異世界から留学してきたエルフさんと仲良くなったら、異世界に召喚された
異世界アルブヘイムとの交流が始まって、数年。
最初こそマスコミがあれやこれやと大騒ぎだったけれど、異世界の人たちのコミュ力がすごいのか、こちらの人々が慣れてしまったのか、異世界の人々はあっという間にこちらの芸能人と同じような存在へと変わっていった。
そもそも、何故異世界の人々がこちらに来るようになったのか。
それは、向こうの世界が滅びてしまうのを回避する為らしい。
元々はよくある異世界召喚系の物語のようにこちらの人が異世界に行ったらしいんだけど、召喚された人はこちらの世界と交流を持つことで滅びを回避できるだろうと計画し、色々あって王様になったりしながら、ついに異世界とのゲートを作ることに成功。
その結果、ちょっとしたアイドルのように異世界の人達は受け入れられて、日本の様々な場所で働いたり学んだりしている。
だから、僕がいる学校に、エルフがいてもおかしくないのだ。
(まぁ、いるってだけで特に付き合いがあるわけじゃないけどね)
異世界の人を受け入れる制度の一つとして、抽選で選ばれた学校に一年間留学生として特定の授業に参加し、こちらの世界について学び、元の世界で役立てる。というものが数ヶ月前に出来たらしい。
そのため、どこの学校が選ばれるのかニュースにもなっていたほどだったけど、まさか自分が通う学校だとは思いもよらなかった。
ただ、最初こそテレビに出ている異世界の人たちが来ると話題になっていたが、異世界の人たちの順応力が高いのか、それともこちらの人たちは飽き性なのか、あまり騒がれることもなく普通の学生と変わらない生活をしているらしい。
らしいというのは、クラスが違うせいで交流がないから噂でちょっと聞いただけだから。
(クラスが一緒だったとしても、僕みたいなやつは遠くから見ているだけだろうけどね)
この間までは確かにそう思っていたし、今もその方が絶対にいいと思っているけれど。
「あの、返却、です」
「はい、ありがとうございます」
とあるきっかけから、目の前にいる緑色のストレートヘアーでとんがり耳のエルフさんと話をする関係になってしまった。
(……なんでさ)
本当になんでだろう。
今彼女が図書室に来ているのは、借りた本を返しに来ただけなんだろうけれど。
「……すいません、何かオススメの本とかありますか?」
こんな質問をされるのも、図書委員として本の貸し出しをしているカウンターにいるだけだから。
それ以外の理由なんてない。
でも、自意識過剰で妄想しがちな年頃の僕は、ついつい何かあるんじゃないかって期待してしまう。
「そうですね……。この本のヒロイン側からの視点の話があったはずなんで、それとかどうですかね」
「それ、早く読んでみたいです。どちらにあるんですか?」
「同じ作者さんで本棚にまとまっているんで……えっと、また取りましょうか?」
「お、おねがい、します……」
もちろん何もないんだけど。
妄想していたことを顔に出さないようにしながらエルフさんに相槌をして、僕はカウンターの中にある作業用の椅子から立ち上がる。
ほぼ同じ視線だったエルフさんは、僕が立ち上がると一気に小さくなる。
そう、エルフさんは、平均的高校2年生の身長より小さい160cmの僕より低い。かなり低い。
ちょっと見下ろすと頭のてっぺんが見えるから、130cmくらいだろうか。
(世界が違うかっこ物理。なんてね……)
非常に小さいエルフさんの噂は聞いていたけど、改めて本人を見ると本当に小さい。
小さくて、可愛い。
でも、僕がエルフさんと初めて会った時のエルフさんは、もっと可愛かった。
こうやって本を取りに行くたびに、その時のエルフさんの事を思い出す。
・ ・ ・
その日、たまたま図書委員として貸し出しカウンターで本の整理をしていた僕は、誰かが図書室に来た事にすぐに気付いた。
図書室の戸の立て付けがあまりよくないので、慣れてないと大きな音がしてしまうのだ。
音に驚きながら恐る恐る図書室に入ってくるエルフさん。
貸し出しカウンターからエルフさんの様子はよく見えたけど、恐らく初めて入る図書室に興味津々なエルフさんは、僕には気付いてないみたいだった。
