17
「その手、どうしたの?」
学校でイリス殿下と昼を一緒に過ごしていた。
目敏いイリス殿下は直ぐに赤くなった私の手首に気がついた。
昨日、ライセル子爵によってつけられたものだ。
「あ、あの、これは」
どうしよう。何て言い訳をしたらいいか分からずに口ごもってしまう。
「誰かに捕まれたような痣だね。手の痕が残ってる」
イリス殿下の瞳が鋭くなった。
嘘は許さないと全身で言っている。
「先日、姉の紹介で会った人と、その、少し揉め事を起こしてしまって」
「男?」
言い逃れはできないと素直に話したらイリス殿下のトーンが一段と低くなった。
「・・・・はい」
「ふぅん」
ますます不機嫌になるイリス殿下。
どうしたのだろう?
「もしかして、縁談の話?」
不機嫌な声と顔でイリス殿下が聞いてくる。
何だかとても悪いことをした気分になってくる。私とイリス殿下は別に付き合っているわけでもないのに。
「はい」
「でも相手は子爵だよね。君が嫁いだら家を継ぐ人がいなくなるんじゃないかな。・・・・まぁ、どのみち継がせないけど」
後半は何を言っているのか聞こえなかった。首をかしげてみたけどイリス殿下は「何でもない」と言って教えてくれなかった。
「家は養子をもらうそうです」
「わざわざ?君がいるのに?」
イリス殿下の眉間に更に深い皺が寄る。
直系がいるのに養子をとってまで別の者に家を継がせるのは、何らかの欠陥があるからだ。
そう言っているようなものだし、暇な貴族どもにとっても嘲笑の的となる。
社交界での私の居場所はもとからなかったけれど更に肩身の狭い思いをすることは明白だ。
でも別に問題ない。
社交界には滅多に出られないし。出たいとも思わない。
姉みたいにきれいなドレスと宝石で着飾りたいという願望はある。女の子だもん。
でも、私はどちらかというと部屋で本を読んで過ごす方が性に合っている。
「私のような子が生まれては困るんだそうです」
「君はそれでいいの?」
よくはない。
でも他にしようがない。
望んだところで魔力が手に入れられるわけではない。
平民に生まれたのならきっと魔力を持たないことをそこまで気にしなかったと思う。
元々、平民の魔力は弱いし。
でも生まれる環境は自分では選べない。
だからって両親に逆らって家を飛び出す勇気もない。
嫌になるほど意気地がない。それが私。
自分で選んだことだから悲劇のヒロインにはなれない。喩え、それによって不幸になったとしても。
「・・・・はい」
私は小さな微笑みを携えて答えた
「君があんな家でも継ぎたいと思っているなら仕方がないと思って諦めるつもりだった(そんな気はさらさらなかったけど)。でもそうじゃないのなら」
「イリス殿下?」
隣に座っていたイリス殿下の大きくて、剣ダコまみれの手が私の手を包んだ。
「私と一緒に来てほしい」
何を言われているのか全く分からなかった。
言葉が頭に入ってこないのだ。まるで知らない外国語を聞かされたみたいに。
頭が理解を拒む。受け入れた先にある未知の何かを恐れて。
「私の妻になってほしい」
「・・・・・!?っ。あ、あの」
言葉が形にならない。
混乱で何の感情も出てこない。
だってそれぐらいあり得ない単語を聞いた。
「ヴィオラ?」
「っ。わ、私、失礼します!」
私は咄嗟にイリス殿下の手を振り払って逃げるようにその場をあとにした。
どこをどう来てしまったのか分からない。
気がつけば普段はあまり使わない棟に来ていた。
心臓はまだバクバクしている。体を廻る血液の動きが体感で分かるぐらい体循環がものすごい早さで行われている気がする。
「ど、どうしよう」
こういう時、誰に相談したらいいか分からない。
ミランダ?
何か手放しで喜びそうだけど。
「夢、とか?・・・そうか!夢か・・・・痛い」
夢かと思い、思いっきり右頬をつねったけどかなり痛かった。
「冗談とか?」
それはそれで凄く残念な気がする。
残念?
何で残念なんだろう。
ライセル子爵はさすがに嫌だし本当に婚約するなら憂鬱だけど、だからってイリス殿下と婚約できるわけでもないし。
できるわけでもない?
私はイリス殿下と婚約したいんだろうか?
胸に手を当てると未だに動悸が治まっていなかった。
でも、違う。
これは告白なんて慣れないことをされたからそうなっているだけだ。
・・・・多分。
あまり、自信がない。
でも、そうじゃないとこのドキドキの理由が説明できない。




