趣味は同志との執筆で世界中に
魔王との契約から10日が過ぎた。
アルカは冒険者達に解体を教えながらティーラを連れて薬草の採取に励みつつ、騎士団員達をトレーニングしている。
ディアは雑貨屋で働きながら住民の服のほつれ等を無償で直し、信用を得ていた。
また魔族の土地からやって来た淫魔達もアルカの説得(筋肉)があり住民達に受け入れられ、時々騎士団に行っては艶やかになっていた。
そしてここは雑貨屋の休憩所……今はディアが1人、何かを書いていた。
「……よし、間に合った!」
それはアルカと騎士団長のティナをモデルにしたボーイズラブ……通称BL小説。
因みにティナは騎士団の中では常に全身に甲冑を纏い、男らしく振る舞っている為女性であるとは知られていなかった。
正体を知るのはサスラ、ウボ、アルカ、ディア、ティーラの5名のみである。
翌日、仕事が休みのディアはある一軒家に足を運んだ。
そこには淫魔が1人、冒険者の女性が2人、家主の女性が1人にいかにもな貴族の令嬢が1人とメイドが1人……ディアを加えて7人の女性が居た。
それぞれ何かが書かれた30枚前後の紙を握りしめていた。
「……それではこれより、我等【薔薇乙女】初の会合を行いましょう」
彼女達が出会った切欠はディアが無償でやっていた服の修繕……何度か顔を合わせている内に仲良くなった。
どんなボロ服も、または豪華なドレスでも新品の様に、かつサイズの調整まで出来るスキルは貧富を問わずに評判を呼んだ。
ディア本人はスキルの練習がしたかっただけなのだが、その日暮らしが常の冒険者や重税を強いられていた民にとっては非常に有難い話だった。
また戦争が始まるからと逃げ出す貴族が多かった中、唯一残っていた令嬢も服を買うよりも安く、かつ希望通りのアレンジまでこなすディアの仕立てを気に入っていた。
因みに令嬢の両親は今も側に居る1人のメイドを残してさっさと国外へ逃亡したらしい。
「では最初は」
「私から行きます」
「ケイラね……じゃあ始めて」
ケイラ……令嬢に仕える専属メイド、18歳。
栗色の髪とそばかすがチャームポイントで、胸はディアと同じく平たかった。
「では……題材は騎士団の槍兵と、騎士団長の密会です」
……何故可能な限りに他人を避けているディアがこの場に居るのか。
答えは至極単純……この場に居る女性は全員が、ディアが唯一日本から持って来れた薄い本を……字が読めない筈なのに絶賛していたから。
早い話が腐っていたからである。
「皆さん流石ですわ……特にメルさんとメイさんの冒険者と騎士団長の禁断の愛はときめきましたわ」
「いやいや、アンヌの執事と騎士団長の逢瀬も良かったよ」
「うん、凄かった」
メルとメイは双子の冒険者で歳は19、アンヌは令嬢の名前で18歳である。
「ケイラのも良かったけど、個人的にはリリムのインキュバスと騎士団長の一晩限りの愛を推したいね」
「私はクリスさんの酒場のマスターと騎士団長の絡みが好きかな」
リリムは淫魔の年齢不詳、クリスはこの家の家主で20歳。
余談だが全員真っ平らである。
「私はやはりディアさんのアルカ様と騎士団長の絡みが良かったかと」
「うん、お題を指定した時はここまでバラけるとは思わなかったな……あたしはケイラさんのを推すね」
因みにお題は【騎士団長が男同士の愛に目覚めたら?】だった。
ディアを含めた全員が執筆は初めてだったのもあって、解りやすいイケメンをお題にした結果がこれである。
全員が騎士団長を受けにしているのは全くの偶然だが、誰1人相手が被らなかったのは流石としか言えない。
唯一正体を知っている筈のディアだが半分は悪ノリ、残りは【イケメンには違いないし】という妄想による執筆であった。
何よりディア自身がサブカルチャーに飢えていた故の暴走ともいう。
「さて、全員の発表が終わった所で……わたくしから提案があります」
「提案?」
「はい、皆さんが書いたこのお話……わたくし達だけで共有するのは些か勿体ないと思うのです」
その時、ディアの頭には夏と冬の祭典、そして池袋の乙女ロードが過った。
元々見る専門でイベントも半分はコスプレをする為に行ってただけだが、まさか異世界で作る側になるとは思わなかった。
だが製本しようにもこの世界には印刷所も、コピー機すら存在していない。
流石に手書きなら断ろう、そう考えた。
「確かクリスは【複製】というスキルがありましたわね?」
「ええ、1度見た物なら寸分違わずに写せるよ……ただ本にするならそれなりの量の紙が必要だけど」
「そしてケイラには【模写】というスキルがあります、これはイメージした絵を白い物に写す事が出来るのです」
つまりクリスが文章を紙に写し、ケイラのイメージがそのまま挿絵になる、腐女子にとっては非常に羨ましいスキルだった。
「紙はわたくしが用意します、それで皆さん……どうですか?」
全員が一斉に頷いた……ディアもだが本を作るという事に興味があったから。
そして具体的な取り決め、本名は不味いだろうというディアの意見を聞いて本に乗せる作者と登場人物の名前、売り上げの分配まで話し合って解散した。
その帰り道……ディアは密かに、ティナに謝った。
「まさかここまで大事になるとは思わなかったよ……ティナさんゴメンナサイ」
当然ながらそれを聞いた者は存在しなかった。
1週間後、例の本が出回り……それを読んだ女性達の推理によって速攻でモデルを特定されたらしい。
その日から怒りによる熱気を纏った騎士団長が町を走り回る姿が目撃される様になった……
「はぁ、はぁ……この本を書いたのは、誰だぁーっ!?」
無論、素直に名乗り出る者は居なかった。
ディアも1冊貰っていて、アルカも読んだが内容は割と好評であった。
「それで、このアタシとティナの絡みを書いたのディアちゃんでしょ?」
「……やっぱり不味かったですか?」
「大丈夫よ、バレなきゃ犯罪じゃないんだから……勿論アタシから言ったりはしないわ、というかこの続きを読みたいぐらいだもの」
「ありがとうございます……あたしの取り分はカフェの開業資金に回しますよ」
本はこの町から冒険者を通して各地に配布され、貴族の女性を中心に広まった様でそれなりに儲けがあるらしい。
勿論配布した中にメルとメイが居たのは言うまでもない。
それを聞いた残る5人は早くも次の執筆に精を出していた。
次のお題はモデルなしで【貴族の成人したばかりの子息】、相手やシチュエーションは各々で考える事、だった。
もし実在する人物と同じ生い立ちになったとしたら……その時は知らばっくれれば済む話と思う事にした。
「ねえ……この絵を描いた人は誰かしら?良ければアルカの腹筋を肖像画にして貰いたいんだけど」
「ティーラさん、それは本人に言えば幾らでも見せて貰えるよ?」
この淫魔はいつから腹筋フェチになってしまったのか……
考えても答えは出なかった。
皆様は腐ってる人の妄想のネタにされた事がありますか?
自分はある(笑)