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縁談の話が来てから数日後、私は姉の紹介で一人の青年と出会った。
彼が、姉が父に言って私の縁談相手に選んだ人らしい。
私は客室で彼に挨拶をした。いきなり二人きりは無作法になるので仲介役として姉が同席している。
私の対面に縁談相手が座り、私の横に姉が座っている。
縁談の相手の名前はリチャード・ライセル。
小太りで、短足。鼻の頭の雀斑がやけに目立つ。ふっくらとした顔は整っているわけではないが愛嬌がある。髪は茶色で所々傷んでいる。男の方だからあまり手入れをしないのだろう。
「リチャードは子爵家で、階級は我が家の一つ下になってしまうけれど事業で成功されていて、成長にも目を見張る物がある。高位貴族の中でも特に公爵家や侯爵家の方ですら彼を身内に引き込もうとしているという噂があるのよ。凄いでしょう。年は二六歳だけど、貴族の結婚に十歳差なんて珍しいものではないでしょう」
「・・・・そうですね」
姉は上機嫌で、ニコニコしながら私のことをライセル子爵に話していた。
ああ、言い忘れていたけれど彼は既に父親から爵位を継承されているそうだ。だから、将来安泰でしょうと姉はニコニコしながら言う。
「この通り、内向的な性格なのよ。リチャード」
「君が心配するのも分かるぐらい大人しい子だね」
そう言って彼は舐めるように私を上から下まで見つめる。姉はその視線に気づいてはないのだろうか?
私の後ろに控えているミランダはその視線に気づいて嫌悪感と殺気を必死に押し殺しているみたいだけど。
この中で上機嫌な姉だけが異質の様に私の目には映った。
「ヴィオラ、折角だからリチャードに庭でも案内したら?」
冗談じゃないっ!
「それはいい。僕も君のことをもっと知りたい。だから、お願いできるかな。ヴィオラ嬢」
にっこりと彼の微笑まれ私の背筋に悪寒が走った。
「恐れながら、リリス様。ヴィオラ様と子爵様は今日が初対面です。男性の方に慣れていないヴィオラ様には難易度が高すぎるのではないでしょうか」
ミランダがつかさず口を挟んでくれた。侍女としてはあまり褒められた行動ではないけれど姉はあまり気にしてはいないようだ。ただ、ほんの一瞬だけライセル子爵は顔を顰めた。それも一瞬で元のにこやかな顔に戻していたけど。
「主人思いの良い侍女だね。でも、大丈夫だよ。僕は初対面の女性を急に襲ったりはしないから」
全くもって信用できない言葉であった。
「そうよ、ミランダ。リチャードは私のお友達だもの。大丈夫よ。折角だから侍女も下がらせて、二人きりで話すと良いわ。折角のお見合いだもの。部外者なんて無粋でしょ」
喩え婚約者相手でも離れたところに侍女が待機しているものだ。
貴族とは狙われやすいので何かあった時の為と、婚前交渉なんて不潔で貴族社会では嫌悪の対象になるので無実を証明する為だ。
でも姉はその常識すら簡単に取っ払ってしまった。
「で、でも、あの」
「では、行こうか。ヴィオラ嬢」
ライセル子爵が立ち上がり、私に手を差し出してくる。
私はその手と子爵を交互に見比べる。序に姉も見る。姉はニッコリと笑ってその手を取るように目で訴えてくる。
「ヴィオラ様。物陰に隠れて傍で待機しています。何かあれば直ぐに駆けつけます」
ミランダが姉とライセル子爵に気づかれないようにそう耳打ちしてくれた。
私はその言葉を聞いて少しほっとしながらも、でも気を抜いてはダメだと自分に言い聞かせる。
姉やライセル子爵と違って魔力を持たない私には自衛手段がないのだ。
私はライセル子爵の手を取ることなく立ち上がった。そんな私を見て、ライセル子爵は苦笑する。
「奥ゆかしい方だ」
そう言って笑う彼の目は、しかしどこまでも冷え切っていた。




