ミラーハウスパニック
パニックになってないよ。
「今から行く遊園地だけどさあ。なんか変な噂があるらしいよ」
「変な噂?」
俺がパンフレットから顔を上げて聞き返すと、井嶋が頷いた。
「どうもミラーハウスに自分によく似た誰かいるって噂」
「ドッペルゲンガーみたいな?」
「そうそう。それで、引きずりこまれるって」
「鏡の中に」
「そ。んでもって引き摺り込まれたヤツの話は全て要領を得ないんだよ。『何も起きていない』『勘違いじゃない?』ってね」
人差し指がくるくる円を描いて、井嶋の微笑みが俺を捉えた。
「ぽくない?」
「……たしかに、それっぽいな。ミラーハウスはやめておいて、他のところに——」
「何それ行きたい!」
がばりと俺たちの会話に割り込んできた奈々香が、目を輝かせた。俺はギョッとしつつも、それを止めようと焦り始めた。
「おい、なんだってそんな——」
「……行きたいし」
「縁、どうしよう」
「護衛対象がいるのは気がひけるが……すでに取り込まれた人がいるなら、一人や二人増えたところで変わらないだろう?」
男前すぎる解答ありがとうございます。でも俺が求めてたのはそういうことじゃないです。
無情にも、バスはその場所にあっさりと到着してしまった。
奈々香は吹っ切れたのかそれなりに可愛らしく、かつ動きやすい格好になっていた。縁はこの間と変わっていない。ジョブズか。井嶋はあいも変わらず女の子一人や二人ナンパしに行きそうな感じだが、俺はといえば普通である。そう、普通。
「なんだか、桐葉がダボっとしてない服着るの初めて見たよ」
「まあ、あれは仕方がないんだよ。兄貴、190以上あったからさ。お下がりで服がくるし、あとほら、うちには姫さまがいるからさ」
「あぁ、梨花ちゃんだっけ。元気?」
「元気すぎてお兄ちゃん死にそう」
この間梨花さんに近づかないでくださいって言いながら包丁振り回してた女の子止めるの大変だったし。
血縁の兄だって言ったら、「嘘だろJK」って返ってきたし。
「……あれ?俺梨花と血ィ繋がってるよな?」
「繋がってると思うけどそこはお母さんに聞いてみたら?」
「兄貴が取り上げたから母親は間違ってはない。間違っては」
「……桐葉今はこの話題やめよう。男は所詮信用することしかできない」
おいといて。
「なあ、他に行きたいところある?」
「コーヒーカップ!コーヒーカップに行きたいッ!一人でも行くぞ!」
「よ、縁今日はグイグイ来るな」
「あれは楽しそうだ。自分でぐるぐる回せるのもいい」
「そうだな。絶叫系ダメな人は?——いないか、じゃあ縁はお試しってことで」
俺はさっさと目星をつけると、一番効果的な回り方をさっと見る。一番遠い方から最後の集合場所が入り口だから、奥から回った方がかえって空いてるんだよな。
「並び時間もある程度考慮すると……このくらいだな」
「えー?もっと回れないの?」
「……」
てめーがミラーハウス回ってくって言ったのが八割くらい原因だよ!とは言わない。
ミラーハウスに何かないか調査して、ついでに奈々香の方向音痴っぷりも考慮した結果だよ。
一人でトイレも迂闊に行かせられねぇんだぞ?
「ま、いっか。またみんなで来ればいいし」
「ああ、そりゃあいいな。卒業旅行とかな」
「おぉ、桐葉がまともなことを言った」
「じゃかあしい、俺は常識人枠だ。じゃなきゃツッコミなんてやってらんねーぞ」
「ふふ、やはり三人は、仲がいいな」
ワイワイと到着までひたすらバスの中はかなりの騒音だった。ちなみに戸谷は昨晩仕事だったらしく、眠りたかったのに眠れなかったとこぼしていたらしい。
ざまあみやがれ。
「到着した!一番最初はアレに乗らない!?」
「てめー好奇心で動いてんじゃねぇよお前が逸れるとややこしいとこにしかいないから困るんだよ。動くな」
「はいはい。じゃ、最初は何?」
「一番奥の、ミラクルコースターからだな。縁はお試しだから、それなりに軽いと思うぞ」
並び始めた人がまだ少なく、俺たちは安堵する。
そして、前評判と違わぬ弱めのコースター。
しかしながら。
「おぅえ……」
「まさか、縁がダメとは思わなかった」
「俺もね、思ってなかったよ。日鳥さん大丈夫?」
「あ、ああ、いや、これは経験がある。転移の時と同じだ」
「あ、あー……」
ならいいのか?
「あれ?そういえば、奈々香は?」
その場に沈黙が降りた。静かに右を見る。いない。首をひねって左を見る。いない。トドメに首をもう一度半周。
「っていねえあのバカ!?」
「あーあーあー、やっぱこうなったか。鬼畜な難易度にゾクゾクするね!」
「するな!」
罵声を叩きつけると、恍惚とした顔で肩を震わせている。縁は意識をようやっと取り戻したようで、首を左右に一度振ると、「私がミラーハウスの中を見てこよう」と言った。
「いいのか?」
「構わん。十分に一度ワン切りで連絡する。十分経っても連絡一つない場合は、速やかに戸谷に連絡してくれ」
「了解。そのかわり身の危険を感じた時は、すぐに出てこい。直接応援を頼んだ方が早いだろ」
頷いた縁の背中を見送ると、俺はみゆちゃんに状況を書いたものを送信する。十分のタイマーをつけてあるから、連絡が来なかった場合は気付くだろう。
「っと、きたな」
まだ安全らしい。俺は座ったままヤシロさんにも同じ文面を送った。しかしながら、十分、いや、十五分経っても、次の連絡がない。俺はすぐさま戸谷に連絡を取った。
「もしもし?戸谷、今どこだ?」
「『私メリーさん。今あなたの後ろにいるの』」
電話と肉声と両方聞こえて五歩ほどすぐさま距離を取る。生理的な嫌悪と息を吹きかけられた物理的な嫌悪でダブルパンチ。
ってかなんでこいつここにいるんだよ。
「ごめんね、俺が先に連絡しちゃった」
スマホを左右に振って俺に井嶋が弁解する。
「あ、そうだったのか。手短に状況を話すぞ——」
二人とも帰ってこない、というところに戸谷が眉をひそめた。
「少し、気になるので別の視点から攻めて見ます。できれば予感が当たっていて欲しくないんですが……」
「予感?」
「漢字わかります?ひらがなは大丈夫ですか?あ、ダメ?」
「お前高等教育受けてるやつバカにしてんだろ」
「してませんよ。あなた以外は」
流れるような悪口の応酬だが、今回はすぐに収まる。戸谷はミラーハウスの前に陣取り、その中から出てくる人を観察する。
「一人……いや、三人ですね。一人確実に着替えた人がいる」
がり、という音に下を見ると、戸谷がガリガリと爪をかじっていた。
「やめろよな」
「性分ですから。それよりアレを追ってください」
「了解した」
俺は自慢の健脚で走り出した。
パニックなのにパニックになってない……




