事件は現場で起こってるけど会議室はカオスだった(後)
まあ、なんだかんだ言ってこの人数だし。
「私は赤の君の下僕、シュリ・D・ブラッドリーなんだから」
「お前自己紹介変わってない?」
「ふ……それは並行世界の私なんだから」
前髪をさらりとはねのけて笑っている。無駄に格好良くてムカつく。
しかしそれをさらりと吹き飛ばすように縁が格好良く笑って言った。
「じゃ、まずはその並行世界のお前が所属していた組織について聞きたいな」
「お話ししましゅ……」
……ポワポワした雰囲気ではない。よだれを垂らしそうな顔でにやけたシュナが一人。
「私がいた組織の名前は、零明会。世界的には『ゼロ・アポカリプス』と呼ばれていた」
「零明会……」
漢字を見るに、ゼロか。女神の器がどうのと漏らしていた気がするが。
「ゼロというのは、創造主ではなく、この世界の管理人。神がこの世界を作り、その後に管理をゼロという者に委託したんだから」
「そのゼロってのは、なんとなくわかった。んで、あんたが言ってた器ってのはなんだ」
俺が問うと、少々難しいという顔になる。
「ぬぅ、器というのは一言では表しきれないんだから。判別方法である霊薬も、ゼロが製法を与えたとミカガネが言っていた」
「みかがね?……御火鉄か!?あいつ生きてたのか!?」
驚愕するヤシロさん。周囲を伺うと、皆一様に暗い顔をしている。
「おい、そいつって一体……」
「僕の元パートナーですよ。あなたよりはマシでしたが、あなたよりは性格はクズでしたね」
「……戸谷にそう言わせるとは相当だな……」
「あなた僕をなんだと思っているんです?」
戸谷が重々しくため息ひとつを漏らして、腰のポケットからスマホを出した。
「これがミカガネです。本名は御火鉄 光毅。まあ、仲間内ではミカガネと呼ばれていました。僕より十は年上で、その能力は毒物の精製」
「毒物……」
「まあ、毒は薬にもなりうるので、セナが治せないそういった分野では重宝していました。それから、新薬の研究開発に携わる漢字でしたね。あとは麻薬を除去したり……まあそういうお仕事をしていたわけです。ある日まではね」
その日、何があったかを淡々と感情を抑えて語られた。
その日は珍しく外に出て歩いていたミカガネは、突如として何事かをぶつぶつ呟きながら研究室に戻ってきたらしい。
それ自体はよくあることなのだが、ぶつぶつなにかを呟くということ自体があまりなかったので、不審に思った戸谷は後をつけた。
「これでいいのか?いやしかし成分自体があまりにも強力だ。これで生存可能な人間がいるのか?……だが実験結果を見ていない。……サンプルを確保できる場?」
誰かと話しているわけでもないのに会話らしい会話が聞こえてくる。
そして、数日間はなにもなかった。けれどある日突然、某国から乗り込んできた戦闘員が一斉に自分に向けて銃口を向けているのを見た瞬間、ミカガネが大笑いを始めたらしい。
「ああゼロよ!やはりか!これは天啓だぞ九音!」
「ど、どうしたんですか?」
「彼らは私を撃てない。なぜならこれを待っているからだ!!」
その瞬間、放り投げられた赤いフラスコ。
水っぽい赤がその中で揺れて、そして弾け飛んだ。誰かがそれを撃ち抜いた。
ざあ、とこぼれ落ちる赤いなにかが、そこにいた人間に襲いかかってそれから一人だけその中から立ち上がった。
「君が選ばれし人間だよ!」
「導師のことは、ゼロ様からお聞きしました。ゼロ様は私たちを待っておられます」
「み、ミカガネさん。なにしてるんですか、殲滅できたなら、帰りましょう。危ないじゃないですか」
「うるさい」
銃声が響いた。
その後の回収されるまでの記憶が、戸谷にはないという。
「……まあ、常日頃頭がおかしいとは思っていましたが」
「その、なんだ?天啓みてーなのを、受けたってことか?」
「そうらしいですね。どこにそんなわけのわからない存在を信用する阿呆がいるのか。しかしなぜだか皆がゼロに肯定的だ」
薬を生み出す科学的な立場にあってなおそうなったのだ。超常の力が働いていてもおかしくはない。
「シュナはそのゼロの言葉を聞いたことがあるのか?」
今まで腕組みをして目を閉じていた縁だが、ふと気になったのか金色の瞳を瞬かせてたずねた。
「一度もないから。でも、超能力者ということを隠して生きている子供を守るって言ってたんだから。化け物扱いされなくてご飯食べれるならそれでいいや、みたいな」
