僕の綺麗な絵の描き方
やばいお話なので、グロ苦手な人はアテンションプリーズ。
次の話の前書きに今回のあらすじと知っておくべきことのっけます。
今回は戸谷九音視点です。
「全く……まあ、予想より獲物が大きかったのは、収穫ですね」
僕の右手には、サインペンが握られている。これは僕の求めに応じて筆記具ならばどんなものにも変わりうる。
そして、アスファルトのその地面に描いた丸っこい体格の生き物。それがぼこりと動き始めた。
「お前が動くなら、私はもういらんな」
「日鳥さんは、もう少し手伝ってください。あれは力は強いけれど、体をロープで縛るほど器用じゃありませんし」
「はあ、全く。縄を縛るのはあまり得意ではないんだ」
「そうですか。ですが、僕自身はもっと下手くそです。つべこべ言わずにお願いします」
「じゃ、縄をよこしてくれ」
そのあたりにあった鉄柵に、縄目をささっと書き込んでいく。逃亡した阿呆がやっていたのと同じ、物質の限定的支配。
故に憑依はすることができない。
「ふふ、僕の前で逃亡しようとしたのが裏目に出ていますね、面白いですよ。あ、他にも八人いたようですが、本体から遠ざかったため支配権が薄れたみたいですね。多分そちらは記憶を読み取って回収でしょう」
「ま、これが妥当か。拷問はお前に任せる。得意だろう?」
「はは、何を言っているんですか。悪をなす相手ですよ、容赦などしないに決まっているでしょう」
僕はこの仕事に誇りを持っている。
かつて化け物と呼ばれていた僕を救い出してくれた人は、僕を苛んだ悪を殲滅してくれた。
困っている人がいたら助けることが紳士なのですよと言ってくれた。
櫻子さんは、僕の母さんといってもいいくらいだろう。けれど、最近鬱陶しい奴が出てきている。
近づくなと言いたいけれど、櫻子さんは誰にでも優しいから困ったものだ。
まああいつはまだわきまえた方か。
僕が生理的に無理だと思っているだけだから、殺すのは勘弁してやろう。
「全く櫻子さんときたら、僕が近づく人間を選別しなければ迂闊に生活すらできなくなるんですから」
その美麗な外見に惹かれた阿呆を潰した。
その優しさに溺れた馬鹿を叩きのめした。
その愛を得ようとした愚かな者を滅した。
今日は久々に鬱憤を晴らせそうな気がしている。
僕は紙にさらりとあるものを書いていた。鳩だ。鳩は普段その辺にいそうなだけに役に立つ。
「襲え」
「っぽ」
っぽ、っぽ、と鳴きながら、息を切らせている紳士に近寄る白い鳩。全く警戒心を持っていない。
空から二匹目を追加すると、そこで襲わせ始める。
「う、うわぁ!?な、なんだ!?」
「っぽ」
「や、やめろ!いたっ、ええい鬱陶しいぞ!」
「っぽ」「っぽ」
「っぽ」「っぽ」「っぽ」
「っぽ」「っぽ」「っぽ」「っぽ」「っぽ」
バサバサバサと羽音がひしめく中を、男の杖が通過していく。周りはどうにか助けようというより、一緒に襲われないよう遠巻きにしているだけだ。
あと老人の杖も危ないから迂闊に手出しをしていない。中々上々に行ってるじゃないかとほくそ笑む。
僕は「しゃがんで!」と叫ぶと、鳩を追い払うように手を掲げた。
「ひっ」
人は案外緊急時に聞こえた指示には従ってしまうらしい。
僕はニッコリ笑うと、「大変でしたね。大丈夫ですか?」と話しかける。僕の面は割れていない。一度も僕は敵を逃したことはない。だから、大丈夫大丈夫。
「あ、ああ、助かったよ。それでは」
さりげなく立ち去ろうとするが、僕は声を大きくするとその肩を掴んだ。
「あ、ちょっと待ってください!ほおの傷が……いけません、消毒などしなければ。鳥インフルや破傷風の恐れがあります。病院に行きましょう!」
「え、や、ちょ、」
「近くに僕の家の車があります。県立病院まで連れて行きましょう」
「え……」
僕の顔を知らないからか、老人は呆然としている。善意かどうかはかりかねているようだ。
けれどおかしいと思わないか?
