6
「誘拐の共犯だそうだな」
自宅謹慎二日目、姉の婚約者であるルーファス様がノックもなく私の部屋に入ってきた。
(この国にはノックの習慣があったはずなのだけれど私の部屋限定でなくなるのか?)
令嬢の部屋に許可もなく入ってきた殿下に私とミランダは驚いた。
「恐れながらルーファス殿下。ここはヴィオラお嬢様のお部屋です。ノックもせず、許可もなく入って来られるのは如何にリリス様の婚約者であろうと無礼ではないですか?」
銀色の髪を白いリボンで弛く結び横に垂らしている、金色の瞳の青年ルーファス殿下はその美しい顔に嘲りの笑みを浮かべた。
「侍女風情が私に意見するな。躾のなっていない侍女だな」
「っ」
顔を赤くして怒りを露にするミランダの手を私は掴んだ。振り返るミランダにダメだという意味を込めて私は首を振った。
いくら向こうが無礼でも相手は王族。
歯向かえば物理的に首が飛ぶのはミランダの方なのだ。
「証拠不十分で自宅謹慎か。いくら貴様がリリスの妹だからって甘すぎる。貴族でありながら魔力のない欠陥品など、どうなったところで悲しむものはいまい」
「っ」
それは否定のできない事実だった。平民ならお皿を洗ったり掃除をしたりなどの簡単な生活魔法ができる程度の、貴族なら戦力にできるだけの魔力を有しているのだ。
『欠陥品』
私は魔力を持たない。だからそう囁かれてきた。
殿下の言葉を否定したいのに否定できないのは変えられない事実だから。
それを真っ向から言われてショックを受けた私はつい、ミランダの腕を掴んでいた手を放してしまった。
ミランダは私から殿下の姿が見えないように立ち位置を変えた。
「恐れながら申し上げます。魔力を持たない人間は貴族の中にも平民の中にも極希にですが存在します。それは生まれつき喘息持ちだとかアレルギー持ちというのと変わりはありません。
彼らはそれだけで差別されることはないのに、なぜ魔力を持たないというだけでお嬢様の全てが否定されないといけないのですか?
今のは差別的発言です。上に立つものの言葉とは思えません」
一気に捲し立てるミランダに驚き、一歩後ろに下がった殿下。
けれど、すぐに自分よりも下位の者に意見されたという怒りがわいたのだろう。
何かを言い返そうと口を開いたとき「ここにいたのね」という明るい声が入ってきた。
姉の周囲をキラキラと精霊達がまっている。
「今ね、精霊達とお話してたの」
加護を与えたもの以外の人間に姿をあまり見せない精霊が魔力を持たない私にも姿を見せるなんて珍しいと思った。
そういえば小さい時も姿を見たことがあった。姉が見せてくれたのだ。
「久し振りにヴィオラに精霊を見せてあげようと思って。不便よね、魔力がないと私たちみたいに普通に精霊を見ることもできないなんて」
憂いを帯びた顔で姉が言う。
精霊は綺麗だと思う。姉の回りに回っている光の粒。それが精霊。魔力のある人には小人の姿で見えるそうだけど、精霊が意識して姿を見せてくれても私の目には光の粒にしか見えない。
だから嫌なのだ。
まざまざと自分の不出来さが現れていて。
見せつけられているような気持ちになる。
「リリス、お前を誘拐しようとした奴にそんな優しさをかける必要はない」
きっぱりと殿下は姉に向き直って言う。
「ルーファスったら、ヴィオラがそんなことするはずないでしょ。さっきも説明した通り、ヴィオラが自宅謹慎になっているのは騎士団に連行されたからなのよ。疑いは晴れたから良かったけれど」
溜め息をついて姉は私にまるで幼子を諭すように言う。
「ヴィオラ、今回は運よく疑いが晴れたけれど。いつもそうとは限らないわ。疑われるような行為は今後しないようにね。
お父様はあなたに意地悪で自宅謹慎を言いつけたわけでないのよ。
同じことがあって、濡れ衣であなたが捕まらないようにするための教訓となるようにと考えてのことなんだから」
「・・・・はい(絶対に違うけど)」
ミランダと微妙な顔をしていた。
殿下はしきりに「共犯者である妹を庇うなんて優しいな」と頷いている。
馬鹿らしい。
「さっ。そんなお話は止めて、ヴィオラ。外に行かない?精霊とお話をさせてあげるわ」
殿下とお姉様と一緒に?冗談じゃない。
自分に悪意しか持っていない人と能天気な姉と、これ以上長く一緒にいたら、おかしくなりそう。
「ごめんなさい。お父様に与えられた課題がまだ終わってないの」
私の机には謹慎中の間、父にするように言われていた課題が山積みになっていた。
「あなた、勉強ばかりね。少しは羽根も伸ばさないとダメよ」
部屋に籠りきりの私に呆れているのか、勉強ばかりしている私に呆れているのか、姉は呆れたような顔をして溜め息をついた。
「私はお姉様みたいに優秀じゃないから。これぐらい勉強してもまだ足りないの」
これは父が私に言った言葉だ。
私は姉の部屋に用がない限りはいかないので姉がどれだけの努力をしているかは分からない。
ただ、姉は在学中はずっと首席だった。今は卒業して王妃教育を受けているようだけれど。
私は毎日、必死に勉強をしても一〇番以内に入るのがやっとだった。
「そうね。あなたは私と違ってなかなかいい点が取れないものね」
テストの成績は平均八五点から九五点。良い時でも九八点でなかなか一〇〇点が取れない。
常識的には成績が良い方に入るのかもしれないけれど、周囲はいつも「姉は優秀だったのに」という空気を出してくる。
「お前は本当にダメな奴だな。リリスとは大違いだ」
ふんと小馬鹿にしたように殿下が言う。
「仕方がないわよ、ルーファス。人には向き不向きというものがあるもの」
これはフォローのつもりなのだろうけれど。要らぬ世話だ。
「そういうわけだから。私は部屋に居るわ」
「分かったわ。でも、ほどほどにね。行きましょう、ルーファス。お菓子を焼いたの。食べてくれる?」
「ああ。勿論だ」
殿下は嬉しそうに微笑んで姉の腰を抱き寄せた。二人でそのまま退室した。
私はやっと邪魔者がいなくなったと思い、溜息をついた後、自分の机を見る。山積みになり、そして明日になれば更に追加されているだろう課題を思い、出そうになる溜息を堪えて机に向かった。
ミランダは私に紅茶を淹れてくた。私が勉強に専念している間に、背後で塩をまいている音がした。
塩程度で洗い流せる穢れではないけれど、幾らかは溜飲が下がるだろうと思い、ミランダの行いを咎めることはしなかった。