「まあ、そうか。よくある話だな」
ここは俺の踏み込んではいけない場所だとすぐに察して、黙る。
「その零明会ですが、目的はゼロの降臨と言っていました。もしかすると、ゼロは、今の時点では迂闊にこの世界に手出しできないのかもしれないですね」
「あー、ってか女神なの?」
「知らないから。あのおじさんはそう言ってたけど、女の人の器に入れるっぽいこと言ってたから」
その言葉に納得する。
「ああ、男でも女でも構わねーと。そういや俺も器みたいなことを言ってたけど、器以外に何かしら条件ってあんの?」
「そこまで詳しいことは末端にはわからない。でも、真ん中はすごい忠誠心だから、拷問しても多分喋らないから」
拷問という言葉に、ちょっとウッとなった。
「……そこまでの精神汚染となると、かなり面倒な相手だな」
ヤシロさんが煙を大きく吐き出した。
「まず第一に俺たちの中に裏切った奴が出たことがあるのが痛い。調査しようにも獅子身中の虫となる確率を考えてしまうと手が出にくい、上からの許可が降りるわけがない」
まさに内憂外患となるわけだ。内側にスパイなんて誰だって抱えたくない。
「第二に相手の規模がでかすぎる。俺たちの人数でどうにかするとか無理だ。そして最後に……ゼロの降臨とやらがなにをもたらすかがわからないことだ。桐葉、お前の巻き込まれたテロのように準備が傍迷惑な話であることは間違いないが、それ以外を除けば宗教だ。俺たちが止める理由が薄い」
「犯罪行為をおこわない限りは、全部保留になるわね」
まあ、そうなるよな。
俺はゴロンと上体を倒した。
相手の知識はあって損はないが、起こった犯罪を阻止する以外には手出しすることはない。信仰の自由は憲法で保障されている。
事前に防いだところで、手の届かない場所でやられて仕舞えばそれまで。
「必死に防いで、国内での計画が無謀だと思わせるしかないっすね」
「まあ、それが一番いいだろうな」
「ちょっと待ってください」
おっと誰か来たようだ。
違う戸谷だ。どうした。
「……そのような集団は潰してしまった方がいいでしょう。だいたいなぜ静観なのですか?あの阿呆が巻き込まれたテロの真犯人なんでしょう?」
「あの薬剤自体はそれなりの数が出回っている。真犯人とは言い切れない」
「けれど薬剤を流している大元でしょう?」
「で?」
「……危険な薬剤の販売ですよ。取り締まるべきです」
「あのな。そういうのは警察のお仕事だろ、もうそっちに話はいってるよ」
ぎり、という音がここまで聞こえてきた。お前あんまり噛み締めすぎると奥歯割れるぞ。
しかしこいつ、妙な正義感出し始めたな。そんなキャラだったか?
「落ち着いてください。今すぐ動けるほど、相手のことを知っているわけではないでしょう。調査が進むのを待つのも、必要ですよ」
「……チッ」
櫻子さんがさらりとたしなめて、戸谷は立ち上がっていたところからもう一度座る。
「んじゃあ、今回の集まりをもって、零明会への調査及び警戒を忘れずに。きな臭い動きがあれば、随時通達すっからな。はいかいさーん」
ヤシロさんの言葉でその日はお開きになった。地上階へと階段で上がっていると、後ろから肩を叩かれた。
「ん、よぉ」
縁の視線があちこちにうろうろしていたが、ちょっと目を伏せたまま、ボソボソと喋る。少し珍しい姿だった。
「その、なんだ……九音も、あれでかなり正義感が強い。善悪の基準が強すぎると思っている。けれど、ある程度自浄作用を保つためには必要な毒だ。わかってくれるな」
「わあってるよ、奴を言い負かそうとかそういう気分は全くねーよ。ただな、なんてーか、正義感がアンバランスってか、極端すぎやしねぇか?」
縁が首を少し傾げて笑った。まるで詮無きことだといっているように。
「まあ、その人にとっての正義なんて、誰にも理解してもらえないものだ」
「縁も当然?」
「お前も、当然だろう。日々それぞれが全く違う考えて生きている人間が、分かり合えるわけがない。だからこそ世界は循環する」
髪をすくように指を動かして、それから抜けた髪を放り捨てた。
「ゼロという輩、気に食わんな」
「はは、そりゃあ個人的に言ったらものすげぇ気にくわねぇな。個人的には戸谷とおんなしくらい」
二匹の獣が顔を見合わせ、獰猛に笑った。
結局のところ個人でつつきに行く。