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切っ掛けは何ですか

電話の向こう側で顔の見えなかった主人公綾乃の彼氏、高志視点の裏話です。

男が結婚を意識する切っ掛けは色々あるらしい。

昇進で経済力に自信が付いた時、転勤で彼女と遠距離になりそうな時、甥っ子や姪っ子に接して『子供っていいな』と実感した時、親に『孫の顔が見たい』と言われた時……などなど。


俺の場合は、大学の同級生の本田が切っ掛けだった。


二十五歳―――就職して三年が経過し何とか仕事に慣れて来たばかりのそんな時期に結婚について考えるのは、男にとっては早すぎるかもしれない。

だけど同い年の本田が航空大学を卒業し、俺が整備士を勤める航空会社にパイロット訓練生として就職する事になり―――直後に婚約したと聞いて、何となく結婚について考え始めるようになった。




「結婚って―――早くねぇ?」

「そうか?俺は『やっと』って感じだけど」




本田は半年の地上勤務で、現在俺の彼女と同じ部署にいる。所謂いわゆるグラウンドスタッフってやつで、搭乗客のチケットや荷物を確認したりそれこそ空に飛び立つ前の様々な確認や事前準備を行っている。

俺は親しく無い相手と余り口をきかないし、周囲に自分の事を積極的に宣伝するタイプでは無い。本田もおしゃべりな性質タチじゃないから、俺達が同級生だと言う事はまだおおやけには知られていない。三日と開けず電話をくれる彼女にも実はまだ打ち明けていない。プロフィールを確認すれば同じ大学、同じ学部出身って事は分かる筈だから尋ねられれば答えるけど―――聞かれていないのでまだ話していない。彼女は結構なおしゃべりで、大体俺は聞き役だ。二人とも仕事に勉強にとなかなかに忙しいので、彼女の話を一通り聞いたらもう寝る時間だ。まあそんな情報伝えた所で仕事に影響がある訳では無いし、相手が気付くまで黙っていようと思っている。いずれ分かる事だろうし、それほどガチで本田と彼女が組んでいる訳では無い様だし。


本田と久し振りに杯を交わしたのは、小汚い居酒屋だった。

間違っても日頃から身なりを綺麗にしているグラウンドスタッフやCAが寄り付かないような場所だ。学生の頃は、本田とこんな安居酒屋に長い時間居座ったりする事もあったから懐かしい気分になる。


「大学の時付き合っていた幼馴染か?……それとも、別の?」

「まさか!同じだよ。小学校からずっと付き合ってる。航空大行ってかなり遠回りしちゃったからね。本当は大学出た時点で籍を入れたいくらいだったんだけど―――ウチの親も兄貴も彼女の事めっちゃ可愛がっているから、結婚式ナシとか学生結婚とかNGだったんだよね」

「よくそんな長く付き合えるよなぁ」

「俺オタクだからね。一旦嵌るとしつこいんだ」


本田の言い方がおかしくて思わず笑ってしまう。整った爽やかな笑顔に偏執的な台詞が似合い過ぎだ。こういう所が面白いんだよな、コイツ。


「違いない。それに掛けちゃ俺も同類かも」


つーか単に彼女一人で手一杯って感じだけど。


俺の彼女は、パワフルで元気が良くておしゃべりで一所懸命。とにかく感情豊かで、良きに付け悪きに付け感動したり動揺したり忙しい。ほとんどネタは仕事の事ばかりだけどな。とにかくそんな彼女の相手をしていたら、他に目を向ける余裕なんてほとんどない。それ以外は全部仕事と資格取得の勉強に向けてるし。

性格は正反対の俺達だけど、お互い仕事人間って所は気が合っていると思う。だからこそ付き合えるのかもしれないけれど。


「え?彼女いんの?それとも飛行機の話?」


大学時代教養課程で出来た彼女には、研究と趣味を優先し放置した所為で振られた。以来俺の彼女は飛行機だけだと揶揄うのが大学時代の悪友達の定番になっていた。『航空ファン』を名乗るのは烏滸がましい程度の嵌り具合なのだが。ちなみに雑誌の『KOUKU=FAN(こうくう ファン)』は未だに定期購読している……え?十分オタクだって?


