正気かって言われたら間違いなくそうじゃないって言える
ひさしぶり。
いっぱいサボった。
マグネットで遊んでた。
ごめんなさい。
「というわけで、……夏休みの前にだ。お前ら勉強してるかー?」
「絶望なら、してます!」
「お前はちょっとと黙ってろ西沖。さて、期末テストのお時間ですよー」
というわけで死亡確定イベやってまいりましたー。
いやね?
俺はやればできる子それは知ってる。
ただそれは裏を返せばやらなきゃできない子でもある。
というわけで、俺の赤点はもはや決したも同然。まいったね。
おやすみなさいと眠りにつこうとしたら、馬場先生に頭を小突かれた。
「せめて最初の三十分位起きてろよ」
「……えー」
「えー、じゃねぇよアホンダラ。前は良かったんだから、悲観すんなって」
えー。
なんですかその無茶振り。
だってよぉ、立て続けに起こったこの辺の頭おかしい出来事まみれだったせいで、俺、まともに勉強してない。
家に帰ったら飯食って風呂入って寝てた。うちの学校は宿題は『自主独立の精神』に基づいて、提出しないタイプのやつだし。
その日、絶望が生まれた。
「……あぉおおおおん……」
「バッカじゃないのバカじゃないのバカなんじゃないの?」
奈々香に罵られながら、どんよりと濁ったまなこでテスト用紙を見ている。奈々香に罵られるレベルとか終わってんな俺。
「私の赤点はみっつ。あんたは全教科。ふふん」
「ふふんとかしてる余裕ねーだろ。俺はやればできるけどお前やってそれだろ」
「じゃかあしいわぁ!!」
だんだんと床を踏みしめて、リアルに地団駄踏んでる。こいつほんとに漫画の世界に生きてんじゃねーの。人をポンポン殴ってきたし。暴力系ヒロインかよ。
「だいたいねあんた、井嶋とコソコソ二人で何やってるの?もしかして付き合ってる、とか……」
「待て待て待て待て勝手にホモ疑惑掛けてんなよ?俺はノーマルだぞ?」
「だって……女の子だって躊躇なく殴れるし」
「そりゃあクズなら殴るが」
「クズじゃなくても敵対したら殴るでしょ。私の頭もパカパカ殴ってたじゃない」
俺はそこで真理に気づく。
「俺にとって一番身近な異性のお前が殴れる相手だったから、他に対しても簡単に手が出るんじゃねぇか……!?」
「私の頭が叩きやすいって言いたいわけ?」
「俺が叩きすぎてバカになったのかもな。ハハッ」
「笑えないわよ!もう、このバカ!」
ぺちぺちと叩いてくる手に、俺は笑って返す。痛くは無いその手に、もう苛立ちは無くなった。
「おいそこのバカップル。補習始まるぞ!」
「うぇーい」
「ちょ、先生カップルじゃないっ!!」
「そうそう。俺振ったしな」
「きりはあああああああ!!」
俺の軽口に、馬場先生が衝撃を受けていた。
「いつくっつくか賭けてたのに……」
「おい待て胴元誰だ。ぶっ飛ばすぞ」
「え?殴ってくれるの桐葉!」
「てめぇかああああああ」
もう殴る気すら起きねーよ。つか怒られるの見越してやらかしてんじゃねーよ。
「殴らないのかい?」
「——ッ素直に殴ってやれってのかざけんなぁああああ!!」
その後めちゃめちゃ足蹴にしてやった。
はっきり言って補習を終える頃にはとっぷり日が暮れていて、俺は奈々香を連れて帰り道を歩いていた。はす向かいのご近所さんだから、送って行くも何もそんなもんだよね。
奈々香と一緒に帰り道を歩いていると、俺の家の門の前に、知ってる赤毛が寄りかかっていた。
「縁……?」
「遅かったな、桐葉。まあ、家に行ってそれなりに着替えてきてくれ。火急の要件ができた」
「火急の?って、何があったんだよ」
ちらりと俺の後ろに目をやった。奈々香がいるのは不都合らしい。
「奈々香、今日はもう帰れ。バイト先の話だ」
「いやよ。どうして帰らなきゃいけないの?あんたたちだけで何かしてるのが、気に入らないのよ」
縁の瞳はクッと面白そうなものを見たように歪んだ。さながら肉食獣の目である。金色だから余計にそう見えてしまう。こえーよ。
「そうか。それではそっちのお嬢ちゃんにも聞いてもらおうか」
「誰がお嬢ちゃんだっつーんだよ」
「待て待て二人とも落ち着けって、なんでわざわざ喧嘩に持ち込むんだよ!」
「己の手に余ることを自覚させねば、また絡んでくるだろう?」
「己の手に余っても首突っ込んでくるやつには逆効果だよ!落ち着け縁、いつもの冷静さはどこ行った!?」
だが、俺の静止は火に油を注いだらしい。なんかキレたように突き飛ばされて、たたらを踏んでいる間に奈々香に縁がそれを喋った。
「国会議事堂下が占拠された。お偉方は呑気に構えてるみたいだが、あそこにはちょっととまずいものがある」
「国会議事堂、下ぁ?」
「私たちの、情報だよ。くまなく書き記されているものだ」
俺の心臓がドクンと跳ねて、嫌な汗が吹き出るようにきゅっとみぞおちのあたりが締まる。これは、どこかで。
「縁、誰が行ってる」
「ん?ヤシロさんと、お前のパートナーだが」
「じゃあ問題ない。本部の守りはドMが付いてんな?」
「ああ、そうだが……どうかしたのか?」
「ヤシロさんからは何て言われた」
「桐葉の家に行けと、そう言われたが……」
「クソが!!」
俺は絶叫して扉をぶち開けた。鍵はかかっていなかった。嫌な予感が止まらない。
「梨花ァ!」
「あれ?おにーちゃん?どうかしたの?」
「母さんたちは……?」
「お母さんたちはデートだって。お兄ちゃんは友達と飲みに行ってるよ?どうかしたの、お兄ちゃん。すごく変だよ?」
誰がお兄ちゃんだよ。クソ気色悪いんだよ。
「そういや、今日は髪おろしてるんだな」
「え?あ、どう?似合う?」
俺はその瞬間、妹に膝蹴りを食らわしていた。顔面に、容赦なく。
このくらいなら予備動作なしでも妹は避ける。
偽物のテメェには、少々きついだろ?
