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第1話「戦争後の永い後日」

世界はずっと前から人類以外の支配者と覇権を争っている、そんな世界だね。

いつのまにか世界の支配者は増えていた。


一つは旧時代から生き残る人類。もう一つが人類の叡智だった時代は過去のものである反乱機械。残りが人類以前の古代文明だが何だかよくわからないが少なくとも感染してなってしまった死体。


人類は……決戦を挑んだ。


遺伝子を改造して、機械を埋め込んで、量子コンピュータを脳味噌に後付けするよりはやいスキップシンキングシステムのサポートを受けた強化歩兵に、自動機械軍が地平線を覆い隠せるだけの大軍隊を今一度編成できた。ロケットの火が空を覆い、大陸を割れるかもしれないだけの拡大戦術兵器を集中投下した。要塞が歩いて、鉄も肉も区別なく星ごと焼き払った。


そして……敗北したんだ。


コンドミニアムの敗残兵。

それが死にかけを晒しているフロップニクは、そんなおびただしい中の一人にすぎなかった。


T21リッパーライフルはどこかにいってしまって、フロップニクの手にはもうない。護身用の、あるいは自決の為かあるP2099ピストルだけは残された。


雪のように降り積もった冷たくない灰の平原をフリップニクは血を引きながら歩き続けた。行き先は、遥か地平線の先にあるホームベースだ。来るときは輸送ヘリコだった。今は徒歩だ。ホームベースも残っているかもわからないが、いくあては他にない。


長い旅になるかもしれなかった。


歩いて。

歩いて。

歩いて。


分解され融合した感染者のなれ果てである死体が、歪な新種として獣の群れように徘徊していたのを何度もやりすごした。


地中から監視していたマシーンが唸りをあげながら肉を切り刻もうと襲ってきたのを何度も撃退していた。


機械と死体の縄張り争いに巻き込まれることがないよう、何度も遠回りした。


点々と残骸となった車両から物資の残りを探してまわった。


肉塊と残骸はいたるところで灰に降り積もられている。


フロップニクは止まるな、生きてる限り、と自分に言い聞かせていた。


フロップニクは焼け焦げた装甲車両の横で休憩をとることにした。M90という装甲兵員輸送車だ。もともとは150mm戦車砲塔が載った戦車だが、これは砲塔を外した重装甲輸送車タイプだ。食料がないかと、もしかしたらを考えてこの装甲車両、M90のハッチを開けたが、何もなかった。


餓死することは、そうない。脱水症状も。フロップニクはそう改造された兵士だ。兵士を生き残らせるためというよりも、差し迫る食料や真水の問題に改造で対応した技術だ。人間は、自己改造をしてまで生き抜こうとしている。


フロップニクも、こんなところで死にはしないだろう。


M90の中で腰をおろした。灰が降り始めたからだ。最近は雨よりもよく灰が風に運ばれてきた。どこかで、何かの生き物が消えてしまった名残は世界中で堆積していた。


それが降っていると、どことなく深海へと落ちていくマリンスノーのようにも見えた。同じ死骸ではあったが、似た雪でも、違いは大きかった。


フロップニクは空を見上げた。天井の開けられた丸いハッチの形に二度と夜明けのこない夜が切りとられていた。夜はときおり、雲の中で赤く輝く。どこかでまだ、誰かが戦っているのだ。


フロップニクにはーー遠すぎた戦場だった。


休憩だ。疲れも熱も溜まっていた。エネルギーを節約するために少しだけ眠る。どこかで、このまま目が覚めなければ、とか、全部夢だったら、とありえないことを考えながらもフロップニクは眠りの中へと落ちていった。




「おい、生きてるのか?」


フロップニクは頭を小突かれる感覚で強制的に覚醒させられた。硬いもの、例えばライフルのストックで小突かれたような感覚だ。


皮下装甲があるとはいえ、まったく何も感じないわけではないのだ。


脳内の回路が眠気を処理する僅かな間で、強化眼球の焦点がそれにあわせられた。フロップニクは驚く。ただの、普通の人間の少女だったからだ。


「人間だ……」

「あたりまえだ、ばか」


彼女の空色のマフラーがひるがえった。装備は軽装だ。私服の上に戦術服を被せているだけ。だがただの市民兵ではないことが、彼女のライフルでわかった。


ジオランスライフルだ。硬質徹甲破片を電磁加速させて撃ちだす銃。鋭利な破片を粒子兵器のように持続射撃させるそれを生身で扱えば、腕が捥がれるだろう。撃ち出されるアイアンニードルは肉も鉄も驚くほど綺麗に切断する。


