ありがた迷惑ってすっごい邪魔
善意も過ぎればただの毒。
「あーっはっはっは……はあ。もうちょい離れて歩けよ」
「だめなの。シュナは赤の君の託宣の下であなたにいちゃいちゃするカップルの擬態をしながら脇腹に刃物を向けているの」
だから離れろっつってんだよ。てか縁さん俺にナイフで脇腹ちくちくされながら貧乳と歩けってあんた鬼か。
「今……あなたから邪悪なる波動を感じた……」
「うっちょっと待て刺さってるそれはちょっと血出てる!ったく、妙に勘のいいガキは嫌いじゃねえけどさ」
「嫌いじゃないの?じゃあこのままでいいね」
くっそ、こいつ……はいはい品乳品乳。品のいい乳。これでいいんだろ。
「もっと失礼なこと考えたの?」
「はあ、刺さるとちょっと痛いんだけど。あと入院が面倒だし、やめろ。たぶん縁の意図にもそぐわない」
「そうなの。なら見逃してやるの」
こいつ本当に縁に対してはチョロいな。
『――ザザッ――聞こえるか、二人とも』
「ああ」
「はいなの」
『シュナ、お前の後をつけている。今はおちついて連行しろ。桐葉、お前はもう少しシュナに脅されているように振舞え。ただでさえ演技力には欠けているんだ』
「シュナはパンケーキ食べたいの」
「わーったよ。言うこと聞きますって、だからあんまり脇腹をつつくんじゃねえ」
俺はこのあたりのパンケーキ屋でひとつだけ知っている場所に足を向けた。なんでもメレンゲでふわふわで、すげえうまいらしい。梨花が友達と食べに行って、お兄ちゃんもお勧めするよ☆とかかわいこぶってラインで送ってきた。どうやら泣いていた友達を慰めると言う名目で、存分に楽しんできたらしい。
あいつ本当に女好きだよなあ……。
ま、それはどうでもいいとして、俺は店内に入る。カップルとみなされたからかすぐさま男が入ってきたと言う違和感はなくなったが、すぐさま目を惹く女性がこちらに向かって歩いてきた。ボンテージとまでは行かなくとも、十分に目立つ革のジャケット。俺の目が厳しくなった。
「ふふ、そっちに座ってなさい」
「……あんた、縁の母親の、狭霧ってやつだろ。知ってるぞ、何で親が子に対して敵対してるんだ」
「敵対ィ?違うわね。あなた勘違いしてるようだけど、私たちの目的は私たちが住みよい社会を作ること。決してあの子をないがしろにするつもりじゃないわぁ」
「ハッ、言ってろよ。ないがしろにするつもりは無いとかさ、ンな話してねえだろ。あんたは縁を捨てたし、縁はあんたのことを――」
「それはあなたが勝手にそう思っているだ・け。私はそうは思っていないわぁ」
俺は顔をゆがめ、舌打ちをする。こいつは話が通じない。
捨てた物だって自分のもの。
「どうせ、世界がひっくり返ったところで、今度は力の序列が決まるだけだ。違うか?」
「それでもこそこそしなきゃいけない今よりよっぽどマシじゃないかしら。あんな汚い場所でこそこそとねずみみたいに這い回って、その子が戻ってきたのだってそういう理由なんでしょう?私たちは、もっと、世界の中心にあるべきよぉ」
世界の中心、ね。
「勝手に一人で中心核まで潜ってろよ、ババァ」
ぐり、と刃先が俺の脇腹にねじ込まれた。怒鳴ろうとして、押し黙った。痛みにこらえる顔に変えると、隣のシュナからは満足そうに「そのまま黙ってるの」と声をかけていただいた。
「あらあらら、ちょおっと突っつかれちゃっただけでイタイイタイなのねぇ。しょうがないわ、ウチに連れて行って介抱してあげましょう」
「く、そ、ばばぁ」
「あら。お口が悪いのね」
頬に添えられた手から、ぴん、と、麻酔なしで歯の中をえぐりぬかれたような痛みが走った。これは別種にヤバイやつだろこれは……!
「ぁ、が……」
「よだれはたらさないでちょうだいね」
うわあ、まだしくしくする。肩をつかまれたまま、俺はずるずると連行されていく。
さて。
ここまではヤシロさんの読みどおりだ。狭霧ことギリーさんが来ることも、想定のうち。あの人やべーな。
「ひとつだけ聞かせろ。お前ら、何で俺を狙う?あの薬を使って生き残ったやつが女神の器ってんなら、なんで俺なんだ?あんたもその口だろうが」
「あらぁ、そうねえ。……簡単に言えば、女神の降臨は能力の内容も加味されるけれど、精神と、肉体への負担がすさまじいのよ。普通の人間だったら脳みそがはじけ飛んじゃうわ」
俺はがっちりと肩に突き刺さるてらてら光る赤に塗られたマニキュアを忌々しく思いながら、そうかい、とため息の出そうな返事をした。
精神と、肉体。たぶん縁じゃ降臨はできないと言うことか。
「それに、あなたにはたぁっくさんかわいいお嫁さんができて、幸せになれると思うわよ。いっぱいびゅるびゅる注いで種を植え付ければいいじゃない」
想像して気持ち悪くなった。嫌過ぎる。
「よくそんな、気持ちの悪いことばかり言えたもんだな。好きな奴くらいいるし、こう見えて結構一途なんだけど?」
「あははっ、馬鹿じゃないかしら。そのころにはあんたにもう意識なんて無いわよ」
「へえ、じゃあ内側から精神を侵食してぶっ殺してやるよ。てめえらただでこの俺を乗っ取ろうってんだろ。それか、いずれ俺の仲間が乗っ取られた俺を殺しに来るさ」
さっ、と彼女の顔色が変わった。
「あなたは危険だわ。先に、何か心を折られるようなことをしておかなくっちゃならないわね」
なるほど。
女神は俺に降臨した後、俺が死ねば女神は移れなくなる。もしくは、簡単に体が用意できなくなる。
徐々に人通りが少なくなって、そして薄暗い中ぴたり、と彼女は足を止めた。
「さて。出ていらっしゃい、わんこ達」
「はぁい、ママ」
そんな言葉とともに、たくさんの男たちがゆらゆらと幽鬼のように出てきた。そいつらの顔は……気持ちが悪い。
「痛みっていうのは適切に使えば、とんでもなく気持ちよくしてくれるものなのよ。こいつらは私の奴隷。あなたにかけるのは禁止されているんだもの、自重したわよぉ」
そいつは、また。
催眠系の能力なんかじゃない分、能力者も多く混じりこんでたちが悪い。俺は脇腹にまだ引っ付いているナイフに気を取られたまんま、そいつらの相手を軽々できるはずも無い、と言うことにしておこう。
まあ、実際な?