「……彼女は出来た」

「どんな?」


興味深げに本田が身を乗り出した。


「んー?どんなって……仕事好き?」

「へー……じゃあ職場絡み?」

「うん」

「もしかして俺、知ってる人?」

「……うん」

「誰……?」

「雪谷綾乃」

「えっ……雪谷さん……?グラウンドスタッフの?!彼女……結構年上じゃない?」


仕事優先の彼女は短大卒六年目。上には上がいるが、指導係を任されるくらい精通している。少しキツメの冷たい容貌と仕事慣れした様子で、職場では年上にみられる事がほとんどだと言う。その方が都合が良いと笑っていたけれど、素の彼女は一つ年上とは思えないほど惚けている所がある。まるで仕事中に彼女の『キチンとした大人っぽい成分』を使い切ってしまったみたいに。


「いや、年上って言っても一個だけ。彼女短大卒だから」

「へー、彼女迫力あるよね。あの仕事振りで一個上?俺、万里小路の彼女に指導して貰ってたんだなぁ……」


そう言われると不思議な気分だ。

学部一優秀だった本田の指導係が、短大卒の俺の彼女とは。いや学歴をどうこう言うのはあまり好きでは無いけれど……仕事ってやっぱり色んな人間で成り立っているんだなって改めて実感する。学生時代の蓄積なんてほとんど役に立たないもんな。専門的な勉強をして、それに近い分野の仕事をしている俺でさえそうだ。


「かなーりお世話になっているよ俺、雪谷さんには。何聞いても整然と説明してくれるし、嫌な顔一つもしないから本当助かってる。いつもピシッとしていてカッコ良いよな」

「……お前に嫌な顔する女なんているのか?」


冗談みたいなイケメンで、スマートで優秀。そんな男に眉を顰める男はいるかもしれないが、女は皆夢中になるような気がするけど。


ちなみに綾乃はイケメンに夢中になるような女では無い。

仕事中はとにかく仕事に集中している筈だし―――まず彼女はイケメンがあまり得意では無い。ドラマとか見てても、主役より渋い脇役のオジサンに目を輝かしている。そんな彼女に好かれている俺の見た目は―――推して知るべしだ。大抵初対面で女子が寄って来る事は無い。遠巻きにされるのは怖いからか?それともノリが悪いから?見た目が酷いとは思わないけど、本田みたいな爽やかとか華やかとは縁遠い容姿をしている。ノリも重いと言うか、積極的に自分から話し掛けたりしない。

だから今(てら)い無く話せる相手は職場の同僚や親しい男友達や家族、それから綾乃くらいだ。


「いるよ?まあ、最初から俺の事気に食わないって人もいるけど、最初は凄く好意的で掌返してくるパターンが多いかな。そう言うの女の人に限るってワケじゃないけど」

「ああ……でもそれなら女相手が多いだろ?、振られた腹いせ、とか?」


そう言えば、大学でも色んな女子に絡まれていた。

上手く躱しているように見えたけど、当人にしてみれば結構大変だったのかもしれない。


「うーん……其処まで行かなくても飲み会の誘い断ったら、次の日絡んでくるとか、ね。俺試験あるから勉強優先にしてるだけなんだけど。身体検査に引っ掛かったらマズイし。まあ、気にしないで普通に接していればその内諦めてちゃんと対応してくれる人が大半だけどね。なんかパッと見『人生得してるみたいに見える』らしいよ、実際そう言われて絡まれる事もあるし」