エルフさんはそのまま周囲をちらちらと見ていたけど、勉強や読書用に用意されてあるテーブルにも、エルフさんがいる位置から見える本棚の方にも人はいない。
まもなく下校時刻という時間だったために、普段図書室を利用している人たちは帰っていて、この時は誰もいなかったのだ。
その為、誰もいないと勘違いしたエルフさんは、楽しそうに微笑みながら本棚の間を行ったり来たりして色んな本を見ていた。
異世界の事情は知らないけど、あまり本がないのだろうか。
気になる本を取ってはちらっと見て戻し、明確に借りたい本はないけれど、とりあえず借りようか。
そんな感じで本を選んでいた。
本に夢中なエルフさんを邪魔しては悪いので、このままひっそりとしていた方がいいだろうと思い、あまり見つめないようにしつつ、僕は貸し出しカウンターで音を立てないように作業を続けることにした。
そして、それは起こってしまった。
卒業生が本を寄贈しに来ることもあって、我が校の図書室は本棚の一番上の棚までたくさんの本が並べてある。そして、本棚は一般的な高校生が利用する事を想定したものが用意されていた。
この事から、それは、起こってしまったのだ。
最初は、カタカタと何かを動かす音が聞こえた。
踏み台を動かす音のようだったので、エルフさんが上段の本を取るために踏み台を動かしたんだろうと思い、それほど大きな音でもなかったから注意とかはせずに、僕は作業を続けた。
でも、すぐにガタッガタッと踏み台を使っているとは思えない音が聞こえてきた。
他に図書室を利用している人もいなかったし、踏み台を使っていたのはエルフさんではないかと思ったから、図書委員としての仕事の一環として静かにしてもらうように声をかける為に、音がする方へと向かった。
図書室の奥の方から一定の間隔でガタッガタッと音が聞こえてくる。
エルフさんは何をしているんだろうか。
一番の奥にある本棚の一歩前で僕は息を潜める。何の音なのか検討がつかない僕は不安と好奇心で胸がいっぱいになりながら、音がする方をのぞきこんだ。
そこには。
エルフさんが。
踏み台の上で。
はねていた。
それは幼い子どもがお菓子売り場で、目当ての物が手に届かないところにあった時のように。
絶対に届かないと分かっているのに、手を伸ばして、それを取ろうとしている。
ものすごく、必死な顔で。
(これが、尊い……)
そんな事が頭の中でいっぱいになった僕はつい声をかけそびれて、ただエルフさんを見つめてしまう。
その視線にエルフさんはすぐに気付いてしまった。
いつから分からないだろうけど、自分の恥ずかしい行いを見つめられていると気付いたエルフさんは、たちまち顔が赤く染まる。
(恥ずかしくて赤く染まるって、本当なのか……!)
エルフさんの肌が、とても白いからだろうか。
頬だけではなく、首のあたりから赤く染まって、すごくかわいい。
そのままうつむいてしまうエルフさん。
うつむいてるエルフさんも可愛いとか頭が馬鹿になった僕だったけど、ふと我に変える。
「あの、本をお探しですか?」
図書室にいるんだから他の用事なんてないだろうけど、直接高いところにある本を取りましょうか。というのは良くないと思い、あたりさわりがなさそうな言葉で聞いてみる。
「あ、えと、気になる本があったので……」
「どの本でしょうか? よければ取りますよ」
「その、上の棚にある、青い表紙の……」
エルフさんが言う青い表紙の本は僕が手を伸ばせばギリギリ届く位置にある本だった。
「分かりました。それじゃ、取りますね。踏み台いいですか?」
エルフさんはすぐに踏み台からおりてくれて、僕が代わりに目的の青い表紙の本を取る。
「高いところにあると取るのが大変ですよね。今日はもうすぐ図書室を閉める時間なんですが、借りていきますか?」
「は、はい」
異世界の人で見た目が違うからとはいえ、女性をじっくりと見つめて僕自身もすごく恥ずかしかったので、いつもより素早く貸し出しの手続きをとって、エルフさんに本を渡した。
「貸し出し期間は一週間です。なるべく延滞しないようにお願いしますね」
