い確認するも、そんなことはない。寧ろ……
「手が綺麗になってる?」
先程まで土で汚れまくっていた掌が、スライムを持つことでみるみる綺麗になっていく。
もしかして、コイツ汚れを食うのか?
『スライムは基本的に雑食じゃ。何でも食うぞ。
じゃが戦闘能力は極めて低いからの……魔素を含む植物や魔物の骸を体内に取り込んで消化する。
一応主であるお主は食わんじゃろうが、お主の体表の汚れ……例えば土や返り血、皮脂なんかも食ってくれるじゃろうな』
「何それすげぇ便利じゃん! ライム大好き!」
「〜〜♪」
かわいくて便利とか最高かよ!!
◇
それから約1週間、俺たちはライムに連れられ森の中を進んでいた。
どうやら俺は、ずっと森の奥の方に進んでしまっていたようで、森の地理をある程度理解しているらしいライムが先頭をきって進んでいる。
「いやあ、楽になったな。ナビゲートがあるだけで違うな」
「〜〜♪」
「おっ? 何だ? 洗ってくれるのか」
ライムがこちらに寄ってきて跳ねる。ここ1週間でライムが見せた俺の身体を綺麗にしてくれるというサインだ。
ライムは俺の頭に飛び乗り、まず頭部の汚れを食べる。
そこから俺に覆い被さるように形を崩し、全身の汚れを食べてくれる。
これを毎日やっめくれるおかげで、俺の身体はかなり清潔を保てている。
まあ風呂に入ったような満足感はないが……
ライムが離れると、俺は思い切り伸びをした。
「いやあ、助かるよライム……やっぱり衛生って大事だな」
「あるじ……? えいせい、て、なに?」
「衛生っていうのはな……え?」
振り返るとそこには、見た目10歳もいかないような少女が立っていた。
青い髪が特徴的で、大きな瞳をパチクリとさせている。
……裸で。