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姉が誘拐された。と、言っても未遂に終わった。私の報告で姉にはたくさんの護衛がついていたから。
それに姉には精霊の加護がある。そう簡単には誘拐できない。
ただ、一つ問題があった。
精霊は加護を与えた者の意思に従う。姉が誘拐犯についていく気なら精霊はそれに従うだけだ。現に今回の件は・・・・。
「だって私に会いたい人がいるって聞いたから会わなくっちゃって思ったの」
だから、誘拐犯の誘いに乗ったと姉は言う。殿下と婚約して、殿下の卒業と同時に結婚する人の言葉とは思えない。
人を疑うことを知らないのか。まぁ、姉が無事で良かったと誰もが安堵したが、事件はそれで終わらなかった。
首謀者はクルセオ伯爵。そして、共犯者は娘のララシュなのだが、そのララシュが私に唆されたとか、私も共犯者なのに裏切ったとか抜かした。
多分、私が手を貸さずにララシュのことを告げ口した仕返しだろう。
私は事情聴取の為、騎士団に連行された。
「お嬢様」
ミランダが心配そうに私を見つめる。
私は大丈夫だという代わりに微笑んだ。
***
「では全て彼女の虚言だと言いたいのですね」
「はい」
狭い個室。
中央には小さな木の机と椅子が二つ。隅の方には同じく木でできた机があり、そこで何か書き物をしている騎士の人が一人いた。
私は対面に座った精悍な顔つきの騎士を真っ直ぐと見る。
すると、なぜかその騎士はたじろいだ。ついで、誤魔化すように咳払いをする。
「あなたとララシュ嬢が同じ空き教室から出てくるのを目撃したという証言がありますが」
「それは彼女が私を共犯に誘ったからです。そのことも含め、両親から陛下に報告がいっているはずです」
私の対面に座っていた騎士が斜め後ろで書き物をしていた騎士を見る。
見られた騎士は机の上に乱雑に置かれた書類から一枚抜き取り、私の対面に座る騎士に渡した。
騎士は渡された書類を一読してから私を見た。
「確かにそういう報告は上がっていますね」
成る程。渡された書類は報告書だったわけか。
「まだ何かありますか?」
私が問うと、騎士は首を左右に振った。
「ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。あなたのことは最初から疑ってはいませんでした。ただ、そういう証言が出た以上は我々も調べないわけにはいきませんので」
確かに。初めからこの騎士たちは申し訳ないという顔をしていた。
だから私も自分が疑われているわけではないと思い、そこは安心できた。
ただ、それでも連行されるという滅多に味わうことのない体験は少なからず私の精神に負担をかけていたようだ。
事情聴取から解放されたことを知り、どっと疲れが押し寄せてきた。
「お邸までお送り致します」
普通は邸の者に迎えに来てもらうものだが。まぁ、折角の好意だし、いいかと思い私は騎士の人に邸まで送ってもらうことにした。
***
邸に帰ると真っ先に駆けつけてきた姉に抱きつかれた。
「良かったわ。無事で。あなたが連行されて心配だったの。あなたが私のことを妬んでの犯行だとかお母様やお父様は言うけれど」
そうか。二人はそんなことを思っていたのか。
ぐさりと知らなくても良いことを頼んでもないのに姉から聞かされて私の胸に刺のようなものが刺さった。
「私はそんなことないって思っていたのよ。だってあなたが私を妬むはずないもの」
私から離れて姉はニッコリと笑った。
「だって、あなたは私のことが大好きだものね」
殺意しか湧いてこない。
自分が愛されて当然だと思っているのだろう。
加護持ちである姉はあまり悪意にさらされたことがない。