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あれから私はどういう顔をしていいか分からず、イリス殿下を見かける度に逃げてしまっている。
とても失礼なことをしている自覚があるけどどうしていいか分からないのだ。
私に避けられる度にイリス殿下の機嫌が悪くなっていることに、いっぱいいっぱいだった私は気づいてはいなかった。
だからか、とうとうしびれを切らしたイリス殿下に捕まり、近場の空き教室に連れ込まれてしまった。
教室のドアを閉め、私が逃げれないように私を囲むようにしてイリス殿下が両手を壁につける。
これが所謂カベドンというやつかと思っていると、ぐっとイリス殿下の顔が近づいた。
キスができてしまうような距離だ。
「あ、あの、殿下」
「ん?何かな?」
極上の笑みを浮かべるイリス殿下。女の子ならその笑みだけで溶けてしまうだろう。
でもなぜか私の体温は急降下していた。
だって、笑みが恐い。後ろに見えないどす黒いオーラを感じる。
紳士的で誰にも優しいイリス殿下からそんなオーラを感じるのはおかしい。
何かの間違いだと思いたい。
「イリス殿下、その、もう少し離れていただけませんか?」
おそるおそる私が問うと、イリス殿下は笑みを深めた。それと比例するように背後のオーラにどす黒さが増す。
「嫌だ」
拗ねた子供のような言いぐさに私は唖然としてしまう。
「だって君は私から逃げるだろ」
「それは」
咄嗟に否定しようとしてできなかった。
実際に逃げていたわけだから。
だからイリス殿下は怒っているのだろうか?
私のことを嫌いになってしまったのだろうか?
急に激しい恐怖に囚われた。
嫌われても仕方がないことをしたのに。嫌われたくないなんて、なんて身勝手なんだろう。
「ヴィオラ」
イリス殿下に嫌われたかもしれないという恐怖に震えているといつもの優しい声が頭上から降ってきた。
視線を上にあげるとそこにはいつものイリス殿下が居た。
「ごめんね」
「イリス殿下?」
「君を困らせている自覚はあるんだ。君が逃げるのも無理はないと思う。でも疑わないでほしい。私が君にした告白は本物だから」
コツンとイリス殿下は私の額に自分の額をくっつけた。
イリス殿下は迷子の子供のような顔で懇願する。
「私から逃げないで」
「・・・・イリス殿下、私は」
言わなくてはいけない言葉がある。
喉まで出かかり、詰まる言葉。呑み込むことは私の立場では許されない。
「私の縁談の話が進んでいます。どんなに望んでも殿下と一緒には行けません」
「それで君は幸せになれるの?」
「それは・・・・」
あんな男の妻になんてなりたくない。
なったところで未来に希望なんてない。
「ヴィオラ。君が幸せになれると即答できないのなら私は君を拐うだけだ。簡単なんだよ。縁談を潰すことぐらい」
ほんの少し低くなった声で身がすくむようなことをイリス殿下は平然と言ってのける。
確かに隣国とはいえ王族。子爵程度が敵うものではない。
「私はミランダが居て、ミランダと話をして、笑いあえる日が時々あればそれでいいです。それ以上を望むつもりはありません」
「なら、それは私のところでもできるね」
にっこりと笑ってイリス殿下は言う。
それはそうだけど
「私に王妃なんて無理です。そんな器はありません。もっと、相応しい人がいます」
「王も王妃も同じだ。初めから相応しい人間なんていない。それに、そう言えるからこそ私はヴィオラが相応しいと思った。王族になることを恐れる人間は、のしかかる責任の重さを知っているからだ」
イリス殿下は私の髪を持ち上げ、恭しく口づけをした。
「待っているよ。限りのある期間だけど。君の心が追い付くまで」
「・・・・イリス殿下」
何て返したらいいか分からなかった。
「ただ、逃げないでくれ。今まで通りの関係を続けたい。君が許すまで私は君を拐ったりはしないから」
「・・・・分かりました」
私の答えにイリス殿下は安心したように笑った。
その顔を見て、私もイリス殿下とのことを逃げるのではなくて真剣に考えてみようと思った。