「あ、うーん……それは分からないでは無い」


顔が好くて、金持ちで、運動神経が良くて、頭も良い。おまけに性格も悪く無い。

これじゃあ、天は二物も三物も与えてるって不公平に思うヤツはいるだろう。


「万里小路に言われるなんて思わなかった。いつも人の事なんか気にしないって、シラっとした顔しているくせに」

「確かにあまり気にはならんけど―――まあ、お前がそう言う風にみられるのは、分かる。でも尋常じゃない努力をしてるの知ってるから羨ましいとは思わんけど」

「―――」


本田が口を開けて、それから閉じてソッポを向きながら焼酎のお湯割りをチビリと飲んだ。

それから一言ポソリと言った。


「……お前って人タラシだよな」

「は?」

「普段寡黙な癖に……そんな普通の人が見ない部分褒められたら、何もかも分かって貰ってるような気になっちまう―――あっお前、その手で雪谷さん誑かしたな!あんなシッカリしたお姉さんをどうやって落としたのかって不思議だったんだよ。自分から行くタイプじゃないしさ」

「……別に誑かしてはいないけど」

「ニヤけやがって」


本田がお綺麗な顔で笑った。

ニヤけてる?

自分がどんな表情かおをしているのか想像つかなくて思わず頬を触ってしまう。


「お前に言われたくねー!彼女の話してる時鼻の下が伸びてるぞ、イケメンが台無しだ」

「それは仕方が無いな。彼女が可愛すぎるから」

「うわ~出たよ、惚気のろけが……ところで婚約したのは聞いたけど、いつ結婚すんの?」

「ん?一年後」

「はやっ、そんなに結婚したい?」

「したい。でもそれだけじゃなくて、俺パイロットになるから……」

「あー……宇宙線?」


パイロットは宇宙線をたくさん浴びるから、子供ができにくいと言われているらしい。だから早めに作りたいって人は結構多いらしい。


「そう、絶対って訳じゃないんだけど……長男でも無いし。子供は欲しいよね。だから結婚は早いに越した事無い」

「彼女はどう言ってるんだ?仕事してないのか?」

「してるよ?仕事も結構好きみたい。だけどきっと俺との結婚を優先してくれると思う」

「その自信はどっから……」

「んー、と言うかそう言うなんだ。昔から」

「もしかして『重い』?」

「いや、重くは無い。なんだろ?いつの間にか当り前になっていると言うか―――俺優先って、やっぱ変かな?普通は女の人も仕事を優先するモンか?」

「『贅沢』だなぁ!好きな仕事捨てるって、女でもかなり勇気いるぞ」


少なくとも俺は綾乃にはそんな扱いできないな。

アイツがどんなに仕事に一所懸命かって痛いほど分かっているし。

本田ってやっぱ恵まれてるんじゃないの?彼女から愛されて優先されるのを当然と思うなんて天然過ぎるにもほどがある。


「そっか……そうだよな」

「お前、もしかして今まで当り前に自分の希望通して来たんじゃないか?」

「……」


思い当たる所があるらしい。

途端に惚気る口をピタリと閉じた。


「……一所懸命やってる仕事を辞めるって、女の人もツラいかな?」

「まあ優先順位だろうけど―――少なくとも、綾乃は簡単に仕事捨てるって頷かないだろうなぁ……好きであの仕事について、色々ツラい事あってキツイらしいけど頑張ってるし」

「……」


本田は少し考え込むような仕草で押し黙った。

大分俺のジャブが聞いたらしい。こいつ彼女に相当甘やかされているな、と改めて俺は思った。少なくとも俺の彼女、綾乃は仕事をスッパリ辞めて永久就職するなんて口が裂けても言いそうもない。と言うか結婚自体したいと思っているのか微妙だ。同僚の結婚式とか寿退社とか、そう言う話題になっても次の瞬間には別の話題を口にしている。

きっと本田の彼女だって程度の差こそあれ、仕事を頑張っているなら未練があるハズだ。それに気付かないまま呑気にしている本田に、俺は少々呆れた。そう言うちょっと抜けてる処があるから、気兼ねなく付き合えるんだけど。


「あっ」


本田が顔を上げた。


「そう言えば話変わるけど―――雪谷さんって、大丈夫なの?」

「大丈夫って―――何が?」


電話ではいつも明るくて元気いっぱいだが。仕事のトラブルは大小抱えているが、それはお互い日常茶飯事だし。


「いや、俺と同期のグラウンドスタッフにちょっとやっかいな人がいてさ。その人、何だか雪谷さんにだけ異様に反発すると言うか、言う事を聞かないと言うか―――」

「そうなのか?」


そう言えば、最近深刻に悩んでいる話は聞か無かったように思う。昔は結構人間関係のトラブルについても口にしていたけれど―――。もしかして口に出さないようにしていただけなのか……?