フロップニクはジオランスライフルそのものは詳しく知らないが、前期型のスクワイアガンを撃ったことがあった。


「名乗り、がいるかな。私はフロップニクだ。コンドミニアム所属で階級は伍長だ」

「ご丁寧にどーも」


彼女はしばしM90の内部を漁って、めぼしいものが何もないからか、深い溜息を吐きながら言った。


「クドリャフカ」


名前らしい。海草のような癖毛のクドリャフカは、どかっ、と荒々しくフロップニクの隣に座る。少し、フロップニクが押しだされた。


フロップニクは、彼女もまた瓦解した前線からの迷子なのだろう、と考えていた。テクノバルバロイにしては、おとなしくありすぎるからだ。もしクドリャフカがテクノバルバロイだったなら、今頃フロップニクは手足を切り落とされてレイプされていたかもしれない。


「あんた、甘いものもってるの?」

「あいにくと、食べ物も飲み物も持ち合わせていない」

「あーあ、飴玉でもあると思ったんだけどね」


フロップニクは笑いそうになったが、表情にはださなかった。子供を笑うとたいてい、子供からは馬鹿にされたと思わせてしまうと経験から学んでいたからだ。


「クドリャフカはどこに帰るつもりなんだ?私はベース13だから、ちょっとしたハイキングだ」

「所属は64連隊なんだけど、それだと戦場を横断することになるからーーベース13かな」

「なんだ同じ目的地じゃないか」


フロップニクは嬉しさを隠した。なにかと一人では心細いものだ。仲間が一人でもいてくれると安心感が違う。


「帰ったら何するか決めてるか、フロップニク」

「こんな状況で帰ったあとを考えられるクドリャフカ姐さんには脱帽っスよ」

「死ぬわけねーだろ?だって俺ら生きてるからね」

「意味わからないんだが」


ハッチの外、曇り空になにかが飛んでいるのが見えた。フロップニクはハッチを閉めた。敵だった。コンドミニアムの戦闘機にも爆撃機にも、触手を揺らしながら浮遊するものはないからだ。


空に目がある。


まだ外にでるのは危なそうだ。


悪いことばかりではない。今は目があるが、じきに無くなる。一度見回ったらしばらくはこないからだ。突然に目の前に現れるよりは良い兆候だ。


「どうかしたか?」

「空をウォッチャーが飛んでた」

「ジオランスで仕留められない相手ではないね」

「おとなしくしておいてくれよ。あいつらのレーザーの出力は低いが、取り付かれて砲塔を捥ぎ取り、中の乗員が焼かれるのを何度か見たことがある。それにパワードスーツを着ていてもあれと競争はできない」


まだ戦場だ。

まだ死地だ。


まだ……だが、フロップニクもクドリャフカも落ち着いていた。焦っても生き残れるわけではないからだ。


フロップニクは煙草を吸わない、酒もだ。嗜好品の煙草や酒は人気があって、不変の価値として賭けの対象になるが、フロップニクにとっては交換レートの良い物品でしかなかった。


しかし今は、肺いっぱいに紫煙を吸い込むか、口いっぱいに酒を含みたい気分だった。


「天気は曇りときどきウォッチャーだ。もう少し雨宿りしていこう」


クドリャフカは、やれやれ、と肩をすくめて見せた。動けないのはわかりきっていたのだろう。


誰でもウォッチャーが飛び交う中を強行軍がしたくないものだ。あっというまに高い空へと攫われてしまい、落とされて潰れるか、レーザーとテンタクルアームで四肢を捥がれながら死ぬかだ。


「ベースに帰ったら、クドリャフカにケーキを焼こうか。味には自信があるんだ。特にイチゴケーキがな」

「お前、そのゴリラみたいな腕でケーキを作れるのか……?」


クドリャフカの眉間に皺が寄っていた。信じられないらしい。


フロップニクの体格はオーブンでお菓子を焼くというよりは、オーブンを捻り千切るほうが似合っている。


「失礼なやつだ。フロップニク印のケーキといえば、なんかよくわからない吟遊詩人の御墨付きなんだぞ。つまり美味い」

「よくわからない吟遊詩人というのもよくわからねーけどな」


お菓子作りといえば、清楚な女の子のイメージだ。フロップニクは性別も見た目もなにもかも少々以上のギャップがありすぎだ。


趣味なんだからほっとけ、とフロップニクはクドリャフカの脇を小突いた。馬鹿にされるのは心外だ。絶対にケーキを作らせて、唸らせてやるとフロップニクは決意を新たに秘めた。


「クドリャフカは料理できるのか?」

「自慢じゃないが得意料理はゆで卵だ」

「そうか。私も得意だぞ。親から料理の愛情を欠片も受けていない奴もゆで卵は得意料理だろうな」


クドリャフカは料理のできない女のようだ。


「嫁にしたくない女だ」

「俺を嫁にしたらもれなく身を守るボディガードが増えるぞ。安心だな。このご時世なら掛け替えのない優良物件だ」

「赤ん坊を産むとき怪力で気張って赤ん坊を絞め殺すボディガードはいらないな」

「そんときには腹を捌くんだよ」

「こいつ」

「はっはっー」


ぽんぽんと言葉を吐ける女がクドリャフカのようだ。フロップニクに悪い気はなかった。気安い、では少々違う意味になるのだが、クドリャフカと話していると肩の力が抜けやすい。