「わかりました。失礼します」
と挨拶を済ませて、エルフさんとは比較的普通の図書委員とその利用者のように別れた。
別れる事が出来た、と思う。
・ ・ ・
あの日のエルフさんの事を思い出しながら、にやけてしまいそうになる顔に力を入れる。
目的の本は特に何事もなく本棚から取って、カウンターに戻って貸し出しの手続きをすませる。
「では、貸し出し期間は一週間です。なるべく延滞しないようにお願いします」
「はい、わかりました」
いつもと同じようにエルフさんに本を渡す。
本を大事そうに抱えると、何かを思い出したかのように制服のポケットに手を入れる。
「あの。これ、どうぞ」
「えっと、これは?」
「その、いつもお世話になっているで。あちらで作っている飴です」
そういって差し出された手には、包み紙に包まれた飴のようなものがあった。
「ありがとうございます。こういうの好きなんで嬉しいです」
「それはよかったです」
そっと飴をもらうと、エルフさんはじっと僕の事を見つめていた。
「どうか、しましたか?」
「いや、その、えっと。味……そう、味のですね、感想を聞きたくてっ」
「はぁ……じゃぁ、いただきますね」
なんだかすごく飴を食べてもらいたかったようで、エルフさんは飴を食べようとする僕を真剣な様子で見つめる。
少し恥ずかしいけど、とりあえず包み紙をとって飴を口に入れる。
コンビニに売られているような飴より大きめのそれは、なんの味かはよく分からないけど普通の飴より甘くて美味しいと感じた。
「ど、どうでしょうか?」
「え、その、おいしいですね」
「おいしいだけですか? もっとほしいとか、いつまでも食べていたいとか、そういうのはないですか?」
すごい危ないモノを食べさせられたのだろうか。
質問の内容がなんだか恐ろしい。
「いや、そこまでではないですね」
「そうですか……それでは失礼しますね」
と、すごく安心した様子で図書室からエルフさんは出て行った。
本当にただの飴だったのか。
この時聞いておけばよかったのに、つい聞きそびれてしまった。
飴をもらった。たったこれだけの事であんなことになるなんて。
この時の僕には思いにもよらなかった。
・ ・ ・
それからも、ほぼ毎週本を借りに来ては飴をもらうという事が続いた。
最初の時にみたいに味の感想を聞かれることもなく、飴を渡すとあっという間に出て行ってしまうエルフさん。
たまにオススメの本の話などをしている間に飴について聞いても、そのうち売るようになるものだから教えられないと誤魔化されてしまい、よくわからないままだった。
そんな風に週一で話をして、前より確実に仲がよくなったと感じ始めた頃。
衣替えも終わり、季節は夏になっていた。
夏が来たとなれば、当然学生なら誰もが待ち望んでいる夏休みが来る。
でも、エルフさんはそうではなかったようで。
どうも長期休暇中は異世界に帰って、色々と用事を済ませないといけないらしい。
そのため、こちらに戻ってくることはほとんどないとのこと。
夏休みの間でも図書室を開けることがあるので、その時には会えるんじゃないかと期待していた僕にはちょっとがっかりな話だった。
「それじゃ、次に会えるのは夏休みが終わった後ですかね」
明日から夏休みになるために図書室は空いていなかったから、図書室前の廊下で僕とエルフさんは話をしていた。
「そう、ですね。今読んでいる本の続きを早く読みたいんですけどね」
「その続きがすごくいい感じになるんで、本当にオススメですよ」
「続きが読めないのにそんな事言うなんて、意地悪ですね」
「いや、そんなつもりはなかったんですけどね」
そんな風に話をしながら、二人で笑いあう。
初めてエルフさんと会った時には、こんな風になるなんて想像もできなかった。
僕みたいな普通のやつが、エルフさんのような素敵な人と一緒にいていいのだろうか。と、いつも考えてしまう。でも、もっと話をしていたい。エルフさんと仲良くなりたい。とも思ってしまう僕もいる。
週に一度。しかも本の貸し借りのちょっとした時間に話をするだけなのに、そんな気持ちが僕の中でどんどん大きくなっていった。
