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「お嬢様」
姉がいなくなって四週間が経ったある日、ミランダが困惑顔で私に声をかけてきた。それもそのはずだ。
私の客としてルーファス殿下が来たのだ。
ルーファス殿下にはいつもの攻撃性がない。顔色が悪く、前回見たのはほんの一ヶ月前なのに、げっそりと痩せている。
私はルーファス殿下にソファーを勧め、自分も対面に腰を下ろす。
ミランダが淹れてくれた紅茶を私は一口飲みながらルーファス殿下が口を開くのを待った。
ルーファス殿下は親の仇のように紅茶を睨み付けたまま微動だにしなかった。
その時間は一分程度だろうか。とても長く感じたからもう少し経っていたかもしれない。
「リリスのことで何か知っていることはないか?」
漸く口を開いたかと思うとそんなことをルーファス殿下は聞いてきた。これには驚きだ。私を軽んじている彼が姉のことを知っていると思ってくるなんて。
さて、どうしたものでしょう。正直に答えるべきなのでしょうか。
「知ってどうしますか?」
私は明確な答えを避けたままルーファス殿下に尋ねた。すると彼はくわっと目を見開き噛みつかんばかりに言った。
「迎えに行くに決まってる!」
それではダメだ。
「何のためにですか?」
私の問いの意味が分からないのかルーファス殿下は訝しげに私を見る。
「リリスは俺の婚約者だ。迎えに行くのは当たり前だろ」
そうですね。でもそれだけではダメなのだ。
「お姉様は誘拐されたと言っている者がおります。私の両親も陛下たちもその線で動いているものと私は思っておりましたが殿下は違うんですね」
「精霊の加護を持つリリスが誘拐されるなんて有り得ない。リリスが自分からついていかない限りは」
最後の方は声が小さくてなっていた。
何も言わずに姉が姿を消したのがよっぽどショックだったのだろう。
まぁ、端から見ても仲は良かったからショックは大きいのだろう。
「お姉様がいなくなったことの理由に心当たりはないんですか?」
「・・・・・ない。ここ最近は何か悩んでるみたいだったけど教えてはもらえなかった。リリスはお前のことを気に入っていた。だからお前には何か言ってるんじゃないかと思ったんだが」
どうなんだとルーファス殿下は私を見てくる。
気に入っていた、か。私はその言葉に苦笑する。
「無能の私をですか?優秀なお姉様が、私を頼ることがあるでしょうか」
「っ」
ルーファス殿下は言葉を詰まらせた。
こうして尋ねて来たのは心当たりをしらみ潰しに探して、何も見つからず、私しか残っていなかったからだろう。
「ルーファス殿下。ルーファス殿下はお姉様のことをどう思っていらっしゃいますか?」
「婚約者として大切に思っている。政略ではあるけど俺は婚約者がリリスで良かったと思っている」
真っ直ぐとルーファス殿下は私を見て言う。
「それはお姉様に加護がなくてもですか?」
「何を言っている?」
「お姉様は特別な存在です。精霊に愛されているお姉様はいるだけで国に有益な存在です。だから誰もがお姉様を愛します。でもそれは裏を返せば加護以外に価値がないということです」
「そんなことはないっ!」
ルーファス殿下はすかさず否定してきた。
彼は心外だと私を睨み付けてきた。
「でもお姉様はそう思った。だから今、ここにいないのです」
ルーファス殿下は悲しみに顔を歪めた。
私はポケットから一枚の紙切れを出して机上に置いた。
これは姉がいなくなった日、私の部屋のドアに挟まっていたものだ。
「お姉様が言っていました。精霊だけが住める国があると。この紙に書いてある場所はその入り口になります。ただし、精霊の国と私たちが住んでいる世界では時間の感覚が違うそうです」
ルーファス殿下は机上に置かれた紙を凝視しながら私の言葉を聞いていた。
「例えば姉がいなくなって四週間が経っていますが精霊の国では一日しか経っていないかあるいは何年も経っている場合があるそうです」
私は以前、姉から聞いた話をそのままルーファス殿下に伝えた。
ルーファス殿下は私の言っていることがしっくりこないのかきょとんとした顔をしている。
「つまりルーファス殿下がこの紙に書いてある場所から精霊の国に行けたとして、無事に姉を取り戻して帰ってこれたとしても既に何十年と経っている可能性があります。下手をしたら二人とも死んだものとして扱われ、ルーファス殿下の王位継承権が剥奪となり、別の王族の血筋から新たに王太子殿下を選んでいるかもしれません。もしかしたら殿下が帰ってきた時には既にその誰かが王になっている可能性もあります」
ごくりとルーファス殿下は唾を飲み込んだ。
王になる為に生まれ、育てられ、王になるために様々なことを学んできたルーファス殿下に、私は聞いた。
「それでも殿下はお姉様を取り戻しに行かれますか?」
ルーファス殿下はゆっくりと、心を落ち着かせるように深呼吸をしてから私を見据えた。
「行く」
それが彼の答えだった。
「お姉様が精霊の国で生きることを選ぶ可能性もあります。それでも行かれますか?」
私は重ねてルーファス殿下に聞いた。だが彼の答えは変わらなかった。
王位ではなく姉を、愛を取るとルーファス殿下は言った。
加護など関係なくルーファス殿下は姉を愛しているのだと私は感じた。
「ではもうお止めはしません。当然ですが紙に書いてある場所に行けば必ずしも精霊の国に行けるとは限りませんよ」
「それでも俺は必ずリリスの下へ行く」
ルーファス殿下は机上の紙を握りしめ立ち上がった。
出て行く為に私に背を向けて歩き出した彼はドアの前まで行って、足を止めた。
「ヴィオラ、今まですまなかった」
小さな声ではあったが彼は確かにそう言った。
背を向けた状態なのでルーファス殿下がどんな顔をしているかは私には分からなかった。
でも長年の蟠りが溶けたような気がした。だから私は彼に言った。
「ご武運を」
ルーファス殿下は静かに頷いて今度こそ部屋から出ていった。




