ちょっとおかしい赤毛の子
おかしい(頭が)
赤としか言いようがない、純粋な色。その時俺は心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚えていた。
「お前が例の新人か」
喉仏が上下して、唾が出てないのになにかをひっきりなしに飲み込もうとする。カラカラの口の中がひりついて、喉元が痛む。
俺よりは確実に小さい身長だが、普通といえば普通のそれ。胸はミニサイズだけれど、それで女らしさがないということは一切ない。
むしろ胸筋でなかった方が驚きだ。
けれどその目。
黄金色に光る、強烈なほどの目が、俺を検分するように見ている。
「歓迎しよう、新たなる同士。私は日鳥 縁という」
「ひ、とり、……さん」
「縁で構わん。なに、お前と私は同じ歳だ。気にすることもないだろう。違いは唯一、私は小学生の頃からここを手伝っていた、それだけさ」
で、と彼女は脚を組み替えた。
「お前、なにをそんなに怯えている?」
「……あ、……その、血を思い出して……」
ぶるりと体を震わせて、俺は答える。恐怖が支配していてもおかしくないのに、なぜか答えることができる、不思議な感覚だ。
「ほう。触って見るか?濡れてなどいないぞ」
無理やり手を取られて押し付けられたひとふさは存外にふわふわした、そしてさらりとした感触が手のひらの中に残って、するんとすり抜けた。
血ではない。髪だ。
そう認識したら力が抜けて、恐怖がほどけるように消えていく。
「……ぁ、だ、大丈夫、です。多分、大丈夫だと思います」
「そうか。それでは話を戻す。お前が例の新人で、力を手に入れたばかりなのだな」
だいぶさらっと俺の心の問題を流されてちょっと唖然とする。
「え、……いえ、はい。そうです」
「敬語などやめておけ。情報の伝達に婉曲さが齟齬を引き起こす」
しゃちこばった言い方だな、と思いつつ、俺はさっくり頷いて話を先に促す。
「まず、能力自体は感知可能。その力が体表から切り離すことができない、と、そう言う話だな。……うむ、戸谷とはまた別だな」
おもしろいという風に口の橋をぎゅっと曲げて、顎をクイっと持ち上げてみせると、彼女は立ち上がって俺の右手を取った。
「あのクソ、いや違った。えと、戸谷とは別ってどういうこ、」
あれ、となんだかフラフラになっていく視界を支えようとして、さっき何か口にしたことを思い出す。
「なんか、盛ったか……!」
「おぉ、よくわかったな。私は君を平和ボケした阿呆だと思っていたよ。さて、少し調べさせてもらおうか」
「く、そぉ……」
他にも何か言っていたような気がするが、殴りかかろうとして意識を持たせようとしたが、結局暗闇に飲まれる様に意識を失った。
事の起こりは、俺が超能力を発現できなかったことにある。
「……力が動いている感覚はあるんだけどな」
「それも怪しいものですね。したいことすらないとは……夢も希望もない様ですしここは一つ消えてくれません?」
「お前ちょっと調子乗ってんだろ」
「ふふん」
「ってめ……!」
あれから俺が能力を発現できないと聞いて調子を取り戻したど阿呆(戸谷)は、調子乗ってた。人の弱みに付け込んで不利になったら学港まで休むんだぞ。最低だこいつ。
拳を構えてジリジリやりとりをしていると、みゆちゃんが中に入ってきて声をかけてくる。
「やっほ、二人とも。九音ちゃんも桐葉ちゃんも元気そうでよかったわ」
「こいつが横にいる限り元気にはなれません」
「てめーがどっかいけ」
「はいはい。で、桐葉ちゃんはまだ使えないんですってね?」
「あー……こう、動いてもいるんですけど、なんてーか……」
俺の言いたいことはなんとなくわかったらしく、彼女はうんうん、と頷く。
「まあ、願いなんてどうでもいいのよ。僕の考えた最強の能力!とか思えば使えることもあるし、あんまり考えすぎないほうがいいわよ。私なんかほとんど感覚だわ」
「そんなんでいけるんですか」
「うーん……というか、決まってるらしいのよね、使える能力って」
「え!?」
聞いてた話と違う!?