「ちょ、何を……!」
「あれは敵でいいんだな?」
「ぶっ叩け。あんなキモいの俺の妹であってたまるか」
妹は家ではショートパンツでタンクトップ、その上からジャージなんだよ。はっきり言ってすげぇおめかししすぎだ。
んでもって髪は毎日おろしてる。学校では縛ってる。
「あぁ、バレたんだな。早いんだよまったく」
「お前、どこの誰だ」
「あぁああ僕?えっと、どこの誰なんだろう?名前はあった気もするしなかった気もする。でもあれだよね、存在してないからさ、仕方がないよね?」
グネグネと妹の体をしたやつは、うごめき、そして手足が体に吸い込まれるように落ちて、潰れた。
「ぉ、ぉーっ、おおおおぅ、ぉー」
そして粘土細工を組み上げるように、ぶよぶよした肉塊は誰でもない、特徴のない男か女かもわからない顔になった。
「……読み込まないと、他の顔は作れなかったんだ。さて、僕はどこの誰なんだろうか。教えてくれないか?」
気が狂った質問に、俺は質問で答えた。
「それはこっちのセリフだ。俺の家族、どこやった」
「ん?君の家族?知らないよ。僕、今、最初からここにいたじゃないか。聞くなら崩れる前の僕に言ってくれないと。ぁあ、俺?一人称はどれだったっけ?」
俺の右手が、ジッ、と音を立ててスパークした。男の顔にめり込んだ瞬間、俺は全力をもって電流を流す。
今は最高にキレていた。生死すら考えられない状況で、肉塊だった男は地面にぼとりと落ちた。
「梨花、兄貴、親父、お袋」
全ての部屋を開け放って、そして、梨花だけが倒れていた。
「……梨花。おい、起きろ、梨花!!」
「あーん?……兄貴かよ。今何時」
「寝惚けてる場合じゃねぇ!母さんたちは?」
「デート。柾にぃは友達と飲みに行くって」
「……俺の部屋にあったエロ本の位置は」
「箪笥の引き出し上に引っ付けてあるんだろ?知ってる」
よかった本物だった。俺はとりあえずデート途中の親父とお袋と、それから兄貴に連絡を取って、無事を確認する。変な質問をしたが答えてくれた。
「んだよ、気持ちよく寝てたってのに」
「お前今全裸でクローゼットの中に入ってたんだぞ?おんなじ状況でおんなじこと言えんのか?」
「言えるな」
「俺の妹が大物すぎてどうしたらいいんだろ!?」
もう知らねぇ!!
「縁、他の人の家は?」
「問題ないな。むしろ縁を切っているものが多いくらいだ。はっきり言って、バレても無関係だと言い張るだろ。殺されても痛くもかゆくもない」
「……そうか」
井嶋の生活環境も、ほとんどネグレクトだった。バイトをひっきりなしにやっているのもそのせいだ。
「つまり問題は俺ンチだったわけな。あー、家守るとか、無理ゲーじゃねぇか。くそ、ローン残ってんだぞ、迂闊にぶっ壊せねぇ」
「頑張りたまえ。さて、わかっただろうと思うが、お前はすでに役立たずだ。帰れ、奈々香」
「……っ、」
背を向けて走り去ったのを見届けると、俺は床にピクピクスライムみたいに伸びている肉塊を、足で突いた。
「感触がキモい」
「瓶に詰めて送っておくか?」
縁のイカれた提案には、ほとんど狂気しか感じなかった。
でもまたサボる。