「そろそろ帰らないと」
「そうですか……それでは、よい休暇を」
話に夢中になっているうちに下校時刻になってしまったので、別れの挨拶をして、僕とエルフさんはそれぞれ帰ろうとする。
「「あの」」
帰ろうとするエルフさんを見て、ふいに何かを伝えないといけないと思い、勢いで声をかけてしまう僕。
そして、何故かエルフさんからも声をかけられて、お互いに驚いて止まってしまう。
「えっと、どうぞ」
「あ、いえ、お先にどうぞ」
勢いで声をかけてしまった上に、エルフさんと被ってしまって頭が真っ白になってた僕は何とかしゃべろうとするけれど言葉にならない。
エルフさんも同じようで、言葉が出てこないようだ。
僕がそのまま話題を見つけられずにエルフさんや図書室の方へ視線を彷徨わせていると、エルフさんが覚悟を決めたかのように僕を真っ直ぐ見つめてくる。
「あの! えっと、ですね」
「は、はいっ」
「その、飴……あの飴、もっとほしくないですか!?」
「あ、あるなら……欲しいかも?」
「じゃ、これ、どうぞ!」
と、エルフさんが手に持っていたカバンから、いつもの飴がたくさん入った瓶を取り出す。
「一日一つだけ食べてください。それ以上は色々とアレなので!」
「やっぱりこれ、危ないやつなんですか?」
「そそそそ、そんなわけないじゃないですか」
めちゃくちゃどもって怪しいエルフさん。
視線を彷徨わせたり、可哀想なくらいにビクビクしている。
とても、かわいい。
このまま色々聞けば白状してくれそうだけけど、やっぱり可哀想だし、飴について聞くのはまた今度にしようと思い、声をかける
「いつも美味しく食べてるんで、大事に食べますね」
「……はい、ありがとうございます」
そうして、今度こそ僕はエルフさんと別れて家に帰っていった。
・ ・ ・
そうして、あっという間に夏休みも折り返しとなった八月中旬。
宿題はあるけれどちょっとずつやってるし、今日は図書室の開放日でもなかったから家でダラダラとすごそうと思いながら、ベッドから起き上がった。
次の瞬間、なぜか真っ直ぐ立てずにフラフラとよろめいてしまう。
風邪でもひいてしまったのだろうか。でも、だらしない生活はしていたけれど、風邪をひくような事はしてないはず。
だんだんと視界が歪んで見えてきて気持ち悪くなってきたから、目を閉じてしゃがみこむ。
これは、ちょっとやばい病気か何かなのでは。と思うも具合が悪すぎて動けない。
(もう……だめだ)
しゃがいんでいるのさえ辛くなって、少しでも楽になるためにそのまま自分の部屋の床に倒れる。
このままだと大変な事になりそうだし、なんとか声を出して家にいる家族を呼んでそれから。とそこまで考えた時に、それまで感じていた気持ち悪さがなくなった事に気付いた。
一体なんだのだろうかと不思議に思いながら、床に手をついて立ち上がろうとする。
ふいに、何かがおかしいと思った。
自分の部屋にカーペットは敷いてあったけど、こんな色だったかな。とか、夏のはずなのに纏わり付くような暑さを感じないとか。
一つ、二つと気付くたびに、今自分がいる場所が、自分の部屋じゃないという事を肯定していく。
どうして。なぜ。と頭の中に疑問の言葉が浮かんでは消える。
さっきまでの不思議な気持ち悪さが何かの原因なのか。いや、原因よりもここはどこなんだ。
明らかに自分の部屋じゃないうえに。
誰かが、いる。
誰だ。泥棒か。誘拐犯か。それとも、もっと恐ろしい何かか。
頭の中が不安と恐怖でいっぱいになっていく。動いた方がいいのか、それとも様子を見た方がいいのか。
色んな事を考えていると、誰かの声が聞こえてきた。
「陛下! 何故、彼を召喚したのですか!」
「俺は今日、お前たちにいい人が出来たら連れてこいと言っていたのにもかかわらず、向こうにお前の魔力の気配が残っていたから呼んだだけだ。ここまで魔力をため込んでいるとは思わなかったがな」
「そ、それは……彼とは、まだ、その……」
「お前な、奥手すぎる。奥手なのはいいけれど、それにしては魔力をあげすぎだろ」
どうも、不安に思っていた泥棒とか誘拐とかではないようだ。
