第一話
カイル・ウォード (17)
白い肌に映える真っ黒な瞳と髪が特徴的な男。身体能力が高く、最前線である。
特殊能力は未開花。
湿った臭い風がするりと辺りを吹き抜けた。暴力的なまでに不吉を訴えるそれは、まるで誰かの悲鳴を運んでいるようだ。沢山の音が遠くで響いている。そんな事なんてカイルにとってはどうでもよかったのだが。
カイルは寝転んで空を見上げていた。どこまでも青い、どこまでも澄んだ空を。モヤがかかったようにあやふやな脳で、この空を飛んでいけたらな、なんて考えた。じくじくと頭が痛み、背中の下がゴツゴツとしているのも気にならない。ただ成り行きに身を任せるようにまどろんでいた。
「――ッ、カイ、避けろっ!」
誰かの叫びがカイルの耳に届いた。反射的に寝返りをうつように回転すると、刹那、耳をつんざくような轟音と衝撃が身体を襲った。吹っ飛ばされて二、三回転。全身を地面に打ち付けたカイルは、痛みに顔をしかめながらのそりと立ち上がった。
「痛っ……」
「馬鹿、ボーッとすんな!」
再び同じ人物の声がした。フレッド・グリフィンドール。カイルの幼馴染だ。根っからの後方支援型であるフレッドは、ほとんどの場合カイルの背後にいる。前線に出られるくらいの身体能力は持ち合わせていないが、彼のスナイプ能力には目を見張るものがあった。さらに機転も利くので、考え無しに突き進むカイルにとっては最高の味方であると言えるだろう。
そのフレッドが放った矢が音を立てて真っ直ぐ飛んでいく。そして、先程カイルを攻撃した黒いヒトガタ、ソレの手の甲にある眼球に突き刺さった。ヌメリとした粘液で覆われたその巨大な体躯を小刻みに震わせ、ソレは声にならない悲鳴をあげる。程なくして目の無い顔でカイルをキッと睨みつけると、音のない雄叫びを上げながら拳を振り抜いた。
先程と同じように、轟音が鳴り響き地面にヒビが入る。その衝撃を今度は逆に使って後方に一回転すると、カイルはその太陽光をてらてらと反射する物体をじっと見つめた。ソイツはカイルの身長ほどもある手の平を、ハエでも叩くかのように地面に打ちつけている。その一対の猛攻を余裕綽々といった表情で躱しながら、カイルは地面に転がっている自身の剣を手に取った。赤黒い液体に横たわっていたそれを右手に、少しずつ、でも確実に黒いヒトガタと距離を詰める。
フレッドの矢が、ソレのアキレス腱に命中した。フレッドがつくった一瞬の好機をみすみす無駄にはしない、とカイルは全速力で走る。無様に転んだソイツの頭に片足を乗せ、頭蓋骨と首の骨の狭間に、一気に剣を突き立てた。
くら、と視界が歪んだ。目の前の黒い物体は、弱々しく最後の抵抗をしながら融解してゆく。完全な勝利のはずなのに、カイルは強烈な目眩と吐き気を感じて、膝から崩れ落ちた。先程殺したソイツのドロドロとした黒い液体と嘔吐物が混じり、鼻をつくような臭いがする。嫌だ、気持ち悪い、痛い……頭が痛い。
「大丈夫か、カイ! ……嘘だろ、カイ、カイーッ!」
フレッドの絶叫を聞いて、カイルが薄れた意識で後方に目を向けたのと、フレッドが矢をつがえたのは同時だった。矢が届くまでの少しの時間さえあれば、とフレッドはギリと唇を噛む。カイルのその瞳に黒いヒトガタが拳を振り上げているのが映った瞬間、カイルは意識は遠のいていった。