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クローン実験

作者: 滝川樹里

 目を開けると白い壁が広がっていた。

 上も下も、右も左も、全てだ。


 この白い部屋に入ってから何日目であろうか。

 誰とも話さず、ただ白い壁をみているだけの生活がここまで苦しいものとは知らなかった。


「失敗したなあ……」

 

 

 あの日俺は大学の授業を終え、家路を歩いていた。


 普段は一緒に住んでいる彼女と共に通学していたが、最後の講義の場所が違う彼女を待つのが

 どうにも面倒で、一人で帰っていた。


 見慣れた風景を行き交う車や自転車で抜いていく学生をなんとなく眺めながら歩みを進めていると

 一人の見慣れない女が爽やかな笑顔を振りまきながら近づいてきた。

「すみません、あの〜、学生さんですか?」

 

 何かの勧誘か? 一人で帰るとこんなものが寄ってくるのか。

 面倒に思いながらも、小さく返事を返した。


 すかさず女は愛想のいい声で話し始めた。

「学校お疲れ様です。実験の被験者を探しているのですが、ご興味ございませんか?」


 実験? なんで俺がそんなものを。

 そう思い、断ろうとしたが女はその時間を与えず続けて話した。


「クローン技術とはこ存じですか? 

 私たちはその技術を用いて、人の気持ちの変化の仕方を研究しています。 

 難しいように感じるかもしれませんが、被験者様がすることは至って簡単です。 

 ただ白い壁に囲まれた部屋で過ごしていただくのみとなっています。 

 もちろん給料の方もお出しします」


 クローン技術か、最近テレビでたまに聞くようにはなっていたが、実際に使われているのか?

 内容は楽そうだな。俺が気になるとすれば最後の言葉だ。

「どのくらいもらえますか?」


 女は答える。

「時給5000円です」

 

 5000円? 俺のバイトの約6倍の時給だ。

 被験者って言葉の響きから多少は普通のバイトよりは高いかと思っていたが、ここまでとは。

 

 俺は一気にその気になった。

 数週間協力して数十万でも稼げば、当分の間は金には困らない……

 いつだって金はあった方がいいに決まってるしな。


「興味がございましたら、あちらの方で詳細をお話ししますがどういたしましょうか」


 俺は迷うことなく女の誘導する建物の中に歩みを進めた。


 その建物の中には何かの事務所のような雰囲気になっており、客用と思われる椅子に言われるがまま座った。


 女は机の中から何やら書類を取り出し、俺の前に置いた。

「ここからの話は研究内容に触れますので、門外不出となっております。

 ですので、実験にご協力の有無に関わらず、他言しないことを約束する誓約書を書いてもらう必要がございます」


 どうやら大層な実験のようだが、それがどれほどの研究かなんてことはどうでもよかった。

 金さえもらえるなら、誓約書なんていくらでもかいてやる。


 そう思い、大してそこに書かれた文章を読むこともなく名前を書き、印鑑を押した。


 そこからは女は実験の詳細が話した。

「私たちはクローン人間の研究を数十年も前から極秘裏に研究しており、その技術は他を圧倒しています。

 そして今や、一人の人間と全く同じ人間を作成することが可能になりました。」


「全く同じ?」


「そうです。容姿や身体的な特徴だけでなく、記憶や思考回路まで被験者と同じクローン人間です。」


 そんなことが可能になっているのか……実験内容には興味がなかったがさすがに驚いた。

 思ったよりすごい実験に協力ができるのかと気分が高揚してきた。


「実験内容を申しますと、まずあなた様の身体データを読み取ります。

 MRIのようなもので、痛み等はございませんのでご心配なさらず。

 その後、あなた様には白い壁に包まれた部屋で何日か過ごしてもらいます。

 あなた様にしていただくのはそれだけです。」


「それだけ? クローン人間はどこで使われるの?」

 少しクローン人間に興味を持っていた俺はそう質問した。


「はい。クローン人間はあなた様から読み取った身体データをもとに数体作り出されます。

 そして、同様に白い壁に包まれた部屋で過ごしてもらいます。一人一部屋ずつです。

 ここからが実験の意図なのですが、それぞれが少しずつ部屋の中の環境を変えることで

 精神的にどのような変化がでるかを見るのです。

 従来の調査と違い、クローン人間を使うことで性格などの条件の差異が出なくなるため、

 より精度の高い実験結果が得られるというわけです」


 なんだかSF世界の話のようだ。

 俺と同じ人間が出来るなんて不思議な感覚だな。

 

「それでどのくらいそこで過ごせば?」


「そうですね、変化がしっかりでるまでの間ですので数日から数週間。

 正確なことは言えませんが……」


 少し長いな……

 まあ大学の方は数週間サボったところで大した問題はない。

 それに、長くなればなるほど給料は上がる。

 ここで耐えればもうバイトなんてする必要もなくなるだろう。


 この時点で俺の覚悟はもう決まっていた。

 実験参加を承諾した。


 



 そして今に至る。


 身体データを大きな装置で測った後意識を失い、気がつけばこの部屋だ。

 もう10日はたっただろうか。


 食事はリモコンのような機械のボタンを押せば、白い壁に唯一ある小さな長方形の穴から配給される。

 だがその食事も水と味のないブロック状のもの。スポーツのときに栄養補給で食べるようなものだ。


 もう寝ることも飽きた。ただ一日どうでもいいことを考え、時間が過ぎるの待つ。


 そういえば、俺のクローン達もこんな生活をしているのだろうか。

 生まれた時からこの中だとそんなに苦ではなかったりするのだろうか。

 いや、俺の記憶を引き継ぐとか言ってから条件は同じなのか。

 

 まあでもクローンには分からない何かがあるかもしれない。

 実際に今まで自分の体で生きてきた俺だから分かる何か、体に染み付いた何かが。確証はないが。

 きっとその分、俺はクローンの俺とは違うんだろうな。

 もしかしたら、そういった差異を測ることもこの実験の意図なのかもしれない。


 そんなことを考えているとなぜだか少しだけ優越感を感じた。

 

 いつかは出られるんだ、その時には思いっきり稼いだ金でうまいもん食ってやろう。


 とりあえず今は寝る努力でもしとくか。

 そう思い、目を閉じて横になった。




 

「あぁ、またNo.7寝始めたよ」

 モニター越しに一人の男が言う。


「またか、No.7からは大したデータは取れそうにないな」

 もう一人の男が返答する。


「全体的にみると自分がクローンだと知っているやつの方が精神的に安定してるって傾向はあるがな……

 まあそろそろ処分していいだろう。」


「そうだな、じゃあ新しいクローンの追加を要請しておくか」

 



 

 




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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い視点でショートショートらしいオチのある作品だと思いました。 [一言] とても良い作品をありがとうございます。
[良い点] 見方によって多くの答えが隠され、いろいろ考えさせられる話として楽しめました。ありがとうございます。 [一言]  いろいろ考えた結果として、「20年前の俺を見ていた」のようなラストもありかな…
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