何の会話かよく分からないけど、陛下と呼ばれた人が僕を召喚した。ということは。
(ここは、異世界だろうか。しかも、陛下って。異世界でそんな風に呼ばれる人は一人しかいないんじゃ)
何故僕が召喚されたのか分からないけど、陛下と話をしている人は僕を知っている人なんだろうか。
でも、僕が話をしたことがある異世界の人はエルフさんぐらいのはずなのに、陛下と話をしてる人はエルフさんの声に似ているけど違う気がする。
「てか、少年。起きてるんだろ? ちょっと俺の質問に答えなさい」
陛下と呼ばれた人に声を掛けられた。
流石にこのままでいるのはまずいか、いや、でも。どうする。
「取って食おうってわけじゃないから、安心しなさい。てか、これでまだ寝てたら、俺が残念な人になっちゃうから、助けるつもりで起きて?」
と陛下らしき人がおどけたように言うと、周囲にいた他の人たちの笑う事がかすかに聞こえてきた。
よく分からない状況だけど、大丈夫かもしれない。
そんな事を思いながら、僕は立ち上がって陛下と向き合う。
「さて、少年。いきなり呼んで悪かったね。ちょっと聞きたい事があったから呼んだけど、話が終わればすぐ元に戻すと約束しよう」
「ありがとうございます。陛下」
「いや、少年。君は俺の臣下じゃないから陛下なんて呼ばなくていいよ。そうだな、おうのさんとでも呼んでくれ」
「おうの、さん」
「うん、最近ちゃんと名前を呼ばれてないからね。応野 道行。こちらの世界の王様をしています」
よろしくね。と笑うその人は、正直王様というイメージからは遠い人だった。
優しそうな顔と、日本ならどこにでもいそうな黒髪。
でも、異世界風とも言うべき服装と、すごく立派な玉座に座る彼は、まさしく王と呼ばれるべき人のようにも見えた。
「えっと、それじゃ、応野さん。どうして、僕はここに呼ばれたんでしょうか」
「うん、それじゃ、さっそく理由を話すとしようか。エル=フィーネ=ユグドラシル、君から言うんだ」
「わ、私からですか!?」
応野さんに呼ばれた人は、僕よりも背が高く触れたら折れてしまいそうなほど細い体で、こちらの世界にもあるようなドレスを身にまとっていた。
エルフさんのような緑色のストレートヘアーで、よく顔を見るとエルフさんに似ている気がした。
「まってください。その心の準備が出来ていないので、もうしばらく……」
「いや、待てない。エルフのしばらくは年単位なんだから、人間である彼にはあまりにも時間が掛かりすぎる。それとも俺から言おうか?」
「いや、その。ええと……」
綺麗な人が慌てている姿は、とても可愛らしいけれども、これはどうしたらいいのか。
僕としては、起きたばかりの姿でとても大事な事を言われるも少々恥ずかしい。
けれども、そんな事を言う空気ではないようで。
「わかりました。今伝えます……」
「うんうん、がんばって」
応野さんの楽しそうな声とは反対に、エルフさんにそっくりな人はすごく緊張しているというか、やるせない気持ちを抑えようとしているような、複雑な感じに見える。
「その、トショイインさん。私が分かりますか?」
「えっと、僕は確かに図書委員だけど……どなたですか?」
「毎週、本を借りにいっていた……」
「……待って下さい。いや、僕の方こそ時間を下さい。心の準備をさせてください」
(まてまてまてまて、これは、どういうことだ)
僕を図書委員と呼び、毎週本を借りに来ていた異世界の人なんて一人しかいない。
でも、目の前の人とエルフさんでは、見た目があまりにも違いすぎる。
どういうことだ。なぜだ。
こちらに来てしまった時のように頭の中を色んな事が駆け巡る。
「そう、ですね。こちらの姿では初めてですよね。少々お待ち下さい」
そういうとエルフさん似の人は目を閉じて、両手を祈るように合わせる。すると、まるで魔法のように体が光り輝く。
あまりの眩しさに目を閉じる。彼女は一体何をしようとしているんだろうか。
「いきなりすいません。これなら分かりますか」
エルフさんに似た声ではなく、エルフさんの声がした気がした。
いや、これ、目を開けていいのか。開けたらとんでも無い物が見えるんじゃないか。
