第二話
チュンチュンと雀の鳴き声が聞こえる。爽やかな朝の日差しがたっぷりと注ぎ込まれる室内で、カイルは目を覚ました。
「カイーっ、起きたのか!? よかったー、オレてっきり死んだかと思ったよぉ。なぁホントに焦ったんだよオレ!」
目を開けた瞬間にフレッドが飛びついてきて、少したじろぐ。金色の頭をグリグリと腹に押し付けながら、そのまま延々と喋り続けるんじゃないかと言うぐらいずっとわーわー騒いでいた。
「センセーが大丈夫って言ってたけど、お前起きないんだもん。オレどうしていいかわかんなくて、もぉなんか疲れたぁ」
「フレッド、何があったんだ? 俺あまり覚えてなくて……」
「そりゃあオレ、超焦ったんだからな! えっと、まずは……」
頭をあげたフレッドは、顎に手をあて、宙に視線を彷徨わせながら話し始める。隅々まで鮮明に思い出せるかのように詰まることなく、起きたばかりのカイルにもわかるようにゆっくりと。
カイルが倒れる前、カイルは顔面にヒトガタの攻撃を受けていた。と言っても、かすった程度だ。だが風圧で吹き飛び、何かで頭を打ったらしい。フレッドの叫びで攻撃を避けたあの時、カイルは気づいていなかったが、左側の顎から口元まで爪で割かれた傷と頭からドクドクと血が流れていたそうだ。まるで、直前までどうしてあんなに動けたのか不思議なほど。なるほど、だから頭が痛み、吐き気がしたのか。と、カイルはぼんやりと思った。
「なぁフレッド、俺の記憶だと俺多分死んでるんだけど」
「ん? なんで?」
「だって、アイツが……」
言いかけた途端、ズキリと頭が痛む。そんなカイルを不思議そうに見ながら、フレッドは言った。
「大丈夫か、頭の傷は完治したはずなんだけど……」
「そうじゃなくて、俺、攻撃されて」
「え、あぁ……それか。それはな、エリーが助けてくれたんだ」
エリー……アリス・キルヴァートの事だ。小さくて、頭が悪く、食うことしか考えていない。だが、身体能力は男を軽く超える。彼女と喧嘩をしたいなら己のプライドと身体の両方を捨てる覚悟を持って挑め。これは同期の間で密かに囁かれている (主に男の間で)訓戒だ。それと、どんなに腹が減っていても彼女の飯は奪うな、という物もある。身長が低く童顔で、どっからどう見ても幼女そのものだと思ってなめていると、死んでも知らないぞ、という事だ。つまり、彼女は要注意人物なのだ。ただ一つ、足りぬことをあげるとすれば……前述の通り、本能的で頭が弱いことだろうか。
「おい、タイル。起きたですか」
「俺はタイルじゃねぇカイル……何度言えばわかるんだ」
「すまぬですカイル。体調はどうです」
噂をすればなんとやらとはよく言ったもので、扉を壊す勢いで開けたのはアリス・キルヴァートだった。
「別に、悪くはないけど」
「珍しいのです、カイルが攻撃されるなんて。カイルは強いのですのであんなヘマをしないと思ってましたです」
「お前にだけは強いと言われたくないな。お前俺よりも強いじゃねぇか」
「しょうがないのです。人間には勝てぬです」
「確かに、人間離れしてるもんな……って、それ自分で言うか」
「言いますです。能力が無くたって誰にも負けぬです」
今アリスが言ったのは、たまに限られた人間に発現する「超能力」の事だ。アリスの能力は「全身筋力強化V」。その華奢な身体から想像も出来ぬほどの怪力を発揮し、小柄な体躯で空を飛ぶように跳躍する。ただ、アリスはこの能力がなくてもかなりの実力者だ。すばしっこくて格闘技にも長けている。
ちなみに、フレッドも能力持ちだ。フレッドの能力は「回復補助IV」。体表の任意の場所からだせる目に見えないナニカ (今でも何かは解明されていない)を浴びると、人間のDNAや細胞に働きかけ、怪我を治してしまうのだ。コレの長所は、比較的早く、跡形もなく怪我を消してしまうことだ。フレッドの能力は「IV」なので効き目が強く、たとえ腕1本が吹き飛んだとしても、時間はかかるが再生してしまう。その際の栄養は、全員が持っているサプリメントのようなもので補わなければならないが。欠点と言えばそれくらいだ。あとは、フレッドが意識しないと能力が発動しないことと、距離があれば能力が届かないことだろうか。
「……あ、カイル。ほっぺの傷は治らなかったです?」
「治ってないのか? フレッド」
「すまん、理由はわからないんだけど、どれだけやっても跡が消えないんだ。治すための栄養素が足りないのかと思ったけど、そうでもなくて……オレの能力はちゃんとある。指を切ってみたけれど治ったし、エリーが暴れた時の擦り傷も消えたしな」
「そうか……どんな感じだ?」
カイルはそっと頬に手を当てる。痛みもなく、違和感もない。だがアリスが差し出した小さな手鏡に映った顔には、三本の傷跡がハッキリと見えた。といっても、皮膚の色が変わっているぐらいだが、フレッドが治せない傷がある方がショックだった。
頬を触っていた腕にピリ、とした痛みが走る。カイルは怪訝そうに自らの腕を見つめながら、ため息をついた。ただの筋肉痛だろう。その時のカイルはそう思っていた。