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「あなた、リリス様の妹さんね」
私は一六歳になった。
貴族は一六歳から一八歳までの二年間、貴族学校に通わなければ行けない。
貴族のたしなみとしての勉強も勿論あるがそこは基本的に社交の場を広げるために設けられた場所なのだ。
貴族の令嬢は一度も外に出たことがない人もいるので、学校で友人を作るのだ。
私はある日、学校の廊下で上級生にそう話しかけられた。
『リリス様の妹』それが周囲が私につけた名前だった。
「はい。そうです。失礼ですが、あなたは?」
「あら、私のことを知らないの?」
当たり前だ。初対面なのだから知るわけがない。けれど、その人は仕方がないわね。という感じにもったいぶってくる。私は彼女に興味がないのでもう行ってもいいだろうかと思ってくる。
だって、見るからに面倒くさそうだから。
「私は、ララシュ・クルセオですわ」
そう言い丈高に言った彼女の階級は確か伯爵だ。噂では没落間近だと囁かれている。何でも父親のクルセオ伯爵が事業に失敗したとか。
まぁ、私には関係ないけど。
「そうですか。それでは」
「ちょっと、待ちなさい」
さっさと行こうとした私の手を彼女は掴んで来た。あまりにも力強く掴まれたので腕に爪が食い込んでしまった。
「痛いので放してください」
「ダメよ。だって、放したらあなたは私から逃げるじゃない」
そう言って彼女は更に私の手を強く握る。
長く尖った爪が皮膚に食い込み、血が滲む。けれど、彼女は決して力を緩めてはくれなかった。
「何ですか?」
「話があるの」
「では、どうぞ」
「ここではできないわ」
そう言って彼女は私を空き教室に無理やり入れ込む。
本当に面倒なものに捕まってしまった。
「それで?」
早く終わらせてくれという意味を込めて私はララシュを睨む。
「あなた、お姉様が憎くはないの?」
いきなり何を言いだすのかと思ったらくだらない。
「何を考えているのか知りませんが、あなたの都合で私を悪事に巻き込まないで」
「手を貸せば、私の家を支援してくれる人がいるの」
「それはあなたのメリットであって私のメリットではありません」
「あなたにだってメリットがあるわ。いつも、優秀な姉と比べられて、辛いでしょう」
彼女は私にあたかも自分が理解者であるかのように優しいネコナデ声を出した。
正直、気持ちが悪い。
「でも、私に手を貸せばあなたは邪魔な姉を排除できる。そうすれば、あなたは姉よりも優秀に」
「いなくなれば私が一位?」
私が共感していると勘違いしているのか、ララシュは喜色の笑みを浮かべる。
私はそんな彼女に笑いかけ、ついでに踵で彼女の足を思いっきり踏んでやった。
「ぎゃあ」
潰れた蛙のような鳴き声を出す彼女を私は見つめて、酷薄な笑みを意識して浮かべた。
「それって、結局二位と同じじゃない」
一位が居ないから二位が一位になれる。それってつまり、一位が居続ける限り、どんなに努力してもあなたは一位にはなれないと言っているようなものだ。
どこまでも馬鹿にしている。
「二度と私に近づかないで」
私は痛みで蹲る彼女を置き去りにして教室を出た。
念の為、今日あったことは両親に報告しておいた。私の言うことを信じるような親ではないけれど、それでも姉が関わっていることで無視できなかったのだろう。
陛下に報告して、こっそり護衛をつけてもらうことになったようだ。
それから数日後のことだった。姉が何者かに狙われたのは。