どうなんだ。服とかどうなるんだ。
どこまで言っても思春期でスケベな僕。
「あの、トショイインさん」
「は、はい!」
エルフさんの不安そうな声に、思わず返事をして正面にいる彼女を見つめる。
そこには、毎週本を借りに来ていた小さくて可愛いエルフさんがいた。
服は、ちゃんと着ていました。
「これで、私が誰か分かりましたよね」
「はい。その、最初は誰なんだろうかと分からなくて、すいません」
「いえ。あちらの世界は魔力がほぼないので本来の姿でいると疲れてしまうんです。逆にこちらで小さい姿でいると窮屈なので、元に戻りますね」
と言うとエルフさんは、先ほどと同じように手を合わせてピカッと光って、元に戻った。
異世界すごいな。
改めて、本当の姿のエルフさんと向かい合う。
小さい姿の時にはふっくらとしていた頬はなくなり、可愛いより綺麗という言葉がよく似合う姿で、しかも、僕よりも背が高い。
「おーい、はやくはなしをすすめてくれー」
「ちょっとした事前説明じゃないですか! これくらい待って下さい」
応野さんのやる気がない声が聞こえる。
エルフさんと向き合っているので、僕の後にいる形になっているんだけど、ちらっと振り返ると肘掛けによりかかって、ちょっと楽しそうにこちらを見ていた。
「では、その、改めて。図書委員さん」
「は、はい」
「私たちが、あなたの世界に行っていた理由はご存じですよね」
「はい、その、ニュースとかになっていたし」
そう、エルフさん達が僕らの世界に来ていたのは、異世界が滅ぶ可能性が出たからそれを回避する為だったはず。
「あれは、少し違うのです」
「どういうことですか?」
「ええと、ですね。つまり、その……」
まるで初めて会った時のように頬を赤く染めて、少し潤んだ瞳で僕を見つめる。
「む…」
「む?」
「むことり、のためなんです」
「むことり?」
「はい、私の……」
はて、むことりとはなんだろう。いや、とぼけるのはやめよう。
むこ、とり。婿、取り。
つまり。
「エルフさんの、結婚相手、ですか?」
エルフさんは、頷いた。
僕は、今この場にいる理由を大体把握した。応野さんに呼ばれた事。エルフさんが目の前にいる事。
きっと長期休暇を利用して、近況報告等をしなさいという事なんだと思う。
しかし、夏休みに入る前まで比較的仲良くしていたとはいえ、そういう関係になるほどではなかっはず。
顔だって目と鼻と口と揃ってはいるけど、整っているわけではない。こちらのエルフさんと比べると身長だって低い。
何故。その言葉が僕の頭の中でゆっくりと増えていく。
エルフさんは、まだモジモジと恥ずかしそうに手を組んだりほどいたりしていて、答えてもらうには時間が掛かりそうだ。
「僕……なんですか?」
「……はい」
蚊が鳴くような、というほど小さな声でエルフさんは応えてくれた。
「どうして……」
「あめ、たべてくれました……よね」
「はい。え、それだけで?」
「あの飴は、とても特別な飴なんです」
「特別……」
何かに選ばれた。
そういうことなんだろうか。
だとしても、飴を食べただけで何が分かるのだろうか。
「何が、特別なんですか?」
「それは……その……」
さらに顔を赤く染めてしまうエルフさん。
なんだ、一体あの飴に何があるというんだ。
「あ、あの飴は……」
恥ずかしそうにしているエルフさん。
少し、いや、かなり焦れったい。
と思った瞬間、うつむいていた顔を上げて、まっすぐ僕を見つめる。
エルフさんの瞳に、僕が映って見えた。
「私と! 子作り出来るかどうか確かめるものなんです!」
「は?」
異世界に来てから、驚かされてばかりだけど
これは流石に理解が追いつかない。
「トショイインさん! 私と、子作りして下さい!!」
「は、はぁ……え?」
「王!いえ、お父様、許可をいただきました! 部屋に帰らせて頂きます!」
エルフさんが応野さんにそう告げると、僕と手を繋いで先ほど体を伸縮させた時のように魔法の光がエルフさんの体を覆う。
手を繋いでいる僕も、エルフさんの魔法の光に一緒に包まれていく。
包まれる方になっても光は眩しいみたいで、ぎゅっと目を閉じる。
