逃亡は森の中で盗賊を晒し者に
早くもブクマが……ありがとうございます!
薫と血矢……改めアルカとディアの2人は王都ナコトを強引に脱出し、宛もなく進んでいた。
そして途中で見かけた森に入り3日が経って……
「ディアちゃん、今日のお昼はウサギっぽいお肉とヨモギみたいな野草よ」
「ぽいとかみたいとか毒があったら……って、アルカさんには鑑定があるから大丈夫ですね」
意外にも2人は逞しく順応していた。
ウサギ【っぽい】なのは額に角が生えているからである。
アルカは流石にバスローブでは動き辛いので、ディアに頼んで動きやすい服に作り直して貰っている。
その際に余った布地を使って、通訳をイメージして2人分のミサンガを作り、腕に巻いている。
元々人目を気にする性格ではなかったディアもジャージでは目立つだろうと思い、町で見かけた衣服をイメージして作り直した。
「最初は森に入るって聞いてどうなるかと思ったけど……案外いける物ですね」
「人間という生き物はね、水と食料さえあれば何とかなっちゃうのよ」
アルカは雑談しながらもウサギっぽい生物を手早く解体して、半分はぶつ切りにして……鍋代わりにしているディアのスキルで加工した岩のヘルメットに投入していく。
更に残りの半分は薄切りにして、たまたま見つけた岩塩を塗って干して、保存食にした。
因みに皿はそこら辺にあった倒木を同じように加工した小型のヘルメットを使用している。
「それにしても……自分のスキルながらイメージしつつ材料に触れて宣言するだけで出来ちゃうとは思わなかったですよ」
「便利なのは確かなんだから、細かい事は気にしちゃ駄目よ」
何で異世界転移の知識があったディアよりも非ヲタなアルカの方が順応しているのか……恐らくは状況のせいだと思われる。
因みに料理に使用しているナイフやおたま、菜箸といった道具はアルカが木を削ったり、石を砕いたりして作った。
「……うん、仕上げにヨモギみたいな野草を刻んで入れて、岩塩を入れて、出来たわよ」
「それじゃ、いただきまーす」
因みにウサギ汁は多少の臭みはあったが割と美味しかったらしい。
食事を終えた2人は食休みを挟んで再び歩きだす。
アルカは木の皮や植物の蔓を編んで作った籠を背負い、森で採った岩塩や動物の皮、角などを運び……ディアは同じく木の皮で作った手提げ鞄に薬草になる植物を詰めて運んでいる。
「あ、アルカさん……あそこに見えるのって出口じゃないですか?」
「あら、思ったよりも早く出れたわね」
「でもこの草……言われた通りに集めたけど、本当にお金になるんですか?」
「少なくともこの世界の通貨を知る事は出来る筈よ、それに売れなくてもアタシ達の食料にはなるわ」
「……今更ですけど、アルカさんってサバイバルの経験とかあったりします?」
「昔、ダイエットの為にちょっとだけ山籠りをしていた事があるのよ」
元ボディビルダーだからダイエットは解る、でも何で山籠り?