心を落ち着けるのは大切なことだ。興奮気味にがっつくのは学生時代までだ。


「クドリャフカに趣味はないのか。俺はさっき言ったとおり、菓子作りだ。もう一度笑ってみろ、その綺麗な顔をふにゃふにゃしてやる」

「どんぶりネタは好きじゃないよ、フロップニク。ーー趣味か」


クドリャフカは少し考えて、


「俺は……銃を撃つのが好きだな。旧時代なら鯨や鹿を撃ってたはずだ」

「危ない女だな」

「そういうのじゃない。フロップニクが思ってるのとはたぶん違うぞ」


真面目な話らしく、クドリャフカはフロップニクの脇を指で突いた。いつのまにか、抗議は相手の横腹を突くことになったようだ。


「撃つ瞬間……難しいんだが、一つになるんだ」

「一つにか?」

「そうだ。まず、俺と銃だろ。これは基本だ。特に何も言わない。ではあり更に自然とも一つになるんだ。俺、て感覚が世界の中心じゃなくて背景になっていく」

「面白い意見だ」

「うん。それで獲物を狙う、この時相手の息遣いが聞こえて、俺はそいつになる。当てるのは難しくない。俺を撃ってるみたいなものだからな。二人の俺がいて、また一人になる。その時、こう、少し寒い夜明けを一人で迎えているような……そんな気分になるんだ。俺が俺に帰ってくる感覚だ。だから撃つことは好きだな」


フロップニクには、クドリャフカの考えはよくわからなかった。ただ、そういうものもあるのだろう、とは理解しようとしていた。


しばらくして。


ハッチを少しだけ開けて周囲を確認した。いつまでもM90の中に居るわけにもいかないのだ。ペリスコープを使うのが良いのだろうが、あいにく使えない状態だ。


「くそッ。あいつ、このあたりを徘徊してやがる」


ウォッチャーが上空をゆっくりと旋回している姿が見えた。獲物を探す猛禽類のような動きだ。生存者を探していた。


「仕留めるか?」


クドリャフカがジオランスを引っ張りながら聞いてきた。


上を抑えているウォッチャーを片付けないことには外には出られないだろう。フロップニクはうなずき、クドリャフカの意見を採用した。どのみち、フロップニクのP2099ピストルでウォッチャーを倒すのはほぼ不可能だ。


「一発で頼むぞ」

「任せろ」


ハッチの位置を交代だ。


クドリャフカは、兵員を降ろす側面ドアを開いてジオランスを引っ掛けた。


フロップニクはその反対側のハッチからウォッチャーと、さらに他にも広く観測する役に立った。


「ウォッチャーは一匹だ。周囲に他のウォッチャーはいない。距離は目算で2000m、高度は100、ないくらいだな。緩い降下と上昇は規則正しい。狙いやすそうだ。電車を撃つみたいなものだろう」


フロップニクはそのウォッチャーを、線路の上を走るだけの連結列車に例えた。


「当てられそうか、クドリャフカ」

「余裕ー」

「頼もしいな」


クドリャフカを見ることはなかった。心配するだけ無駄だからだ。そんなことよりも、フロップニクは標的のウォッチャーに集中した。集中しつつ、周囲も警戒した。


映画や漫画だと、ここで予想外が起きて主人公たちは危機におちいるものだ。そうならないために、フロップニクは注意深くなる。


主人公たちは、たくさん死んだ。物語の主人公は生き残る幸運なものだけだ。主人公かは生き残らなけばわからない。


「照準した」

「発砲はクドリャフカのタイミングに合わせてくれ」


野戦砲の砲声が消音器でくぐもったような音が響いた。それと同時に、M90装甲車が車体を揺さぶられた。


フロップニクはウォッチャーから目を離さない。


コンマ秒後、ウォッチャーはジオランスから浴びせられたアイアンニードルの嵐に引き裂かれ完全に活動を停止した。灰の積もる地上に堕ち、動かなかった。


「良い腕だ。ウォッチャーは沈黙した」


周囲に敵影なし。


また旅が始まる。


クドリャフカに目をやると、なんとも自慢気な表情を浮かべていたが、特に何かを言うことはなかった。


「クドリャフカは凄いな」


これで充分だろう。フロップニクはそう思っていたが、クドリャフカは不満のようだ。長い旅の中で、ずっと、遠回しに自分の腕を褒めてもいい、と話し続けた。


永い旅になりそうだ。

どうだった?感想を待ってるよ。物語には観測者が、見てくれる人間が必要だ。君の言葉が暗闇の灯火、先を示してくれるだろうね。

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