表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

楔荘シリーズ

楔荘 ∼おまけ編「新年号」

作者: 作者 字

 縁側でお茶をすすり、新春の風の香りを楽しむ。風がそっと前髪を揺らし、伏せられた黒い目がぼんやりと光を映す。

「旦那様、ニュースですよ」

 白銀姫がそう言って縁側でくつろぐ禊の側にやって来た。

「日本の年号が改正されました。令和って言うらしいですよ」

「あぁ……そうか、そっちだとまだそのくらいだもんな。……お隠れになられたか……」

「いえ、まだご存命ですよ。自ら退位を申されたんですって」

 禊は目を見開いて、庭で風に小さく揺れる桜を見つめると、そっと口元を緩め、

「そうか……そうか。そうだったか……」

 小さく笑い声を漏らす。

「あの、旦那様……」

「何、嬉しいんだよ。こんなに悲しくないのは初めてでね。そっか……」

 禊は笑顔をほころばせて、泳いできた桜の花びらを摘まみ上げた。

「では、平成には見届けてもらいたいね。先輩として、令和が同じ過ちを繰り返さないよう、背中を押してもらいたい」

 禊は立ち上がると、

「何か贈呈品を用意しよう。我々が望んだ平和がきちんと訪れるよう、忘れないよう目に見えるように」

「何にしましょう! 職人にもご連絡を……」

「あ、その前に」

 禊は白銀姫を手に取るとその上に飛び乗り、風に乗って家を飛び出した。


 和室の畳の柔らかい香りと、コーヒーの香ばしい香りが戯れる。

「のう、兄宮よ。その匂いは少し……苦手なんじゃが」

 百足は怪訝そうな顔で尊を見る。

「何だよ、いい加減慣れろ。海外で言うお茶なんだぞ?」

「うむ……だが、そんな炭をこした泥水……」

「おい、尊!」

 そこに禊がやって来る。

「なんだ、お前から来るのは珍しいな。何か問題でも起きたか?」

 尊は少し気構えて禊の前に立つ。禊は笑顔で首を横に振ると、

「年号が改正された」

 すると尊は顔に曇りを見せ、

「そうか……お疲れさまだな」

「いや、そうじゃない。まだ生きてる」

 尊はよくわかっていない様子で顔を上げた。

「退位を申されたんだ。お前ならわかるように、あれを80もの年寄りにやらせるのはさすがにきついだろ? お前の頃は年寄りってのは随分若かったから成し得たが、今はもう時代が時代だ」

「そうか……なるほど。確かにありゃ無理だ。マーサにやらせるのも忍びない」

「何じゃ、元号が変わったのか。して、上様はまだご存命で?」

「あぁ、元気だそうだよ」

「そうかそうか……それは嬉しいね。悲しくない元号改正は初めてじゃ」

 百足は扇で口元を隠し、目を閉じて笑みを溢した。

「して、今度は何て言うんじゃ?」

「令和だ」

「どのように連ねるのじゃ?」

 百足は嬉しそうに紙と筆を手に取る。禊が教えながら筆を走らせていく。

 一枚の和紙に黒く塗れた二文字が目を開ける。

「まぁ……! 厳かで、それでいて温かい。とても縁起が良いの」

「万葉集の梅花の歌から取ったそうだよ」

「あの歌か!」

「知ってんのか?」

 百足は嬉しそうに庭の梅の木を見つめ、

「知ってるも何も、妾は都におったよ。よく友と写本を読んだ。気に入った歌を書き写して、障子の穴を埋めたりもした。まぁ、かか様に怒られたけど。友が書いた中にこれがあったよ」

 百足は袖を目元に当てると、

「友も喜ぶだろう……好きな歌が使われ、そしてお上もお隠れにならなかった……とても素敵な事だ。平と成った時代とはまた違って、より一層、よい年になる事を願う」

 百足は小さく頭を下げると、鼻歌を歌いながら書斎に吸い込まれるように入って行った。

「随分上機嫌だな」

「俺らは弥生人だから、わかんないだろうよ」

「うん、わかんねぇ」

 二人は庭の桜と梅を見上げる。懐かしき故郷で見た月が、空の上に横たわって微笑んでいるのが目に浮かぶようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