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いちDKには荷が重いとは思わんかね?ん?

ん?( ͡° ͜ʖ ͡°)


吐いたりするので食事中の閲覧はお勧めしません。

「……っ、」

息を思い切り吸い込むようにして、目が覚めた。どくどくと心臓が思い切り脈打って、あたりの様子を見ようとせわしなく顔が動いた。


「……こ、こは、病院、か?」


——助かった、のか?


ガサガサした白いシーツ、肌に擦れる青い病院着。鼻は苦いような消毒の匂いを嗅ぎ取って、思わず顔をしかめる。

起き上がろうとして胸に張り付いていた何かが剥がれたのに驚く。四角いゼリーのようなぷにゃぷにゃした何かを拾い上げると、赤いコードが先につながっていた。


ぴこん、ぴこん、とけたたましい音が鳴って、俺はぎくりとする。

「えっ、ちょ、これどうしたらいいのマジで!?」

扉がバンッと開かれる。

「起きてるッ!?イシマ先生に連絡しなきゃ!」

「え!?」


看護師さんがPHSで言っていることを聞いていると、どうやら俺は数日間意識を失っていたらしい。先生もすっ飛んできて、診察をされた。


「何かおかしなところはないかい?」

「……あの。ここは、どこですか?」

「刑務所内の病院だ」

「……へ?」


いやなんで今刑務所って言ったかこの医者?


「勘違いしないで欲しいんだが、ええと、君がテロリストの純然な被害者であることは、明白なんだ。ただマスコミの報道機関が未だ容態の安定しない君に質問を浴びせかけることは避けたくてね」


「あ、なんだ。そういうことですか」

やっべ、なんだかドキドキしちゃった。特に悪いことしたわけじゃないけど、なんとなく前から警官が来たらドキドキするこの気持ち。


「君の家もまだ特定されてはいないんだ。少々特殊な事案が絡んでいてね」

「特殊な……?」

「それについては細かく説明しよう。まずは、これを見てほしい」


鉄骨を持ち上げる子供。炎を放つ男。水をコップから球体に浮きださせて笑っている少年。

そんな写真がずらりと並ぶタブレット。


「……な、なんなんですか?イリュージョン?マジック?」

「これにはタネも仕掛けもないんだ。君の浴びせられた薬剤だが、強制超能力発現薬という。信じがたいと思うが……世界には超能力者がいるんだ」

「ここって精神科あります?」


思わずそうポロリとこぼしたら、人の良さそうな顔がへにゃりと困ったように歪んだ。


「私はいたって正気なので、そこに疑いは挟んで欲しくないのだが」

「いやいやいやいや、明らか正気じゃないでしょ。俺そんなに騙しやすそうに見えますか?」

「騙しやすそうかそうでないかと言ったら騙されそうだが、私は本気なのだけれど」


いやいや、と言いかけて、俺は医師の表情を見た。本当に、困惑以外の何ものも浮かんでいないで、俺はぎくりとしてしまう。

「だ、だってそんな、……あるわけないでしょう?超能力ですよ、超能力。人間なら出来るわけないことを起こすなんて」

「落ち着いて聞いてほしい。君は超能力者になったんだ。赤い薬をかぶっただろう?」


赤い。

薬。


赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。



「ぅ、ううぅ、ぅっ……」

ぶくぶく膨れ上がって原型をとどめないヒトの体。こちらを見る眼球。水っぽい赤を受けてこぼれ落ちていくのは、真紅の液体。


眼前に蘇る、おぞましい光景。


がたがたと震えながら、口元にこみ上げる何かを抑える。ひっく、ひっくとしゃくりあげながら、ピンク色の容器に嘔吐する。

「ぉげぇ、ぅ、ぉおえっ、ぅぇっ」

どぼどぼどぼと落ちていく吐瀉物に、どうしても赤色が重なって見えて、恐怖が加速する。


「っひ、ひぐっ、ぉえっ」

吐き出す中身が伴わない嘔吐を繰り返して、ようやくまともに息ができるようになる。

「っは、はぁっ、ゲホッ……」

口をゆすいだり、なんだかんだと看護師さんが俺をゆっくり寝かせてくれた。用意してくれた氷枕が気持ちいい。


「唐突にすまないね、また出直そう」

「……はい」


ゴミのような精神力だと思うか?

多少の荒事に慣れていたつもりだった。

違った。


命のやり取りがあっけなく済んだ。


超能力発現薬とかアホみたいなことのせいで、俺の周りにいた人が皆、残酷に死んだ。

俺が、生き残ってしまった。


あの時、こめかみから銃が外れた瞬間、呆然としていないでタックルの一つでも決めていれば、俺は今までのように自堕落な日々を過ごせていたんだろう。


でも、過ぎたことは戻ってこない。


「……ぅぐっ」

喉元にこみ上げる何かを必死で飲み込みながら、腹のなかで今までの出来事を消化していく。

罪悪感とごった煮にした何かもやもやした何かは、ひどく凝り固まってほとんどこなれることはなかった。


一度うとうとしてから目がさめると、随分気分は良くなっていた。傷ついた喉が渇いていたので、水を流し込んでついでにうがいもした。

吐瀉物が完璧になくなっている。看護師さんすごいわ。


「……腹減ったな」

けれど、食べたいとは微塵も思わない。

体が訴える空腹感は一切頭にはフィードバックされない。


腹が減っているのに、酩酊感があってお腹が空いていないような、おかしな気分だ。何かを食べたいとも思えない。試しに好物を思い浮かべてみたところで、何も反応してくれない。


「……はぁ」

——どうして俺が、生き残ってしまったんだろう。

そんなことを考えたことにゾッとして、鳥肌を立てる。


普通なら生きていてよかったなんて思えるはずで、俺が他人に深い思いやりや関心があるようなやつだったわけではなくて。

震えも、吐き気も、食欲減退も、自分が『死の恐怖にさらされた』からだけではなく、他人が『死んでいったのを見た』から起こっていることなんだろう。


「……いち男子高校生には、ちと重すぎじゃねぇのか」


特に、フラッシュバックするのは、あの赤色。視界いっぱいに広がる、赤色。

……はっきりいってそんな風にトラウマができるなんて全然思ってなかった。

生活する上でよく見るような、ポストとかいろんなものを思い浮かべて、それらがなんとか大丈夫なことを確認する。

恐ろしいまでの赤でなければ、大丈夫だろうか。


「……あー」


とにかくものを食べなければ、退院はできないかもしれない。硬い枕は顔を埋めるのに向かず、俺は静かに溜息を吐いた。





2018.05.15©︎あじふらい

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