新手とかマジ勘弁
真剣な時に着メロとか通話とか始まると意外と気勢を削ぐ。
「……やぁ」
「どーも」
第一声はそれだった。痩せた男、それもひどくボサボサの頭と無精髭。
「あんたがストーカーさん?」
「……そうだとしたら、どうだというんだね」
「や、流石に脚滅多刺しにされたら怒るし」
「……そうだね」
「あんだけ部屋をめちゃくちゃにしておいて、ハイそうですかって見逃せるわけはねーだろ」
相手はまだドアノブに手をかけているままだ。俺のことを警戒はしているらしい。
金属製のドアに指を触れさせる。ぱちんとはじけるような音がした。
「あ゛ぁああああっ!?」
「悪いな。寝てろ」
多分気絶すれば問題はないはず、
肩口に熱が走った。
かすっただけだが、予期せぬ痛みだったがゆえにひどく痛い。扉が変形して、俺の肩を棘で貫いていた。
体は理解してすでに棘から体を引き剥がしているが、頭が追いついてない。
「……どういう、ことだ」
「何、簡単なことだよ」
目の前に現れたのは、初老の男だった。
その時、俺の脳内にはさらなる混乱がもたらされた。訳知り顔の新手、しかもものすごい敵っぽい雰囲気のやつ。
これで手強くないわけがない。
「それは傀儡さ」
その答えがストンと俺の中に落ちた。
迂闊すぎる自分に腹が立った。ちょっと考えれば分かりそうなもんだったのに、それをしなかった。
しかし呆れるのは一瞬だけでいい。俺のするべきことはすでにわかってる。
負傷による動きへの影響と、それに付随して相手を倒せるかどうか。
ダメそうなら退く。どこまで支配が通っているかは知らないが、あの様子だとここ以外はそうでもないだろう。また長期の潜伏を経て動くはずだ。
「神経は無事だし、しっかり動く。遺体が、我慢はできねぇほどじゃねー。問題ねーな」
そのにこやかな瞳が緩く開かれる。
「おやおやおや、結構な怪我を負わせた気がするのだがね?君は不死身か、いや、治療をする人がいるとみるべきか」
「めんどくせえ爺さんだな。無関係の人間はあとどれくらいいるんだ?」
「察しがいい、——当ててごらん!」
「この腐れジジイ!」
冷静じゃないっぽく殴りかかろうとしたその瞬間、俺の目の前に何かが割り込んでくる。
「やらせないから」
長いマフラーをたなびかせている少女。黒髪は所々赤色が入ってて、バンギャっぽい。
それにしても指の所を切り落とした革グローブって……もしかしてこいつ中二病か?
「いい子ですねぇ、ナユタ」
「先生、こいつは殺すから。いい?」
「ええ、そうしてください。それではまた後ほど」
「逃げんなテメェ!!」
だが、殴りかかろうとしたその手は再度大きな武器によって止められる。
「……あなたは私から逃げられないから。大人しくここで凶報を待つといいから」
「何その口調かっこいいと思ってんの」
ぐわ、とその顔が真っ赤になる。
「お、お、おっ——」
「お?」
「お前は、殺す!!『劣化再現一型『怒りの大斧』!」
叩きつけるように玄関口から吹き飛ばされ、落下防止の鉄柵に体を叩きつけられる。しかしのんびり苦痛に浸る間も無く、俺は横へと転がった。
走り出てきた少女はその大斧をぶん回すと、後ろの鉄柵があったかい飴を曲げるようにグニュッとほころび折れた。
「うっわ!?」
「あ」
「あ……」
ほころび折れたところから、少女がぐらりと傾いた。落ちる、と思ったのも束の間。彼女は叫んだ。
「くっ、『劣化再現』霊装『天翔』!」
「……わあすごい飛んでるー……」
人が空を飛んでるー。
……じゃねぇよあの爺さん止めねぇと。
「私の追撃を見越して落下を狙うとは、策士なんだから。褒めてやるんだから」
「いや勝手に飛んできて勝手に落ちただけだろ」
「し、しかし、私は飛べるから、残念だったんだから。こ、これでようやく本気を出せるんだから」
「動揺が丸見えじゃねぇか。ってかあの技名言わなきゃ出せないのか?」
「う、ぅ……」
「とりあえずちょいタンマ。まあ、あんたが飛べるってんなら俺には止められるわけないし」
「う?」
俺はスマホを取り出すと、電話をかけ始める。
「あ、もしもし、俺だよ俺……詐欺じゃねぇよこのクソイケメン!褒めてねぇよ!!」
『そのいけすかない声は、俺くん』
「そうそうオレオレってちげーよ何で俺の名前が俺になるんだよ!いいからとっととやれ。どうせどっかで見てんだろ」
『いえ、カップ焼きそば食べてました』
「バッッッカじゃねーの!?」
『まあ、追跡はやらせてますよ。僕が描いたあれらがね』
俺ははあ、とため息をついた。
「まあ、いいや。とりあえず縁に礼は言っといてくれ」
『ええ、わかっていますよ。少々前後関係も気になることがありますから、彼らがなぜストーカーをしていたのか、それも含めて全部聞き出しておいてください』
たしかに。
そういえばこいつらストーカーだったわー。
「もう勝負をしないつもり?許さないんだから」
「だってもう眠いし。ってかその物騒なもんしまってくんないか?あんたの役目は俺の足止めだと思うけどな」
「そう、だけど……」
「じゃ、お互いについてまずは親交を深めようぜ。俺の名前は新田 桐葉。高校生やってまぁす。あんたは?」
この男ナチュラルに世間話始めてると慄いている少女だが、情報を聞きだせると思ったのか、話を始めた。
「わ、私は、シュリ・D・ブラッドリーだから。普段は一般の中学生として通学しているが、その真実の姿は漆黒の王祖たるオーガスタ・K・ローゼンの部下、四天王の一角なんだから」
「ちなみにその四天王あと何人いるの」
「……貴様を四天王に加えてやるんだから」
「勝手に加えんなよ。まあいいや、んで、俺の属性は雷だけど、あんたは?」
「無論英雄の武器を再現する能力。己が内なる創造の限りの武器をこの手にもたらすことができ(略)というわけなんだから」
要するに、ぼくの考えた最強の武器、それを劣化して再現できるらしい。
「無論我が力によるもの。他人の手に負えるものではないんだから」
この子だいぶ喋ってしまってるし。よっぽど設定を披露する相手が欲しかったらしい。
「貴様は?」
「あー、なんつーか、薬をばらまかれて、生き残った。貴重なサンプルだから狙われたらしい」
「女神の器というわけか。道理で手強いんだから」
なんだそれは?
しかしなんか知ってそうだな。脳内翻訳がめんどくさそうだけど、聞いてみるか。
「女神の器?」
「我々があのいけ好かないビール狂いを監視していたのもそのせいなんだから。我が主人が言うには、女神の器たりうる素養があるとかないとか」
「……うん」
女神?
「ゼロ、というこの世界の管理者だというそれを、呼び寄せる」
「管理者?えっと、ちょっと待ってな。……そこまでイッてるとなると精神科とか」
「頭が狂ってるわけじゃない。我が主人が、私に与えてくれた使命なんだから」
プンプンしているのを手を上下させて、なだめにかかる。
「……わかった、わかった。俺の無知を認めよう」
「……ふん」
……うーんどうしようこれ。
中二病のせいで本気なのか違うのか今ひとつわかんないんだけど、唯一わかったことは『宗教って厄介なもので繋がった組織』が裏にありそうだと、俺は嘆息した。
ゼロという名前がようやく出せた。