目を閉じる直前、応野さんが何か言っていたような気がしたけど、気のせいかな。
・ ・ ・
一瞬こちらに来た時のような気持ち悪さを感じたけど、すぐに消えた。
どこかに移動したのだろうか。
「……図書委員さん、本当にすいません」
エルフさんの声がしたので、目を開けてみる。
そこは先ほどまでとは違う部屋のようだ。魔法で移動したという事なのか。
「いえ、大丈夫ですよ。えっと、ここは?」
「私用の応接間です。あの場にいるはちょっと……」
「あー、そう、ですね……」
あのままでいたらどう扱われるのかちょっと想像がつかないから、正直助かったと思う。
一息ついたので、先ほどまでの事を頭の中で振り返る。
僕にとっては突然の出来事だったけど、エルフさんはこうなる事を知っていたんだろうか。
「その、さっきの話をもう少し詳しく聞かせてもらいたいなぁって思うんですけど……飴の事とか。その、こ……いや、婿取りの事とか」
「そ、それは、その……誰でもよかった……とかでなくてですね?!」
なんだか、ちょっと不穏が言葉が出てきた。
いや、むしろ誰でもよかったと言う言葉の方が納得できる自分がいて悲しくなる。
「さ、最初はそういう部分もあったのは否定できないんですけどでも今はそうじゃないというか」
「エルフさん。いえ、エル=フィーネ……さん」
「は、はいぃ!」
語れば語るほどエルフさんがどつぼにはまっていきそうだったので、思わず声をかける。
応野さんが呼んでいた名前だと思われるもので声をかけてみたけど、大丈夫そう。
今のちょっと慌てているエルフさんを見て、僕は今こそ自分の気持ちを伝えるべき時なんじゃないかって思った。
「ぼ、ぼくは、その、どんな理由でも、え、エル=フィーネ、さんの事が……」
しかし、肝心の口は動いてくれない。
一言伝えるだけでいいのに、唇は震えて、舌をかみそうになり、喉が乾いてくる。
誰でもよかったとか、不思議な飴の事とか、色々気になる事はある。
それでも。
「ぼくは……あなたのことが、すき、なので。全然大丈夫っていうかそのいつでもいいというか」
言えた、言えたぞ。
僕はエルフさんに、エル=フィーネさんに気持ちを伝える事ができたんだ。
そのあとは、ちょっとしどろもどろになってしまったけど。
そして、その相手であるエル=フィーネさんはというと、いつかのように顔を赤く染めてこちらを見つめている。
「あの、その、あ、ありがとう、ございます……わ、わたしも……」
エル=フィーネさんが返事をしてくれる。色んな事情はおいといて、彼女の思いを知る事が出来る。
と、いう所で、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「お嬢様。お戻りになられたようなので、お飲み物を用意しました」
「わ、わかりました!」
エル=フィーネさんが返事をすると、あっというまにメイドさん達が入ってきて、飲み物やお菓子を用意していく。
何故か僕の分も用意されてあって、部屋の中央にあるソファへと案内される。
突然の出来事にあっけにとられて、メイドさん達にされるがままエル=フィーネさんと向かいあう形で座る。
「転移で戻られたので、少々遅くなってしまいましたが、どうぞ。もちろんお客様もゆっくりなさってください」
と伝えて、メイドさん達は部屋を出て行った。
見つめ合う僕とエル=フィーネさん。
目の前には、紅茶のようなモノが入ったすごく立派なカップと、こちらの世界でも見た事があるようなケーキらしきものが高そうな皿に乗っている。
「い、いただきます」
「ど、どうぞ」
喉がかわいていた僕は、お茶をいただく。
正直味は分からないし、喉が潤ったかと言われると微妙なところ。
エル=フィーネさんを見ると、彼女もとりあえずお茶を一口飲んでカップを元に戻す。
視線が合うと恥ずかしくてそらして、同時にお茶を一口。
そんな事を数回繰り返した時。
「……えっと、そう。トショイインさんは暑くないですか?」
「いえ、全然暑くないですよ? むしろ、日本と比べたら涼しいくらいなんですけど」
「それは……」
