19.sideイリス
「今日も麗しいですわね、イリス殿下」
「本当に」
社交の場。
きらびやかなシャンデリアに照らされ、黄金石のような床が輝く。
麗しい貴婦人が華やかなドレスと己の財力を示すための宝石を身につけ、暇な時間をもて余すようにお喋りに興じる。
楽しそうに笑いながら彼女たち或いは彼らはより力のある者に取り入ろうと常にハイエナのような薄汚い目をしている。
「殿下、性格の悪さが顔に出てます」
側近のオレットが周囲に気を配りながら言う。
主に対してのこの言いよう。全くもって遠慮がない。しかし、これがオレットの通常運転なのだ。殊勝なオレットなど気持ち悪いだけだ。
「こんな退屈な見せ物に終始笑顔なんか振り撒けるか」
高位貴族の集められた大きな社交の場ではあるが見たところヴィオラはいない。
「ヴィオラ嬢は滅多に顔を出さないそうですから居なくても不思議ではありませんよ」
いないと分かってもつい目がヴィオラを探していたことをオレットに指摘され、今日何度目になるか分からない溜め息をついた。
「マキナー殿下」
甘ったるい香水をつけ、ご自慢の髪を巻き上げたヴィオラの姉、リリスが婚約者のルーファスともう一人、小太りの男を連れてやってきた。
両隣に男を侍らせるなんていいご身分だ。
「楽しんでいるかな、マキナー殿」
ルーファスはご機嫌な様子でそう話しかけた。
顔を見るだけでも不愉快なのに、更に不愉快な奴が一人、増えている。
調べによるとこの小太りの男が伯爵家が用意した婚約相手か。まぁ、まだ正式に決まったわけではないけれど。
それにしても下位の伯爵家ならともかく、上級伯爵家は王族とも結婚できるのに選んだ相手が子爵とは。
「それなりに」
「そうか、それは何よりだ」
「マキナー殿下。今日は私の精霊を使った催し物があるんです。是非、見ていってくださない」
誰もが見惚れる笑みをリリス嬢は向けてくる。
髪の色が違うだけでヴィオラと全く同じ作りをした顔。だからこそ、不愉快だ。
「・・・・・精霊を使った、ね。楽しみにしています」
「?はい」
前半は囁くように言ったのでリリス嬢にもポルノ殿下にも聞こえていないようだ。三人とも不思議な顔をしていたがもう一度言うつもりはないので笑顔で誤魔化しておいた。
「それと、紹介させてもらおう」
ルーファスが視線を向けると小太りの男が一歩前に出て、恭しく礼をした。
だが、それが表向きであることは多くの貴族を見て、甘言で惑わそうとする輩から我が身を守り続けた私の目には明らかだった。
「ライセル子爵だ。まだ正式に確定ではないがリリスの妹、ヴィオラとの縁談が進んでいる。貴殿はヴィオラとは仲が良いのだろう。リリスからよく聞いている。
ヴィオラとライセル子爵が正式に決まれば貴殿とも顔を会わせることが多くなるだろう」
自分以外の男が彼女の名前を言うのは不愉快だ。ましてや好意を抱けない相手なら尚更だ。
「子爵位を賜っております。ライセルと申します。以後お見知りおきを」
「婚約は確定ではないからまだ分からないけど覚えておこう(直ぐに貶めて、忘れるまでの短い期間だけだけどね)。」
私の本音を知らない子爵は満足そうな笑みを浮かべた。
続いて何かを言おうとしたけれど私はそれを遮った。
無駄な時間が嫌いなのだ。
「ところで私の(今は)友人であるヴィオラ嬢が見当たらないのだけど」
「ああ、あいつか」
と、ルーファスは嘲る。
「ヴィオラはこういう場が苦手で滅多に出ないんです。本当は慣れてもらうためにも出てほしいんですけど」
リリスは引きこもりがちの妹を心配する優しい姉の顔をして言う。
困ったわと頬に手を当てて。
ヴィオラの性格からしたら確かにこんな華やかな場は苦手だろう。それに彼女はきらびやかな場所よりも落ち着いた、清涼感ある場所が似合っている。
