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再び小汚い居酒屋で、イケメン王子と落ち合った。


ちなみに笑っちまうが、本田は陰で『王子』と呼ばれているらしい。二十五のいい大人に付ける呼称じゃないだろう。面白過ぎる―――と揶揄って俺が呼ぶと、すっげー苦々しい顔をされた。思えば大学でも同じ学部の女子が言っていたな、他の学部の女子が本田をそう呼んでいるって。


「はい、例のモノ」


本田が分厚い封筒を差し出した。


「サンキュー」


受け取って直ぐに、俺はその茶色い封筒を鞄にしまい込んだ。


「今見ないの?」

「……こんな所で見れるワケないだろ?」

「そおかあ?」

「恥ずかしーだろーが」

「慣れだよ、慣れ」


本田がニシシと嗤った。

絶対、揶揄っているだろう!きっとさっき顔を合わせた時「よっ!王子」と呼んだ腹いせだと思う。


「でも、雪谷さんに事前に確認した方が良いと思うよ。事前に用意するってシチュエーションよく聞くけど、サイズだけ合ってても危険だと思う。結構人によって好みって分かれるから―――男にはやっぱピンと来ない部分が多いし」

「お前達はどんなの選んだんだ?」

「んー……色々見たけど結局、国産メーカーになった。ちょっと変わったデザインなんだ。『にわか』ってメーカーに彼女と同じ名前の指輪があってさ。漢字は違うんだけど。―――暫く他の店回って迷っていたけど、それ見たら一発で決まったよ」


なんの話をしているのか、分かる人には分かると思うが……つまり婚約指輪の話だ。受け取った封筒の中には、本田と彼女が見に行ったジュエリーショップのパンフレットが入っている。それに結婚情報誌―――今まで結婚のケの字も思いつかなかったから、一体どんな手順を踏むのが一般的なのかって事さえ想像出来ない俺に、本田が古本を回してくれたのだ。本屋で男が一人で結婚情報誌を買う図は、イメージするだけで痛すぎるから非常に助かった。


「とにかく何から手を付けていいか分からん。本田ん所は付き合い長いからスムーズだったんだろ?」

「いや~全然?結婚の挨拶こそ『今更?』って言われたけど―――とにかく一緒に住みたいから式の前に籍を入れて新居に引っ越したいって言ったんだ。そしたら大反対されてさ」

「え?小学校から付き合っているのに?相手の親が嫌がったのか?」


そう言えば前も言ってたけど改めて意外に思った。

反対するなら、もっと前に反対できただろうに。


「いや、反対したのはウチの親だけ。前に言っただろ?俺より彼女の方が大事にされてるって。彼女、小学校から家に出入りしているから、俺の母親も兄貴も思い入れが強くってさ。その雑誌も兄貴が買ったモンだから。パンフレット集めたのも、そう。実際見て決めたのは、俺達二人でやったんだけど、事前に振るいに掛けられてるし。―――婚約指輪買って、結納交わして、式場選んで―――ほぼ母親と兄貴が舵とって指示して、俺達は言われた通りあちこち行って、その二人が選んだ中から彼女の好みに合うのを探したってだけ」

「はーっ……それって、結構特殊なケースじゃないか?」

「どうなんだろ?兄弟の中で俺が一番先に結婚するし、友達で結婚している奴まだいないから分からないなぁ。あと俺のウチ、昔からの付き合いが多いし母親の仕事関係もあって、俺達の面識のない招待予定の客がわんさかいるんだ。もう二人の為って言うより、ほとんど結婚式は家の為にやるようなモンで―――正直、俺もだけど……彼女もかなり戸惑ってるよ。母親は自分の娘のお披露目だと思ってるし、兄貴は妹の晴れ舞台だと思ってるらしいから、力入りまくってるし」

「ふーん、結婚って思ったより、大変なんだなぁ」


俺が溜息を吐くと、本田が笑って言った。


「人それぞれだと思うよ?雑誌にも書いてあるけど、親しい人だけ貸し切りのレストランに招いて人前で婚姻届にサインするって場合もあるらしいし、家族だけで沖縄とかハワイで式を挙げるパターンもあるって。中にはドレス着て写真だけ撮るってカップルもいるみたいだし」

「詳しいなぁ」

「つか詳しくなった!こんな特殊な市場があるなんて、結婚するって決めなきゃずっと知らなかったし。専門の雑誌があるなんて事も知らなかったよ」

「ホントだな。俺なんか下手したら自分は一生関わらない世界かと思ってた」


肩を竦めると、イケメン王子がニヤリと目を細めた。


「そうだよなー。なんたって『飛行機が恋人』だったもんな、万里小路までのこうじは」

「今も大して変わらんけどな。一日中飛行機ばっか」

「彼女も飛行機関連だしな」

「そう言えば……そうだな」


改めて考えると、恵まれているかもしれない。


同じ職場じゃなければ理解して貰えない部分も多かっただろう。お互いさまだから当り前なのかもしれないが、確かに今まで仕事の忙しさについて彼女からクレームを付けられた事は無い。早番遅番と時間も不規則で、休みも不定期。プライベートも勉強で忙しいし……きっと普通のOLと付き合ってたら、大学時代の二の舞でアッと言う間に振られていただろう。二年も付き合いが続いているのは、同じ職場ならではと言う気がする。


「ウエディングケーキも飛行機型にするか?」

「お前の結婚式もそうなのか?」

「いや」


本田は首を振った。


「俺の希望は全く聞かれていないから。……実際式のスーツや袴の試着も、似たような体格の兄貴がしたし」

「え?……誰の結婚式だっけ?それ」

「……」




本田は黙った。そしてボソリと言った。




「彼女と―――ウチの母親と兄貴の結婚式、たぶん……」




同情を籠めた眼差しを送ると、本田は爽やかに笑った。




「いいんだ、彼女が満足してくれれば十分だから。結婚式は『新婦の為のモノ』って言うしね」




やっぱ、コイツ『王子』だなぁ!―――とその時俺は思ったのだ。



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