とりあえず慌てて詳しく聞いてわかったのは、能力はすでに大筋が決定してしまっていて、俺の意思が使おうとするものと齟齬があると使えないらしい。
願いとか思いとかはおそらく、そういうことを引き出すために櫻子さんが言ったんだろうということだった。
「ってなことを言ってた女の子がいるんだけど、その子のことはまた後で紹介するわね」
「あ、ハイ。ありがとうございます?」
なんか結構力技の様な気がするけど、一応指示に従って見て、それから決めるしかないだろう。俺はスマートフォンを持って、それから指先を動かしていく。
超能力が使えるなら何がいい?っていう掲示板だよ。幼い頃の記憶?引っ張り回された印象しかない。
「……んー、わっかんねー」
ふと、超能力を使えたら、というところを見て、俺は棚の中に入ってるとあるシリーズをチラ見した。
いや。
まあ、魔がさしたってか。
「……いやいや」
まさかなハハハ……。
『それ』を意識しながら力が体表に滲み出た瞬間、ぶつん、とスマートフォンの電源がブチ切れる。
「……で、電撃、だとぉ……?マジかよオイ……」
それからは早かった。紙を焦がすことに始まり、スマートフォンを人力で充電することもできた。唯一の難点といえば俺の空腹加減だが、カバンの中に入っていた飴玉をいくつか噛んで飲み込んだ。
そして離れたところに電撃を出してみようとしたところで、衝撃の事実。
「遠距離攻撃ができねぇ!?」
「うるせぇぞ桐葉!!」
「ごめん兄貴!」
いくらやっても力の塊は全く動じないしうねうね体表をうごめいているものの切り離せない。弾力のあるグミでも指先でこねているように、まったくもって剥がれない。
「なんだこれ」
ただしグニグニやり続けていても、グミみたいにちぎれたりするわけではない。俺は諦めて、ベッドの上に寝転がった。
「……どういう使い方ができるかは別ん所でやった方がいいな。切り離せない件は、みゆちゃんに相談すっか」
……と思ったのが昨日のことである。
っていうか、赤髪の子めちゃくちゃ発現方法詳しくない?
なんで?
ふっと意識が上昇し、俺は目を覚まして起き上がった。上半身の服がなく、肌寒い。目の前には、あの赤毛の子こと縁が座って微笑んでいた。
「薬が抜ける時間は約1.4倍超能力者より早く、普通の人間より約2.7倍早いな。できればお前が普通の人だった時の対照実験も行いたかったよ」
「……って、そんな、だまし討ちみてーなこと、しなくても」
「心構えは人を強くしてしまうからな。あとは少し血を抜いたり能力を無理やり引っ張り出して切り離そうとしてもみた。このザマだが」
腕は焼け焦げた様に赤い跡が残っていた。俺は思わず立ち上がって、詰め寄った。
「あんたそれ大丈夫じゃねぇだろ!?」
「セナがいる。問題ない」
「大ありだろ!」
「うるさい」
デコピンを食らって、ぐらりとよろめく。俺は二、三歩下がって、地面に尻餅をついた。未だそんなに抜けきっていない様で、力一杯相手を睨む。
「くっそ……」
「私は説教くさい奴は大嫌いなんだ。大人しくしていろ」
「誰がヒトの言うことなんざ大人しく聞くか」
「はぁ……全く、どこでこんなのを拾ってきたんだか……まあ、いい。お前はそれなりに能力の総量も高そうだが、色々問題があるのもわかった。お前の能力は前衛向きだ」
残った手でわしゃわしゃと頭を撫でられて、俺は口をつぐんだ。微笑みを浮かべた口元に吸い寄せられる様にして、あ、いやこれ違う。
相手の顔が近づいてきている。
見聞するように右に左に頭を動かされてジロジロと見られる。
手段がえげつないし、いきなり気に入らないと暴力を振るうし、そうかと思えば優しくする。勝手に色々しておいて謝罪もへったくれもない、人を振り回すヤツ。
まるで、少し前までの奈々香みたいな、そんな気がして、俺はもやもやに口を閉ざしてうつむいた。
「……そうだ。面白そうだし、データの破壊にもちょうどいいだろう。お前、次の作戦に参加しろ。単独でいいぞ」
「…………へぇっ?」
変な声出た。
(((×ω×)))しびびびびびれりゅう