やろうと思えばいけるんだよ。
伊達に何百人をぶちのめしてるわけじゃねえし、こいつらは動きや連携がまるでできてねえど素人ばっかりだ。功をはやってみんながみんなお互いの邪魔をし合っている。
超能力者が混じってようと、食い破れねえわけがねえ。腹に当たってるナイフと、この痛いババァをさっぴいても、問題は無い。
だがここで俺が逃げることができてしまえば、作戦は台無しになる。
はあ、と袋叩きにされる覚悟をもって、俺は目を閉じた。だが、その瞬間、こちらへと駆け寄ってくる足音を聞き、すぐさま目をかっぴらいた。
「やぁああああああッ!!」
長い足がすらりと伸ばされ、眼前に迫っていた拳を蹴り砕いた。
いや、比喩でなく、マジで。
人間の骨が砕けて鈍い音を立てるのを久々に聞いた。
「怪我ないのッ、桐葉!あんた、一体何やってんのよ!」
「あーあーあー、お前なあ……」
そこにいたのはふわふわひらひらの服を着た、奈々香だった。俺はちょっとだけ眉間を押さえて、それからシュナの腕をぱっと振りほどいた。
――立ち入り規制は敷いてねえから、もし偶然民間人が入ってきたら、そいつを守れ。いいか、超能力の存在は知られてもいい。そいつを優先しろ。作戦の変更はこうだ――
「おらァ――よッ!!ハハァッ!!」
シュナがぐりぐりしていたナイフさんを没収。ついでにその体をベルトをつかんで放り投げ、地面にたたきつけられると同時に肩をつかんでいるババァの顔面を裏券でヒット。
「ぐがぁ!?」
お化けのように迫っていた男たちは、それだけで動きが止まる。
「はっはっは、もうマジ最悪。タイムスケジュールがめちゃくちゃじゃねえか、奈々香てめぇ」
「い、いや、ちょっとあんた女の子に容赦なさ過ぎない……?もうちょっと気を使ってもよかったでしょ」
「あーはーいはいはい。ちょおっと黙ってろよ奈々香。さて、縁、そっちの守備はどうだ?」
「上々だ。囮捜査は成功だと言ってもいい。さて、吐いてもらうぞ、狭霧。貴様のぼやけて腑抜けた頭ではろくなことは覚えていないだろうが、な」
奈々香は呆然としている。だが、撤退はできない。
なぜなら、この場所にはもう一人『保険』がいるのだから。
両手足にぬるりと忍び込むようにコンクリートが浮き上がり、そして俺の手を枷のように拘束した。足、腕、全てにいたるまで血を止めるのがぎりぎりなほどに縛り付けて。
「縁!?」
「が、ぐッ……」
「ちょ、これ、なんなのよ!?一体何が起こってるって言うのよ!桐葉あんた……」
「奈々香さん。そのくらいにしてもらえないでしょうか。僕はその虫唾の走るブ男を打ち殺したい気持ちでいっぱいですが、ゼロ様のためにとりあえず、そいつを献上しなければならないので」
奈々香は驚きでいっぱいだった。俺は演技でいっぱいいっぱいである。
「……戸谷ァ、このクソ色男……縁急げ、連絡を本部に……」
「させませんよ」
ぐしゃ、と金網の壁に縁が握りつぶされるようにつかまった。振りほどこうにも振りほどけないで、縁はチッ、と舌打ちした。
「戸谷九音!貴様、一体何をぼやけたことをしている!櫻子はどうした、あんなに気色悪くお前が守るべき者だと言っていただろう!なぜ、」
「なぜ?なぜとは面白いことを言いますね。櫻子さんが先に裏切ったんじゃないですかぁ、あんなに尽くしてたのに……だから僕は、僕……は、僕はね!!ゼロのために世界を壊す!!」
マジで頭おかしいだろ、こいつ。
こんなのとタッグ組まされてたんだぜ、信じられねえ。
「……そっちの民間人は、いいか。面倒だ。殺すのも、後でいっぺんにやればいい」
「殺す、ですって?戸谷くんあなたね……」
「逃げろ奈々香!お前は馬鹿だからわかんねーかもだけど、こいつは頭がおかしい。しばらくしたら俺たちのほうには正式な助けが来るはずだから、そいつらを呼んで来い。井嶋だ」
「……わ、かったわよ。結局、あたしは何にも……」
くるりと背を向けて走り出す少女を、戸谷は見逃した。本気で洗脳されているのか、それとも、こいつはどこかこいつのままなのか。
「さて。じゃ、行きましょうか」
首元に、注射器が押し当てられる。やばいと思う間もなく、ちくりとした痛みとともに俺は気を失った。