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はじまりの朝

これを読んだ友人の大半は、吹き出すか軽蔑の目で僕をにらむんですよね。

まったく、これは(アーサーとエクスカリバーと)僕の物語なのにね。なにを勘違いしてるんだか。

 僕にも、最愛の息子がいる。名はアーサー。

 

 この世界の男は皆、自慢の息子を持つ。決まればどんな深淵の闇であろうが、一撃で視界を真っ白な光に染め上げる力を持つ、聖剣エクスカリバーを常にぶらさげつつ、自分の影に隠れてついてきている。隙あらばご自慢の聖剣を引っこ抜いて眼前の強敵に一撃をぶち込もうとする若き獅子だ。


 いや待て、考えてみよう。ゾッとしないか。

 自分の自慢の息子が、そんな大量破壊兵器とでも言われる聖剣をぶらさげているんだぜ?いつどこで癇癪を起こすか分からない。突如、息子が街中で聖剣を抜いてみろ。あいにく、この世界の治安勢力はそのたぐいの対応に慣れきっている。事態はすぐに収束するだろう。

 しかし、息子はまだ幼いケースが多いため、責任能力を問われない代わりに、親である父親がすべての咎を背負うことになる。これまで多くの父親が、幼い我が子の犯した咎を肩代わりにして豚箱にぶち込まれてきた。


 それでも、この世界の男は不思議なものだ。

 扱いを間違えてしまえば我が身を滅ぼす武器を大層かわいがっている輩が多い。夜な夜なトレーニングを怠らない息子と、そのさまをだれよりも近くでまじまじと見つめる父親。その息遣いは荒い。決して自分の最愛の息子に欲情しているわけではない。まだ見ぬ敵と息子が全力を尽くして戦う様子を夢見て興奮している。


 その息子には最大の特徴がある。

 通常状態と興奮状態、いわば戦闘状態の体格が倍以上違うのだ。そのメカニズムは長年の研究を経て解明されたが、それはまた別のお話である。体格を成長させなければ、自慢のエクスカリバーは抜けない。筋力が足りないからだ。かといいつつ、常に戦闘状態では力の維持ができず、肝心の事態でゴミ当然になる。


 

-----



 僕の最愛の息子がはじめて姿を現したのは、いつだったか。いや、はじめてエクスカリバーを引っこ抜いたのはいつだったか。そんなことすら忘れてしまうほどに、アーサーとの付き合いは長い。


「ねえ、今日は誰との戦いを想定した訓練をするの?」


 今日も元気にアーサーが顔をのぞかせる。まだ朝の7時だぞ。


「そうだな、今日は僕と同じ年齢の強敵を想定しよう」

「ええ、同じ年齢? それはさぞかし大きいんでしょう。ワクワクしますね!」

「ははは、さすが我が息子。そうでなくてはいつか必ず、『守るべきもの』を失う時にどうなるかわからないからな」

「『守るべきもの』って?」

「おっとお前にはまだ早い話だったか。ははは」


 アーサーの背中をさすり、僕は目に涙があふれてくるのをこらえた。『守るべきもの』。それは古からの言い伝えが形骸化したようなものだが、若き獅子が決して届かぬ空をにらむ精神力をはぐくむには十分な効果をもつ。

 だが、僕の同級生の男の息子のうち数名かはすでに、その『守るべきもの』を失っている。

 では、その『守るべきもの』を失った獅子たちはどうなるのか。戦いの中でしか味わえぬ快感、達成感に酔いしれて、より過激な戦いへと身を投じていく『猛者』になる。それがおよそ八割。残る二割はまれではあるが、『賢者』か『隠居』へ身を落とす。どちらへ転ぼうと、決して戦う以前のあの若き獅子の面影は残らない。


「父さん。前に教えてくれたではありませんか。決して戦いに過剰な期待はするなって」

「うむ、その通りだ。僕の父さんが教えてくれたんだ。いくら想定しようが、現実の戦いはその10倍苛烈を極めるってね」

「では、さらに10倍の想定をすればいいではないですか」

「理論上ではね。だけど現実はいつも想定をはるかに超えてくる」

「はあ・・・そういうものなのですね」


 アーサーはどういう表情をすればいいのかわからず縮こまった。そうだ、こいつは寒さと小難しい話は大の苦手だった。完全に隠れてしまったアーサーをよそに、僕は朝のベッドから起き上がり、背伸びをする。気持ちのいい朝だ。昨夜の訓練ではさすが自慢の息子というべきか。相手が得意の標的と知ったその一瞬でエクスカリバーを解放した。その光景に親である僕は酔いしれた。ここまで育て上げた最愛の息子に。


 だが、最近その息子に対する不満が募ってきた。彼は、得意とする標的に対しては一撃をキメる速度が極めて速い。すこしは貴重な戦いを楽しんでほしいものだ。なにを生き急ぐ、若き獅子よ。焦らしプレイというものを知らないのだろうか。やれやれ。


「どうしましたか、眉間にしわが」


 アーサーは自慢のエクスカリバーを磨きながら僕の顔を覗いた。


「いや、今夜の訓練の準備をな」

「さすがですね。任せてください。いつか必ずこのエクスカリバーを伝説の扉へぶち込んでやりますよ」


 伝説の扉とは、エクスカリバーをもつ息子が、はじめての戦いの際に倒す敵である。その伝説の扉は、親である僕と、意思が一致したときにのみ、姿を現す。合意の上で行われるその儀式はいつ訪れるかは僕にもわからないが、いつか来ると信じて今夜も元気な息子をしごき倒す。

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