俺にとっての彼の存在は
井嶋視点。
大概くるっておる。
「本当に、やんのか」
目の前の眼帯をした、少年と見まごうほどの大人がそう言った。
「これに細胞が適合したからって言っても、危険なことに変わりねぇ。やめておくなら、今の内だ」
「危険って言っても、まあ、適合したうちの何人かは生き残るわけでしょ?」
「理論上はだ。正確には生き残ったやつはいなかった」
そうか。
それでもやっぱり、無理なんだよなあ。
「適合あるってわかっちゃってさ、ここまで聞いちゃったら、そりゃあもう行くしかないじゃん。あれだよ、若さゆえの無謀なチャレンジってやつ」
「……桐葉のやつが聞いたら、頭取れるんじゃないかってほどしばかれるぞ」
「覚悟の上だね。はっきり言って、俺、案外頑固なのさ」
ヘラヘラと笑ってみせると、少年の隣に立っている少女が、眉をひそめた。
「それでもあなたは民間人よ。そんなことをする必要なんて、ないじゃない」
「はは、バッカだなあ、俺、大学通る余裕なんておうちにないわけでさ。そんな中で将来までに渡って安定する職業くれるってんなら、飛びつくよねえ」
「それだけなら——」
「それだけならね。俺、はっきり言って、桐葉が一人で勝手にンな目にあってるってのが、一番許せないんだよね。あいつ、兄弟みたいなモンだし、はっきり言って一人だけ窮地に陥らせてくわけにいかないじゃん?」
そう。
本心は、ヘラヘラ笑って隠しておくのがいい。
俺の醜い嫉妬と汚い欲望と吐き気のする情欲なんて、肉の仮面の下にそっとしまっておくのがいい。
俺がその性癖に気づいたのは、小学五年生の頃、まだ性への目覚めもしていなかった頃。
はっきり言ってそれは鮮烈なものだった。
人を殴って、それから犯している男。
路地裏に入り込んでしまった先で見た、えげつなく黒いその光景に、俺は思わず逃げ出した。
はっきり言って強烈な光景だった。
今までのなにかを全て覆すような、強烈なもの。
そして、俺が精通したのは、やはりその想像の中で同じように男にぶちのめされながら犯される、そんな想像だった。
いや、殴られるだけで射精した。
とにかく俺は、その衝動を必死に隠そうとしていたのだ。
そしてその日、俺はその光景を見てしまった。
中学の生徒が、奈々香と桐葉を十人くらいで取り囲んでいるその姿。
その真ん中に行って、死ぬほど殴られたいと思っていると、二人は同時に動いた。
強烈な拳と、そして蹴り。
桐葉はまっすぐ芯が通った綺麗な蹴りや突きをしていた。
奈々香は柔軟性を活かしたしなりを全身で与えていた。
俺の心に強烈に突き刺さった二人の姿。
「ねえ、すごいね!僕も混ぜてよ」
無邪気を装ってそう言えば、二人は同じクラスの人間だったらしく、快く仲間に迎え入れてくれた。
中学を超えた頃、ある時俺は不思議に思って二人に聞いた。
「ね、俺のこと晃って呼ばないの?」
「アタシは桐葉がそう呼んでるからだけど」
「いや、だってさ。その……」
「なんだよぉ、仲間はずれ?」
「ちっげーよ!」
頭にチョップを食らって、その衝撃と痛みに陶酔したものを覚えながらも、桐葉を見上げた。
「……三文字だから」
「三文字?」
「桐葉、奈々香、井嶋。全員三文字で語呂が良くていいだろ。……うわなんだよニヤニヤしてんなよ。キモい」
「えぇ〜?俺そんなにニヤついてるぅ?」
ほおを自然に緩めながら、それでもやっぱり止まらない嬉しさ。
そんな普通の日常だったけれど、ある日相談されて、気づいた。
「アタシ……桐葉のこと、好きなんだ
好き。
そうだった。
失念していた。
こいつは、三人の関係を崩せる不確定要素だ。桐葉のさらなる特別になれてしまうのだ。
女であるがゆえに。
そう思ったら、強烈な嫉妬が沸き起こった。
「……そっか。そんなことだと思ってた」
それでも俺のポーカーフェイスは崩れない。
「協力するよ。やっぱ男目線って大事だしさ」
「ありがとう!」
俺のことを拝むようにして、礼を言う奈々香。けれど、三人の絶妙な関係を崩すそれを、俺は許容できなかった。
罪悪感は一切なかった。
「というわけで、奈々香ちゃんを桐葉から引きはがそうと思います」
「……それには賛成するけど、どうして私まで引っ張り出すの?」
「女子力が皆無な奈々香ちゃんを、女子にするためだよ。桐葉が好きなのは、女子っぽい子じゃない。恋に浮ついた甘ったれじゃなくね」
「……いいわ。協力するよ」
桐葉の妹。
梨花ちゃんは桐葉によく似た瞳を細めて俺を見た。これもこれでゾクゾクする喜びがあるけれど、やはり俺は桐葉自身に蔑まれたい。
奈々香は日和ってしまってつまらなくなったけれど、昔の奈々香なら、サンドバッグになってもいいかな、うん。
「そのかわり、いいものおごってよ、ドMの変態さん?」
「……あれ、バレてる」
「兄貴からよ。とっくに気づいてたわ」
「えー、マジか……」
「仕方ないでしょ、まあ殴られて変なうめき声漏らしてたら気になるわよ」
「なーんだ、そっか。まあしょうがないね」
それから奈々香の排除も終わりが見えてきた。桐葉がまた鈍感だったのも長引いた原因だった。
のだが、唐突に桐葉が学校を休んだ。
そこから俺の日常はまた狂い出した。
「桐葉、今日の予定は……」
「わり、ちょっとバイト」
「なにをしてるんですか?早く行きますよ、この愚犬」
「ふざけんなイケメンヒョロもやし。絶対早漏だろおまえ」
違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
そこにいるべきは、戸谷、お前じゃない。
僕だと。
そう言いたかったけれど、ある日に知人の手伝いで短期のバイトしてたら、桐葉が他校の制服着て女の人なだめててちびりそうになった。
その後の諸々を聞けば、どうやら桐葉は危ない場所にいて、色々やってるらしい。超能力者でないと所属できないその組織。
そして、奈々香がフられると、俺は奈々香と同じ場所にはいられないと思った。ゆえにこの二人組と接触を図った。
「……準備はできてるか?」
「はい、もちろんですよー」
呑気に答えて、それから降り注ぐそれを一身に受け止める。
桐葉だけが俺の特別なんだ。
桐葉に殺してほしいくらいに。
けれど、それは桐葉が悲しむから、やっぱり俺は桐葉の横で共に戦う道を選択する。
それなら間抜けな手加減なんぞ、しなくてもいいだろう?
俺は笑って、襲い来る眠気と寒さに目を閉じた。
BLな感じではなく、ただ単にあそこまで強烈な拳に殴られたいってだけの話。
心で好きなのと肉体でオカズにするのは違うって感じと一緒。




