サディスティック・マゾヒスティック
みんな大体変態。
クソが。
ばかみてぇに強い。事前の準備があれば、いくらでも手が打てるってのがヤベェ。何よりこっちは事情が分からねぇし、操られてる可能性も否定できないから殺さないように動いてる。
というか。
俺が、こいつを殺せない。
結果中途半端な攻撃になってしまっている。
「ぐ、」
「どうしましたか。手加減ですか。この期に及んでそうならば、非常に楽ですのでトラウマを抱えたまま簡単に捕まってください」
「……っこのぉ、やろぉ……」
右肩が跳ね上がったアスファルトの人形の腕にどつかれて、鈍い音を立てて外れた。強烈な痛みが走るが、無理やりはめなおす。自分で何とかできるくらいには怪我をしてるから、後で一度見てもらわにゃいかんがそれはそれだ。
「ほざけ童貞!!」
「あなたもでしょうが!!」
「アンタの目的は何だ。何であっち側に行った?」
「簡単ですよ。超能力者だけの世界を作る。世界を正しい形に戻す、今の人類は淘汰されるべきだ。あなたにはわからないでしょうが、それは必要なことだ」
必要ね。
必要。
そう思うにはそう思うだけの事情があるんだろうが、何かおかしい気がする。まるで、目的が手段にすり替わってるような?
そんなことを考えていたら、足元に忍び寄ってきたそれに反応が遅れた。
「ぶわ!?」
ぼふん、と粉を吹き上がらせる何かに、俺は顔を覆ってのけぞった。瞬間、強烈な気配を背後から感じる。
ごり、と骨をぐりぐり削り取りながら、腹の肉が正面にぶちまけられて強烈なえずきにも似た感覚が腹の中からせり上がってくる。すっぱい血の味がして、俺は吐血していた。
「お、ぷっ」
「桐葉!?」
「よ、せ。来るな」
いまだぐったりした妹よ、お前まさかそのまま寝る気じゃなかろうな。
「は、ぁ、っ、いてえな畜生……」
「……く、そが、つえぇじゃ、ねぇか、腕力皆無の、クソイケメン……」
「あなただけ手に入れば、あとは用済みになる。死ねとは言えませんね、とにかく意識をとっとと手放してください」
がつん、と後頭部に衝撃を感じて、気がついてみれば朝だった。
「……あー、ねみー。体中痛くねぇなってなんで痛くねぇんだ?」
「ようやく起きたか、ねぼすけめ。まったく、世話の焼けることだ」
「あれえ縁じゃん。俺まさかつかまった?」
「のんきなものだな……まあ、そうだ。ここはたぶん地下室だ。そしてお前を捕らえるための仕掛けも十分されている。食事を運ぶ時は超能力者が壁を透過させてくる。トイレもあそこにあるものだけ、……壊したらお前からまず呪っておく」
真っ白い部屋の中、便座だけがつるりとして光沢を放っている。
「……ねー縁さん。緊急時だから言っとくけどさ。トイレ、アレで大丈夫?」
「そんなわけないだろう、と言いたいが……お前のシャツで隠しておく。音はもう気にするなとしか言えん。相手はおおよそ全てを警戒しているようだからもう仕方がない」
「あ、そう?それじゃ一つ確認。俺たち縁の能力でここから出られない?」
「ああ。あの能力はここでは使えない。もともとドラクエのルーラのようなものでな、どこか一部が屋外につながってないと使えない。ここは無理だった」
あーもう試した後だったんすね。なるほどそれじゃしょうがない。大人しくとらわれているかな。
「そーいや縁、お前がついてきてよかったのか?」
「……ふむ。それは委細問題ない。私のやるべきことと言ったらそれは大事なことでもあるが、それまでに到着するめどはついているからな。……桐葉、お前を殺せばすぐに出られる」
「おっと」
マジかよ。
どう猛な笑みをたたえたその顔は、一瞬いたずらっぽい光を浮かべたものの、俺の目前には一つ見覚えのある物体がある。
かちかちと、歯が鳴った。
「ぁ、あ……」
拳銃。
両手で持つタイプの銃は問題なかった。アレは形状がかけ離れてるから平気だったけれど、これは違う。
マシンガンよりこちらのほうがずっと怖かった。
「ん?どうかしたか、これが恐ろしいのか?」
「……ひっ」
喉が変に空気を吸い込んで、俺はひざをついた。瞬間、額にごり、と銃口が押し当てられる。冷徹なる瞳が俺を射抜いた。
彼女は、撃つと言ったら撃つ。
奈々香に潜んでいた苛烈さが、目の前によみがえってくるようにして、現状の恐怖が和らいでいく。撃鉄を起こした金属質な反響音に、
俺は心底縁に対して、
恋慕も、
憧憬も、
劣情も、
執着も、
羨望も、
嫉妬も、
愛情も、
崇敬も、
全てを抱いた。
「桐葉後ろだ!!」
「フゥッ!!」