夜に白い鳩に襲われるなんてさ。
あんた疲れてるんだよとうっそり笑って、心配そうに眉を下げる。
「まずは傷の洗浄をしてしまいましょう。ミネラルウォーターで傷口を流しますね」
丁寧に洗い流して、それから清潔な布でその場所を拭う。
「ゔぅ、」
「さあ、こちらです」
だいたいこの阿呆な男、車での逃走をも目論見ていたわけではなく、バレることすら考えていなかったみたいだ。
それがひとりの女性に執着していたがゆえに。
目的があるにせよ、一日中つけて回ってさらに手紙まで毎日投函していた。
僕らが今回後手に回ったのは、集団によってストーカーされていたと思わなかったこと。
「どうぞ、乗ってください」
「あ、ああ。よろしく頼むよ」
車のドアが閉まる。
地獄の門が開いた。
「それなりの年寄りの肌の上に描くのはあまり好きではないんですよね」
「ひ、ひぃいいい、ゃ、ゃめろ、めてくれえええ」
サインペンのキャップをきゅぷりと開けて、その薄汚れた肌の上に頭でっかちな可愛らしいキャラクターを描く。それがぼこりと肉を伴って、起き上がる。
「いあああああああ!!」
「ほら、やはり表面に美しくないシワが出る。見てくださいよ。ほら。ほら」
「もごぉ!?」
ウゴウゴとうごめくその肉人形を口の中に突っ込むと、人の皮膚の感触に吐き気を催したのか、おごぉ、と言いながら吐き出す。
「じゃ、改めて聞きましょうか。さっきみたいにしらばっくれるのはダメですよ。僕は正直な答えが聞きたいんです」
僕の正しい能力は、絵に描いたものをキャンバスとなった『材料』を使って再現すること。前にアホと戦った時には、あいつは気にせず踏み潰して僕を殺しにきて本当にひやりとした。
そう、自分の体から離れたものだから感触はない。痛みも何もない。視覚的な暴力と、感覚的な喪失。
それを目の前で轢き潰した瞬間見せる、恐ろしいまでの喪失への絶望。
今の状況での『材料』は、この男だ。
「あっはっは、何を引きつった顔をしているんです?心臓が止まったらまた動かしてくれる優しい女の子がいます。いざとなればあなたの精神をぶっ壊してあなたの記憶を読み取ってくれる人がいます。僕はまだ優しい方ですよ?さあ選んでください。このまま全部文字通りの肉人形になるか。それとも話すか」
笑った顔は、ひどく胡散臭かったようだ。男は口を開いたが、嘘をついている目だ。
櫻子さんに言い寄った覚えはないと嘘をついていた目と同じ色をしていた。だから面倒になって、そいつの片目にサインペンを突き込んだ。
「ぇあ、ぁが、」
描いているという扱いだから、突き刺したことにも引き抜いたことにも痛みはない。けれど、僕がサインペンを抜くと同時にぽこんと目が落ちた。
老人は何を落としたのかわからないという風に、目を瞬かせた。あるべきものがあるはずなのに、一切その感覚がないのに驚いて、引きつれた叫びをあげた。
「あっはっは。——嘘をつくなよ老害」
「ぎゃあああああああっ!ああああああああ!!」
なかなか愉快だよ。全く最近の鬱屈を晴らしてくれる。
「正直に言えよ。お前、僕があんたを骨にできるってまだわかってないみたいだね」
微笑んでみたら、どもりながら話してくれた。とても壊しがいのある老人だった。二時間粘るとは、見上げた老人だ。
僕は血溜まりを上機嫌に踏みつけながら、それを報告書にまとめようと歩いて行った。
めだまころんはきついとおもうの。