何かを言いかけたエルフさんは、慌てて自分が飲んだティーカップを手に取り魔法の光をかける。
眉間にしわを寄せていたエル=フィーネさん。そして、魔法によって何かに気付いたのか、慌ててメイドさんを呼ぶけれど誰も応えない。
あまり良くない空気を感じて、エル=フィーネさんに声をかける。
「あの、どうしたんですか?」
「いや、えっと、そのですね……」
「なんだか、顔が赤いようですけど大丈夫ですか?」
エルフさんの顔は、先ほどよりさらに赤くなっていた。ただ赤いというより艶があるというか。
一体どうしたんだろうか。
「体の調子、よくないんですか? 熱とか……」
「だ、だいじょうぶ! だいじょうぶですから、その、いまはあまりちかづかないで……!」
というエル=フィーネさんだけど、呼吸も荒いし目もどこか虚ろでとても具合が悪そうだ。
心配になってソファから立ち上がらり、エル=フィーネさんに近づく。
「……エル=フィーネさん?」
「だから、その、いまはちかづかないで……おねがいだから……いまちかづかれると……」
エル=フィーネさんは、両腕で体を抱えて何かに耐えるように身を縮ませている。
小さい声で何かを言っているけれど、非常にまずい状況のように見える。
このままでは危ないかもしれない。
近づかないでと言っているけれど、僕はエル=フィーネさんに手を伸ばした。
確かにエル=フィーネさんに手を伸ばしたはずなのに、気がついたらエル=フィーネさんに押し倒されていた。
「……と、トショイインさんが、わるいん、ですから……」
「えっと、エル=フィーネさん?」
何かがおかしい。
具合が悪いとかそういうやつじゃない。
これは、もっとまずいやつなんじゃないか。
具体的にいうと、僕の貞操がやばそう。
「エル=フィーネさん? どうしたんですか、エル=フィーネさん」
エルフさんに問いかけるけれど、返事はなく、じっと僕の事を見つめている。
こういうことになる妄想していたことがないかといえば嘘になる。でも、こんな状況は流石にない。
どうなってしまうんだ。
『おーい、少年ー。だいじょうぶかー』
「応野さんですか!? ちょっと今まずい状況なんですけど!」
押し倒された時の音でメイドさん達が呼んでくれたのだろうか。
どこからか応野さんの声がする。姿は見えないから、魔法か何かで声だけ送っているのだろうか。
何にせよ、これで助かった。
助かったと思った。
『エルには媚薬がバッチリ効いているみたいだねー。いやー、よかった』
「……なんですと?」
『いや、それ、俺の仕込みなんだよ』
「どうして?!」
『んー、コトが終わったらちゃんと話すからさ。さぁ、据え膳どうぞー』
「ちょ、ちょっとまってください!!」
救いの手は、とどめの一撃だった。
むしろ、応野さんが黒幕だった。
「としょ、いいん、さん」
「エル=フィーネさん……」
潤んだ瞳は怪しく輝いて、こちらを静かに見つめている。
エル=フィーネさんは、そっと目を閉じて、キスをせがむように唇を突き出す。
(僕は、どうしたらいいんだ……!?)
読んでいただきありがとうございます。
自分が楽しめるものを、楽しみながら書きました。
この後は、正規ルートとして、エルフさんとらぶらぶ交尾。子どもは何人がいい?みたいな話と、とらぶる的にエルフさんの9人の姉妹から、大切な姉(妹?どっちにしようかな)を取りやがってとラッキースケベしながら、和解してく話を妄想しました。
話を描いている間に、主人公が通っている高校が出来るまでの話と、異世界の王になった応野 道行さんが異世界に来てから5人の妻と10人の娘が出来るまでの話のプロットは出来たけど、話としてちゃんと書くかは気分次第かなぁ
次に書きたいものもちょっとあって、何年も前から妄想している「夏休みが来たら世界を救いに行こう」というフレーズを軸にした話を、もう少し形に出来ないかとさらに妄想中です。
今回の作品はちょっと自信作なので、読んだツイート、ポイント等をいれてもらえるとめっちゃ喜びます。
めっちゃ喜びます。
ダメなところの指摘も、たぶん喜べる……はず。
感想……いや、読んだツイートだけでいいので、待ってます!!!!