(2)
ボルドーは図書室から借りてきた紙媒体の資料を、図鑑を借りてきた。それを鞄の中に入れて、家に戻ってきた。
今時、紙媒体に頼る人間は少ないので比較的容易に借りる事ができた。幾ら、幼馴染の命が掛かっているとは言え、十四歳の少年が解決できる命題かと言われれば、困難極まりない。
このコロニー・トリエステは衛星の地表にある。故に光は全て、人工的に発生させられた物だ。しかし、人体に与える影響を考慮して含まれている紫外線は太陽光のそれと同じで変わりない。
それがシフォンを苦しめていると言うのは皮肉な事だが──
彼女に本物の光を見せるにはここを出て、宇宙空間まで出なければならない。
当然ながら、そんな所まで行くには何重にも施されたセキュリティを突破し、彼女が浴びても決して命の危険がない方法を選択しなければ。
幾ら、ツテがあろうと今度の場合、実行するのなら、実行段階には人の手を借りる事はできない。
ボルドー一人だけでシフォンを連れていかなければならない。
「光を浴びれない体質の人間に本物の光を見せるか……冗談がキツイ」
玄関から廊下をまっすぐに廊下を抜けて、応接室のテーブルに向かい、その上に鞄を下ろす。
貴族用として作られた家を与えられ、そこに住んでいる為、実用的ではない間取りを見渡して、目が眩む極彩色の壁紙にボルドーは肩を竦める。親に頼んで落ち着いた色に変えてもらおう。もっとも親が大家である貴族を説得するまでには時間が必要だろうが。
一息吐いて、テーブルの上に置かれている封筒に気付く。封筒には《カルテ》とだけ書かれていた。
親のツテを使い、無理を言って頼んで調べてもらっていたシフォンの病状に関してのカルテらしい。こんな無謀を頼むのは冗談か病気の悪化としか思えない。
早速、無駄に遠い机の上で待機しているペーパーナイフを、取りに行く。
ボルドーは机に腰を下ろし、ペーパーナイフで封筒の封を切って、中に入っているであろうカルテを指の腹で掴む。
そこで暫し考える。これを見る事はシフォンの寿命を知る事になるかもしれない。
もしも、それを回避する事ができない運命であれば、彼女とどう接していけばいいのか、正直分からない。
このまま、カルテを見ないでおくと言う選択肢もあるが、シフォンが自棄になり、一人で光を見に行けば、その過程で、結果的に自ら命を絶つ事になる可能性もないとは言えない。
いずれにせよ。進まなければ、話は好転しない。立ち止まっても選択肢がない事はよく分かっていた。
ボルドーは覚悟を決めて、封筒から一気に紙を、カルテを引き抜く。当然、紙媒体なのでカルテをプリントアウトした物だろう。
上から目を通していく。詳細を確かめつつ、最近、書かれた項目でボルドーは凍りつく。
そこには最近の体調から考量するとシフォンは現在の状況が続けば持って一年と記載されていた。
シフォンは生まれた時から長くは生きられないと言われていたらしい。けれど、残り一年と言われるとボルドーにはショックが大きかった。
少なくとも、扱き使われるのを容認できたのは彼女に好意を寄せているからだ。心の底から湧き上がってくる感情は何としてもシフォンを死なせたくないと言う想い。
だからと言って、ボルドーに医者を超える措置が行なえる訳もない。カルテを取り落とし、両手で顔を覆う。
泣こうとして、ふと気付いた。泣いても事態が解決する訳ではない。事態が悪化するだけだ。それに聞いた話では病人には生きる希望が力になると言うケースが前史時代には良く見られたらしい。
なら、今はシフォンの望みを叶える事が生きる力に変わるのではないかと。
気を取り直して、ボルドーはテーブルの上に置いていた鞄に近寄り、鞄の中から資料を取り出す。
図書館から借りてきた資料はこのトリエストから見える天体と光に関する資料でシフォンが言う本物の光を探して、見に行く為の予定を組まなければ──
天井を見上げて、ゆっくりと深呼吸して息を整え、気持ちを落ち着けた。
テーブルの近くにあったソファーに腰を下ろして、資料の図鑑を開いて、それを見ながら考える。
まずはシフォンに見せる光から考えなければ、このトリエステの中では本物の光を見せる事は不可能だ。となれば、どうしてもコロニーの外に出なければならない。
必要なのは宇宙服が二着に外に出る為の準備。
当然、外に出る事は非常に困難が伴う。勿論、法に触れる事なので容易く人に協力を頼む訳にはいかない。
そして、問題がもう一つ。仮に首尾よく外に出ても肝心の光を見る事ができなければ話にならない。かと言って、太陽光をまともに受ける時間に出れば、宇宙服を着ていてもシフォンに影響が出てしまうかもしれない。
八方塞がりだ。ボルドーは図鑑のあるページで手を止める。日暈と月暈について書かれていた。いずれも大気中の現象でトリエステ内ではイベント時などに時々、人工的に作り出して盛り上げるのに使っていたりする。
記憶の糸を辿って、最近、似たような話を聞いた事を思い出す。今週、そんなイベントがなかっただろうか。
慌てて、ソファーから立ち上がり、机の上に放置されていた紙切れを引っ掴む。
期日を確かめれば、開催まで一週間を切っていた。一瞬、シフォンはこれの事を言っているのだろうかとも思ったが、人混み嫌いの彼女がそんな事を考える筈がない。
……丁度、この日に決行すれば、外への警備も手薄になっている。その上、別の衛星が近付いてくる時期も重なっていた。人々の関心がそちらに集中している。
宇宙服を着た状態での太陽光ならば、シフォンの体に掛かる負担を軽くする事ができるかも知れない。あとは時間までに間に合わせる事だけだ。
ボルドーは決行の意思を固め、準備に取り掛かる。