そう思ったけど口にはしなかった。
森を抜け歩く事約2時間、そろそろ野宿の準備をしようとしたその時……
「ディアちゃん、何か聞こえない?」
「そういえば……何か悲鳴みたいな声がしますね」
「……このまま知らん顔するか様子を見るかだけど、どうする?」
「あたし達は戦闘には不向きですからね、巻き込まれるのもアレだし……まあ誰かがモンスターと戦ってたとしてここまで逃げて来たなら回復ぐらいはしてあげますけど」
「じゃあ、アタシ達は何も聞かなかったという事で……夕飯にしましょ」
結局スルーする2人……案外ドライな性格だった。
夕飯後は焚き火を絶やさぬ様に注意しながら小まめに起きつつ、時々辺りを見回す。
かつて山籠りをした時の経験上、ちょっと寝ている間に野生動物に襲われる可能性があるという事を知っていたから。
だからアルカはこの世界に来てからずっとそうやって見張りをしていた。
ディアは熟睡しているが、未成年の女の子に見張りをさせるつもりはなかったので構わない。
元々見知らぬ他人を助けてあげられるお人好しではなかったが、ディアはこの異世界で唯一の同じ境遇の女の子。
そしてありのままの自分を初めて嫌悪せずに受け入れた存在……だからこそ、ディアだけは何としても守りたかった。
「……もしアタシが普通の男だったら、ディアちゃんを好きになって告白でもしちゃってたのかしらね?」
だが自分はニューハーフ……ディアは好きには違いないがそれはライクであってラブではない。
あくまでもアルカの恋愛対象は男だから……そもそも自分の半分も生きていない女の子をそういう目で見るのはどうかと思うから。
そして翌朝、朝食に干し肉を噛っていた時だった。
「おい、金目の物を出しな」
盗賊らしき人物が現れた。
「あら、このミサンガのお陰で言葉が解るわ」
「最初はちゃんと出来たか不安だったけど、上手く行きましたね」
「おい、訳の解らん事言ってねぇで金目の物を出せって」
「こっちの言葉も通じてるみたいだし、これなら村や町に入っても大丈夫ね」
「なら宿にも泊まれますね……まだお金がないから無理だけど」
「いい加減にし」
「【魅了のラットスプレッド】!」
ラットスプレッド……それはボディビルのポージングでアルカが1番得意なポーズである。
アルカが森に入ったのには身を隠しつつ別の町を目指す他にも、誰にも見られずに自分達のスキルを確認するという目的があった。
そして動物を相手に何度か試して解ったのは、魅了に合わせてポージングする事で3種類の効果が発生する。
相手を放心状態にするならサイドチェスト。
相手の動きを封じるならモスト・マスキュラー。
そして相手の意識を奪うならラットスプレッド。
他のポーズは試してみたが余り効果がなかったらしい。
「さぁて、この男はどうしましょうか?」
「追い剥ぎみたいだし、身ぐるみ剥いで放置しちゃいます?」
「そうね……見た目も好みじゃないし、そうしましょ」
「あ、この人地図持ってましたよ……それにこの世界のお金っぽいメダルに切れ味が良さそうなナイフも」
「あらやだ、見た目はイマイチなのにアソコのサイズはアタシ好みだわ」
「流石にパンツまで剥ぐのはやり過ぎじゃ……ま、いっか」
結局盗賊は糸クズすら残さず奪われ、適度に目立ちそうな場所に捨て置かれた。
どっちが盗賊だか解らなくなった瞬間である。
「……今更だけど、アタシ達は犯罪紛いな事しちゃったけれど罪悪感とかあるかしら?」
「特にないですね……やらなきゃこっちがそうなって殺されてたかもしれないし、最悪あたしは性奴隷としてそういう場所に売られるか、あの盗賊とその仲間にエロゲー的な事されてたと思うし」
「エロゲーってよく解らないけど……まあ大体の想像は出来たわ」
アルカは一応年頃の女の子だから言葉に気を使った質問をしたのだが……自分の想像を越えたえげつない回答だった事に驚愕しながら地図を見る。
どうやらディアの作ったミサンガは通訳と同時に翻訳の効果もあったらしく見た事のない文字も普通に読む事が出来た。
「えっと、この森がアタシ達が居た所ね……それならこのまま進めば【エイボン】って町に着くみたいよ」
「エイボンですか……禁断の知識でも詰まってそうな名前ですね」
「時々ディアちゃんが何を言ってるのか解らなくなる時があるわ……」
「気にしないで下さい、ただのヲタ知識ですから」
オタクって皆こういう知識があるのか?
気になったが確認が出来る訳でもないから追及は止めておいた。
その夜……ふと目が覚めたディアは見張りをしているアルカを見た。
「アルカさん……もしかしてずっとああやって見張っててくれたのかな?」
ディアにとってのアルカはこの異世界で唯一の味方。
そして実の親ですら見放した自分を……趣味まで含めて受け入れてくれた初めての理解者。
「……あたしが普通の女の子だったら、一緒に居る内に好きになって告白とかしちゃってたのかな?」
でも自分は腐女子……好きには違いないけど、それはライクであってラブじゃない。
恋愛対象は画面の中、多分それは死ぬまで変わらないから。
でも、ずっと傍に居れたらいいな……そう考えながら再び眠りについた。
恋愛のフラグなんてなかった