ただ彼女があまり社交界に出ないのは好き嫌いよりも、両親が出さないのではないかと思う。
魔力を持たない家の恥。そんな考えがあの両親からは滲み出ていた。
まだデートに誘ったときの一度しか会ったことがないがその一度で充分だった。
「全く。魔力を持たない役立たずの上に、貴族の嗜みである社交界にすら出ないとは。我が儘が過ぎるのではないか」
他国の王族がいる前でルーファスはそう憤慨した。
「ルーファスったら。そんなこと言わないの。それにヴィオラは我が儘ではないわ。内気なだけ。とっても可愛いのよ」
ルーファスの言葉にリリスは完全な否定も肯定もしなかった。
「あなたから見てヴィオラはどのようなところが可愛いのですか?」
私の問いにリリスはきょとんとした後、嬉しそうに頬を染めて言った。
「ヴィオラは昔から私のことが大好きなんです。服も、いつも私の着古したものばかり着たがって」
成る程。伯爵家の人間でありながらドレスも満足に与えられず、全て姉のお下がりか。
ならきっと、社交界に出られたとしても嘲笑の的になっただろう。
「私は何度も注意しているんですけど止めないんです。そこがまず一番可愛いですわ」
頬を染めて嬉しそうに言うリリスに、子爵は作り笑いを浮かべながら聞いていた。
「ふん。お前の真似をすれば、お前のように美しくなれるとでも思っていたんだろう。浅はかだな」
小馬鹿にしたようなルーファスは言う。
「あら、ルーファス。ヴィオラは綺麗よ。だって私と同じ顔しているもの」
よくもまぁ、恥ずかしげもなく言う。
「リリス、お前の方がヴィオラの何千万倍も美しい。ヴィオラなんて比べる価値もない」
「ありがとう」
恥じらうようにリリスは言うけれど、彼は今ヴィオラのことを思いっきり貶したのだがな。
気づいてはないようだな。彼女の様子を見る限りは。
「他にもヴィオラのことでありますか?」
話が逸れたので軌道修正をした。
ルーファスから睨まれたが無視だ。
「あとは、そうですわね。頑張り屋なところですかね。山のようにあの子には難しい本を机の上に置いて、いつも必死に勉強していますの。私が何度も休憩をするように言うのですけれど聞き入れてもらえなくて困ってますわ」
成る程。休む暇もなく勉強をさせられているのか。
「そこまで勉強しないと授業についていけないなんて、お前の妹とは思えないほど不出来だな」
「仕方がないわよ、ルーファス。人には得手不得手というものがあるもの」
リリスの言葉は庇っているようで庇っていない。そう見せかけているだけだ。恐らく無意識に。
「もう、ヴィオラの話はいいだろう。行こう、リリス」
「ではマキナー殿下、また後程」
「ああ」
二人がいなくなったので残された子爵も一礼して去っていった。
三人が来てからずっと影に徹していたオレットが小さく息を吐いた。
いるだけで疲れたようだ。その気持ちが対峙した私にはよく分かる。だからオレットのため息に苦笑を返した。
それから暫くしてリリスの精霊を使った催し物が始まった。
天井から赤い薔薇やピンクの花が降ってきたり、何もないところから雪を出して、可愛い動物を作ったりしていた。
「どう思う?」
私はリリスの芸を見ながら隣に立つオレットに質問した。
「あの程度なら下位貴族でもできます。まぁ、精霊の加護というのはその属性によって水害がなかったり、土地が潤ったりするもので、個人の魔力量とはあまり関わりがないと言いますしね。加護持ちのご機嫌とりの催し物が妥当ではないですか。どう見ても目立ちたがり屋のようですし」
辛辣だが事実なので私は頷いておいた。
「実につまらない催し物だな」
そう締めくくって私たちは会場を後にした。




