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私の名前はヴィオラ・アレクセイ。
アレクセイ伯爵家の次女に生まれた。
桜色の髪とルビーの瞳を持つ。これは母方の祖母と同じ髪だ。
貴族階級には多い金髪や銀髪でもなく、平民に多い茶髪でもない。とても珍しいこの色は異国の血を引く祖母の遺伝によるもの。
祖母は亡国の姫で、戦争に破れ祖国を追われ、逃げていた。偶然アレクセイ領内に入ったところを祖父に発見、保護された。そしてそのまま恋に落ちたそうだ。
当然周囲の反対もあったそうだが、なかなか結婚しない祖父が見つけた恋人であり、亡国とは言え高貴な血が流れていることに変わりはなく、またこれを逃したら祖父は家出でもしかねなかったので周囲は泣く泣く受け入れたとか。
「きゃあ、お母様ったらそれ本当なの?」
中庭から楽しげな声がする。
それは私の二つ上の姉のリリスのものだった。
リリスはお母様と同じ銀色の髪に青い瞳をしている。
そして、彼女は特別なのだ。
この世界には精霊がいる。
精霊は自分の好みの容姿や好みの魔力の質を持った人間に加護を与える。
それを加護持ちと言う。本来、人嫌いの精霊が人に加護を与えることはあまりない。その為、加護持ちはとても貴重とされている。
加護持ちがいると精霊は無条件で力を与えてくれる。その恩恵が国の発展に繋がることもある。だから、加護持ちは大切に育てられるのだ。
同じ容姿でありながら魔力を全く持たずに生まれた落ちこぼれの私とは違って。
「・・・・楽しそうね」
窓辺で本を読みながら声のした方を見た私。その視線の先は中庭で楽しそうに話すお母様とお姉様がいた。
私の表情に僅かな陰りを見つけたのか、後ろに控えていた侍女のミランダが僅かに顔を曇らせた。
「お嬢様」
何か声をかけようとしたミランダ。けれど結局何も浮かばずに彼女は口を閉ざしてしまった。
そんなつもりはなかったけれど、気を使わせてしまったのかもしれない。
何か言った方が良いのだろうか?
でも何を言えばいいのか分からない。
結局私はミランダにお茶のおかわりを要求することしかできなかった。
「ヴィオラ、また部屋にこもって本を読んでるの?たまには外に出たら?」
さっきまで中庭で楽しそうにお母様とお喋りをしていた姉のリリスが私の部屋にやって来た。
ノックもなしにズカズカと我が物顔で私の部屋に入るお姉様のピンク色のドレスは真新しく、フリルがたくさんついていた。
「かわいいドレスね(私の趣味じゃないけど)」
私がそう言うとお姉様はくるりんと一回転。ふんわりとドレスが揺れて、お姉様の足にまとわりつく。
「お母様に買ってもらったの」
「そう」
私はドレスを買ってもらったことがない。
今着ているドレスは全部、お姉様のお下がり。
それをミランダに手直ししてもらって着ている。
「ヴィオラもたまには買ってもらったら?」
「・・・・私は、別に(強請ったところで買ってもらえるわけがない)」
私は視線を本に戻す。すると、お姉様は大きなため息をこれ見よがしについて私から本を取り上げた。
「何するの?」
「ヴィオラは髪や瞳の色は私と違うけど、顔は全く同じで可愛いんだから」
それ、暗に自分が可愛いって言ってるよね。
「いくら姉である私のことが好きだからって」
「は?」
何か幻聴が聞こえた。
「いつまでも私のお下がりばかりじゃダメよ。ちゃんと自己主張しないと」
「ね」と言ってお姉様は私にウィンクする。
「別に好きでお下がりを着てるわけじゃない」
ぼそりと言ったせいか、お姉様は「何か言った?」と無邪気に笑って聞いてくる。
「何でもない」
「リリス」
お母様が私の部屋に入ってきた。
ノックもせずに。
「殿下がお見えよ」
「ルーファス様が来てるの!?」
ルーファス・アルファード・ル・ポルノ王太子殿下。
お姉様の婚約者。お姉様より二つ下で私とは同い年になる。
お姉様が加護持ちだと分かったのは三歳の時。
私は知らないが周囲をキラキラと黄金の光の粒が回り、そこから判明した。
加護持ちを繋ぎ止めておくために殿下は生まれて直ぐにお姉様の婚約者となった。
お姉様は恋する乙女のように私の部屋から出ていった。
その姿を微笑ましげに見た後、同じ人とは思えない冷たい目をお母様は私に向けた。
「何してるの?休んでいる暇があったら勉強しなさい。あなたはリリスとは違って落ちこぼれなんだから」
「・・・・はい」
休んでいたわけではない。ただ、お姉様が来たから一時中断しただけだ。
殿下が来たことで喜んで出ていった時にお姉様は私から取り上げた本を落として行ったので、私はそれを拾ってから再び勉強に戻った。
その姿に満足したのかお母様はお姉様の後を追って部屋から出た。
「少し、休憩しなくて大丈夫ですか?」
開けっぱなしになったままのドアを閉めてミランダが私に聞く。
「大丈夫」
私は再び本を読み始めた。
それは私の年齢には少し難しい内容だった。でも、私よりももっと小さい時に、お姉様はこの本を読破していた。
だから私も同じようにできなければいけない。
これは私がまだ一二歳の時のお話。