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「聞いたわよ、ヴィオラ」
イリス殿下と初めて話してから一週間後いつものようにノックもせずにばんっと大きな音をたてて姉が私の部屋に入ってきた。
彼女は本当に王妃教育を受けているのだろうか。
でも姉は優秀だからきっと王宮ではしっかりとやっているのだろう。
家族の前では気を抜いてこういう行動を取っているだけだ。
「あなた、マキナー殿下と親しくなったんですってね」
ずかずかと私の許可もなく入ってくる姉をミランダは僅かに眉間にシワを寄せて見つめる。
「親しくなったという程ではないわ」
確かにあれ以来、イリス殿下は私に話しかけてくれたりするし、挨拶も交わす。でもそれだけだ。そこに他意はない。
イリス殿下の妹も私と同じだ。だからきっとほっとけなのだろう。
妹思いの優しい人だ。
そう思うとなぜかチクリと胸が痛んだ。
「やめておきなさいよ」
「・・・・え?」
自分の思考に耽っていた私にピシャリと冷水のような言葉がかけられた。
「相手は隣国の王子なのよ。きっと気紛れに優しくされているだけよ。下手に関わると傷つくのはあなたなんだから」
何を言っているのだろう。見当外れの忠告に私から乾いた笑いが漏れた。
「時々お言葉を交わす程度ですよ。それでどうにかなるわけがないでしょ」
私がそう言うと姉はなおも心配そうに私の両肩を掴んだ。
力が入りすぎているのか布越しでも姉の細くて長い爪が食い込んで痛い。
「今の言葉、信じていいのね。私はあなたの傷つく姿なんか見たくないのよ。あなたは私の大切な妹なんだから」
『大切な妹』
まるで呪いのような言葉だ。
姉は気づいてはいないのだろう。
私の中にある姉に対する羨望も憎しみに限りなく近い嫉妬心を。
「私は自分の立場を心得ているつもりです」
落ちこぼれという立場を。
加護を持った姉よりも前に出ず、常に姉を立たせる。
現王太子の婚約者で加護持ち。とても優秀な姉よりも私が目立つことはない。隣に誰を置くかでそれが変わるならそうならないように気を付けよう。
落ちこぼれには落ちこぼれに相応しい相手と歩むべき道があるはずだ。
「そうね。そうよね。私は王族になることが決まっているからあなたは婿養子を家のために取らないとだめだものね。
それだとマキナー殿下ではダメね。彼は次期王だもの」
「はい」
どこまでも噛み合わないのに、噛み合っているかのように進む会話。私はその歪さを指摘しなかった。
「ごめんなさいね、早とちりしてしまって」
「いいえ。大丈夫です。」
「じゃあ、私は王宮に戻るから。王妃教育のカリキュラムがまだ残っているの」
わざわざこのために帰ってきたことに私は驚いた。
そんな私には気づかず姉は入ってきたときと同様の慌ただしさで出ていった。
「私は良いと思いますよ。マキナー殿下」
姉がいつものごとく扉を開けたま出て行ったのでミランダは扉を閉める。
私の部屋限定でノックと扉を閉める習慣は取っ払われるのだろうか。
「あまり悪い噂を聞きませんし。お嬢様の事を助けてくれたんですよね」
「そうね。とても良い方よ。お優しいし。でも、私が王妃なんて無理よ」
私の言葉にミランダは落胆した。
でも仕方がない。だって私と結婚する人は婿養子となり、この家の当主となるのだ。なら、結婚する相手は当然だが次男以降の人となる。