息を吐き出すと同時に、強烈な足払いをかけて、すっころんだ男の頭をしこたま地面に打ち付けると、そのまま集中できないくらいに首を絞め続ける。縁のことばは俺にとって今、支配権を握っていた。
強烈で、苛烈な、俺の女王である。願わくはこのまま、俺のことを振り回し続けてほしい。遠慮なんてしないで、あごで使い切ってほしいと思った。
とんだ精神的ドMである。井嶋のことを笑えない。
「動けないと思ったが、演技か?」
「いや。指示が出るまで結構やばかった。すまねぇな」
「ふっ、それはこちらのセリフだ。まだナイフのほうがよかったか?」
「馬鹿言え、それは俺が反撃してた。拳銃で正解だ。と、さて、じゃ、お兄さん。俺たちここから出てぇんだけどさあ。こんなトコで死ぬか、もしくは俺をこの中に閉じ込めて殺すか、どっちがいいかな。あんたらの望む神様は俺を殺すことを許さないみてぇだし、あんたも馬鹿は見たくねえだろ?」
あ、が、と不明瞭なことばを述べる男が、必死で首を縦に振る。ちょっと首を緩めると、俺たちはぬるんと壁をすり抜けて、それから白い箱の外へ滑り出た。
何人もの人間が俺たちを取り囲むが、縁の口の端には笑みが浮かんでいる。
「縁。いけるか」
「問題ない。それではごきげんよう」
一瞬にして、俺たちは人形と入れ替わり、そして本部へと戻ってきていた。
「あれ?」
「井嶋!!よし、じゃあ本部に戻れたって事か。やったな縁!」
「ああ。……いや、ちょっと、すまん。……まさか、そんなこと」
「あ?どうした、縁」
「私の母親が、あの中にいた気がする」
「え?あー、サディスティックなんちゃらだっけ?その人が、どうして」
「超能力者ではなかった。検査ではそう出ていて、だいぶ引渡しに渋ったものの私を養育することを諦めた人だ。私を産んだ年は十七だったから、彼女としては手放す以外の選択肢が無かったのだ」
「……へえ」
そりゃ、育てるにも金がいるし、猫でもないのだからこっそり、などとは行かない。何より政治的権力が子供の身柄を迫っているとなれば、十七の小娘には手放すしかなかっただろう。
んで、なぜ彼女はあそこにいたのか。
「これは、御火鉄の遺した文書やそのほかの資料からの推測なのだが、お前が浴びせかけられた薬液は、発現状態にない遺伝子の強制的発現薬であるともいえる。つまり、お前がその遺伝子を持っている場合、同様に未発現の人間と交配した場合、超能力者が生まれうる、らしい。成分などにはいくつか疑問点が残るような感じだが、残されたサンプルは超能力によって生成されたものでな、あまり解読することもできん。それに超常的な力も働いているようだから、っと、話がそれた。なんだ、その、つまりだ。私の父親と、母親は、両方ともお前と同じ、薬で超能力を得られる体質であると推測できる。ただ薬の中にもだいぶ劇薬が含まれているから、目覚めるかどうかはかなり賭けに近いものがあるが」
「……なるほどね」
と、なるとだ。
「縁かな、目的。お前を取り戻すために向こう側に加勢してる。超能力が目覚めたらこっちに来ればよかったが」
「ギリーさん、こないだ親子モノの映画で号泣したってツイしてたし、結構そういうのに手を出してるって聞いたし、縁にも未練あったんじゃない?
「堂々と、私を娘だと紹介したいと」思ったか、だな。あれでかなり人気のグループだ。オリコンチャートにも常連レベルで入っているらしいから」
「はあ、この組織って、結構好き勝手そうに見えるけど、実は国家権力でガチガチだもんな。俺尊敬するわ」
「私も同感だ。さて、それでは母のことは忘れよう。どうせ、私が考えても詮無きことだ。今更母と言われても、もはや櫻子のほうが母と言うにふさわしいほどだからな」
ああ、確かに、母性の塊みたいな存在だもんな。俺は実感してないが、あの半笑い仮面が頭なでなでを受け入れるくらいには、すごい人なのだと思う。
はあ、マジ頭大丈夫かよ、あいつ。
「さて、じゃあ、報告するか。本部長は?」
「ここに詰めてる。みゆちゃんは関ヶ原じゃなかった、霞ヶ関に行ってるよ。あとは筋肉侍がみゆちゃんと一緒。櫻子さんは今セナちゃんと霞ヶ関付近で治療待機班で出てる。――彼女がいて脱出できなかったって事は、何か面倒くさいことあったんでしょ?」
俺はああ、とうなずいた。
「戸谷が離反した」
井嶋が一瞬ぽかんとして、それからひゅっと息を吸い込んだ。俺はとっさに耳をふさぐ。縁はほぼ同時に耳をふさぐのに成功した。
「ええええええええええッ!?」
ま、その反応が最も正しいと思います。