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「・・・・星、ですか?」
姉に忠告を受けた翌日のこと。
気分転換に温室で本を読んでいたらイリス殿下がいつもの従者、確か名前はオレット。
彼を連れてやって来た。
「魔法で昼間でも星が見える施設があると聞いたんだ」
「プラネタリウムですね」
「そう。私の国にはないから一度見てみたくて。チケットがちょうど二枚あるからどうかな?」
「・・・・二人で、ですか?」
まさかと思い、戸惑いながら聞くとイリス殿下はなぜかとても残念そうな顔をした。
どうしてだろう?イリス殿下も私と二人きりがいいからとかかな?
そう考えるととても嬉しかった。でも私はその考えを直ぐに打ち消した。
だって、私と二人きりになりたがる理由がイリス殿下の方にはないから。
「そうしたいのは山々だけど、護衛としてオレットが同行することになっているんだ。
隣国で何かあれば国際問題になりかねないからね。下手は打てない」
「イリス殿下も大変ですね」
私の言葉にイリス殿下は「もう慣れたよ」と苦笑した。
「それで、どうだろう?今度の休みの日にでも」
プラネタリウムは一度見たことがある。とても小さいときだけど。
ラピスラズリのような色の空に無数に広がる光の粒。
一つ一つはとても小さい光なのに寄せ集めると周囲を照らせる大きな光りになることができ、その輝きに感動したことは今でも覚えている。
「是非、お願いします」
もう一度あの輝きを見たくて私はついイリス殿下の誘いに乗ってしまった。
姉の忠告を忘れていたわけではない。でもせっかくお誘いくださったのだから断るのも申し訳ないし、一度くらいなら良いよね。別にデートというわけでもないから。
そう自分に言い訳をした。
◇◇◇
私の外出には一応父の許可がいる。
両親はあまり私を邸の外に出したがらない。
それは魔力を持たない私の事をあまり周りに知られたくないからだ。
だからイリス殿下から誘われたその日に父に許可を貰いに行った。
父は案の定、渋い顔をする。
「友人からの誘いなのです。直ぐに戻ります。お許しいただけませんか?」
どうしても行きたくて言葉を重ねると父は鼻で笑った。
「お前みたいな無能に友人がいるのか」
魔力を持たない上に親子仲は良好とは言い難い。そんな私とお近づきになろうと言う奇特な人は確かにいなかった。
「いったい、どこのどいつだ?」
「・・・・それは」
言ってもいいのだろうか?迷惑にならないだろうか?下手に言って何か誤解を招くようやことになったら迷惑をかけるのではないだろうか。でも、黙っていても行かせてくれるような気配はない。言うべきだろうか。
「どうした?言えぬのか。まさか、架空の友達ではなかろうな?」
「違います!」
思わず即答してしまった。
しかもかなり大きな声で。こんな大きな声を出したことはなかったから父も驚いている。
どうしよう。生意気すぎたかも。
不安になり思わずドレスの裾を握ってしまった。
シワになって侍女の仕事を増やしてしまうから本当はしてはいけないのだけど。
でも他に縋るものがなかった。
「では、誰なんだ?」
一段と低い声で父が聞いてくる。
やっぱり怒らせてしまったみたい。
「・・・・イ、イリス・マキナー殿下です」
代わりに出せる名前がなかった。だから私は正直に言った。思わぬ大物の名前に父は目を大きく見開き、私を凝視してくる。
「妄想も大概にしろ。リリスなら兎も角、お前など有り得ないだろうが」
・・・・妄想。
私自身何度もこれは夢ではないかと思った。でも、そう思う度にイリス殿下は親しげに話しかけてきてくれた。
まるで、幻だと思うことを咎めるように。
自分とイリス殿下が釣り合わないことは分かっている。
「あ、あの、その・・・・星を見たら直ぐに帰ります。だから外出の許可を下さい」
相手が誰かという問答はしたところで意味がない。
だから私は父の言葉を流して、許可だけを求めることにした。
父は暫く考えてから私を見た。
鋭く細められた目。まるで鷹のような目で私の足はすくんだ。やっぱり言うんじゃなかったと少し後悔しかけていた時。
「勉強の合間の息抜きとして認めてやろう。お前はリリスと違って私たちの期待には未だに応えられていない」
父の言葉にずくりと胸に刃物が突き刺さったような痛みが走った。
「あまり根を詰めすぎても意味がないからな。今回は特別だ。だが、その分はしっかりと結果を出せ」
「・・・・はい」
次こそは必ず一位にならないといけない。そのためには今よりももっと勉強を頑張らないと。
私は一礼して部屋を出た。