「ちょっと訓練生仲間でも人気がある子でさ。けど男と女に対する態度がこう―――違い過ぎると言うか。仕事にはあまり興味が無いみたいで……どうやらコネ入社で親戚が幹部職員って噂があるから皆ちょっと遠巻きにしてるんじゃないかな?雪谷さん真面目そうだから、キチンと注意しているんだけど相手が悪いっていうか明らかにあっちは侮って接してるって言うか」

「……」

「何か聞いて無い?」

「うん、まだ」

「あれは、ちょっとキツイと思うよ?なんか俺に話しかけて来る時はご機嫌だから、雪谷さんに迷惑掛からないように適当に相手してるけど―――俺もその子と同時期に入った新人だから、キチンとフォローできているのか自信無いんだよなぁ。俺とシフト違う時はもっとヒドイのかもしれないし雪谷さんの負担が大きい気がして」

「……」


不真面目なコネ入社、しかもおそらくパイロット狙いの新人相手に―――グラウンドスタッフの心得なんかを、真剣に、あっつく語っている綾乃の姿がありありと浮かんだ。

不器用な手を抜けない処を俺は尊敬もしているし、何となく初心で可愛いと……思ってしまうのだけれど―――手を掛ける必要のない相手に全力投球してボロボロにならないかって言う不安はある。

何しろ彼女には前科があるのだ。以前訓練生で地上勤務の研修を馬鹿にしているような奴相手に、真剣に対応して体調を崩した時もあったから……本当はソイツは綾乃にちょっと気があって、教えて貰うのが恥ずかしかったりして反発していたってオチもあるんだが。安っい『男のプライド』ってやつらしい。結局仕事一途の綾乃の熱意は最後には通じて、そいつは少し真面まともになったと言うあんまり面白く無い結果になった。

その時は色々電話で愚痴っていたけど―――そう言えば今回は全く人間関係の愚痴について聞いていない。


俺に愚痴らないのは―――まだ余裕があるからだろうか?

それとも冗談で口に出せないくらい逆にかなり追い詰められているとしたら……?


「本田」

「?」

「お前も新人で大変かもしれないけれど―――もし綾乃が辛そうだったら、助けてやってくれないか?アイツ結構何でも自分でしようとして背負い込む性質タチなんだ。自分から頼るって言うのは―――指導係で責任のある立場の彼女には出来ないかもしれない」

「ああ、分かった」

「それと―――その女が何か仕出かしそうになったら、教えてくれないか?話を聞くくらいしかできないかもしれないけれど、状況が分かっていれば綾乃の変化にも気付けると思うし……以前、困った奴の指導係になった時体調崩したことがあってさ……」


本田はしっかりと頷いた。


「うん、俺も雪谷さんに世話になりっぱなしだから。―――お前が心配してたって、伝えとくか?」

「いや、言うときは俺から言うからいい。仕事に私情を持ち込むの嫌がると思う。つーか、逆に発奮して抱え込まれると困る。何とかアイツが職場で上手くやれれば、それが一番だし。何事も無ければ下手につつかない方が良い」


ピュウっと本田が口笛を吹いた。


そんな様子も嫌味な位カッコイイなんて、おかしいと思う。俺がやったら確実に失笑モンだ。綾乃なら爆笑するかも。アイツ、笑いの沸点が低いからな。俺がなんか言えばコロコロ笑いやがる。




「『愛』だねぇ」




本田がクサい台詞を吐くから―――俺はソッポを向いてガラリとチューハイを開けた。

頬が熱いが、きっと酔っている所為だろう。


「うるせっ!『新婚さん』に言われたくねえ」

「まだ『婚約中』だけど」

「ほぼ同じだろーがっ」


それからヤイヤイお互い揶揄い合いながら、世間話をちょっとしてお開きにした。



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