彼女からの電話
スイマセン、少し短いです。
お互い遅番で無ければ、綾乃からいつもの時間帯に電話が入る。
「おす」
『……』
返事がないな、とスマホの向こう側に彼女の気配を感じつつ反応を待っていると、
『おいっす!!』
飛び切り元気な、オヤッサンみたいな返事が返って来た。
おや、と思う。
「元気だな?」
何となく声に活力が漲っているような気がしたからだ。
やはり最近かなり堪えていたんだな、と改めて思う。今日の声は腹から出ているようにしっかり響いているような気がする。
自分は他人の機嫌などを、あまり気にしない性質だと思う。
けれども好きな物に関しては、どんな些細な事にもつねにアンテナを張ってしまう習性を持っている。人の機微に疎い筈の俺が綾乃の変化には敏感になれるのは、つまりはそう言う事なのだろう。
仕事を頑張っている彼女が好きだと思った。
実際その現場を目にして、ますます心惹かれた。
だけどもう、それだけじゃない。この二年間ずっと聞いて来た明るい声、落ち込み切った暗い声、冗談を言うおどけた口調、調子に乗って浮かれた小さな自慢話でさえ―――全部耳に心地良く感じてしまう。
もう、既に俺は『綾乃マニア』と言えるかもしれない。
だからもし彼女が、人間関係に傷つき仕事を諦めたくなったとしても―――俺の綾乃に対する気持ちは変わらない。もうこれは立派な執着だ。
薄々分かってはいたけれど、本田と同じでどうやら俺は女に対しても―――オタクでシツコイ性質らしい。
いや、きっと綾乃だからだと思う。
それほど女性と話す機会も多くは無かったし、自分から話し掛けたいと思えるような女はいなかった。だけど数少ない経験を総動員しても、これまで出会ったどんな女より―――彼女ほど俺の目を惹き付け続ける存在はいない。
傍にいたい声を聴きたいという自然な欲求が、常に俺の中に存在するのを感じる。
そして触れるたび、顔を見るたび思う。声を耳にするだけで―――些細な変化を楽しんでしまうくらいに、俺は『綾乃』オタクになってしまった。
切っ掛けは友人の婚約だった。
だけどもう心は決まってしまっている。
綾乃以上に一緒にいたいと思える女は今後、現れないだろう。
だからもし、綾乃が望むなら―――直ぐにでも。
電波にのった信号を解読し、スマホが再現した綾乃の声ソックリそのもの音声が、ゆっくりと発せられ、俺は固唾を呑んで耳を傾けた。
『私ね……』
息を詰めて、彼女の次の言葉を待つ。
「……何?」
すこし緊張で擦れてしまったかもしれない。けれども努めて平静を装った。
綾乃がどんな弱音を吐こうと受け止める覚悟はある。
『仕事―――もっと頑張る……!』
は……え?
『愚痴ばっかり言って甘えてゴメンね。これからもっと、トコトン、グラウンドスタッフのお仕事を追及して―――高志の横に並んでも見劣りしないくらい―――立派なグラホを目指すね!!』
次話、最終話となります。