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 ──暗闇。

 いつもと同じようにボルドーは知り合いの貴族の屋敷に顔を出し、目的の部屋へとやってきた。

 広い部屋の窓はカーテンを閉められ、光を遮られている為に薄暗く、本来、輝かしくこの部屋を飾る筈の調度品は闇に包まれているせいでその価値を存分に事ができずにいる。

 常にこの場を満たしているのは溶かしたビターチョコレートのような濃密な闇。

 目を凝らして、見なければ分からないくらいその中にこのコロニーの上流階級に属する小柄の少女・シフォン・フォンティースが佇んでいた。

 濃密な漆黒の中でも、赤い薔薇のように目立つフリル付きのワンピースと光を浴びる事ができない故に青いとさえ形容してもおかしくない白い肌が見えた。

 それは佐目毛(さめげ)のように体の弱さから端を発している危うくガラスのように脆く壊れ易い美しさだった。


「ボルドーね。来るのが遅くてよ。レディーを待たせないで頂戴」


 予め、片目を閉じて、目を慣らしていなければ、塗り潰されたキャンバスの中心で腰に手を当てて、怒っているらしいシフォンの姿は見えなかっただろう。

 癇癪はいつもの事なので驚きはしないが、問題は彼女の体調だ。大事に至る前に止めなければならない。


「三分の遅刻は悪かった。素直に謝る。それより、体は大丈夫なのか?」


 シフォンはほぼ完全に光を遮るカーテンを見つめた後、こちらに向き直る。


「心配性ね。光を浴びなければ、倒れたりなどしないわ。わたくしは光さえ注意していれば大丈夫よ」


 当人はそう言っているが、親に無駄な心配をかけさせたくないのか、この部屋は黒の帳に覆われており、暗視スコープでもなければ、顔の表情は窺えない。

 まずは無駄な負担を避ける為にボルドーは部屋の中にあるテーブルへと移動する。


「取り敢えず、座らないか?」


 シフォンの顎が下向きに動き、短い溜め息を吐いた。


「貴方がわたくしの椅子を引いて下さるのなら」


「勿論」


 ボルドーはシフォンが寄ってくると同時にテーブルの椅子を引き出す。彼女が椅子の前に立ったところでゆっくりと押し込む。それに応じて、シフォンが椅子のクッションの上に腰を下ろす。


「四十点ね。作法はなってないけど、執事でもないボルドーにそれを求めるのは間違っているけど、貴方の気持ちが入っていだけで良しとするべきかしら」


 この部屋の主は評価を下す。内心言いたい事はあるがそれはお互い様なのでシフォンの正面の椅子に腰掛ける。


「あと、あまり、憐れまないで頂戴。わたくしだって傷付くのよ」


 バレているのなら取り繕う必要はない。こちらも言うべき事を言わせてもらう事にする。


「なら、無茶をしないでくれ。完治するまで大人しくしていて欲しい」


 真剣に訴えたつもりだが、当の本人は気にした様子はない。むしろ、馬鹿馬鹿しいように一蹴しているように思えた。


「……完治なんてしないわ。わたくしの体の事なんだから良く分かっていてよ。この命、長くない事は生まれた時から熟知してる」


自棄(やけ)なのか、それとも、本気で言ってるのか」


 カーテンが閉じられた窓を、遠くを見るようにシフォンは視線を向ける。周囲を覆う黒に対抗するかのように瞳孔だけが強く光を放つ。

 死神だろうとその光の前には逃げ出すだろうが皮肉な事にシフォンは光を、紫外線を浴びる事ができない。生まれた時に紫外線を含む光を浴びると肌が焼けた出来事をきっかけに判明した。下手をすれば、光を浴びた事が原因で命を落とす可能性がある。


「どうせ、死ぬのなら、わたくしは光が見たいの。本物の光が……ねえ、ボルドー、聞いてるのかしら?」


 こちらに向き直ったシフォンの瞳は真剣そのものだった。

 今までの散々扱き使われてきた為にボルドーはシフォンがいつも気紛れで行なう我が侭かと思ったが……どうやら、そうではないらしい。

 彼女の態度は何か思い詰めているようにも見えた。

 体こそ弱いものの気の強いにシフォンは一度言い出したら聞かない。ボルドーでは説得するのは不可能だ。かと言って、彼女の両親に伝えるのは論外だ。

 ボルドーは椅子の背もたれに頭部を預けながら思考を張り巡らせる。諦めさせる方法を。

 取り敢えず、この場を取り繕う必要がある。だが、下手な口約束では見破られる可能性が高い。

 それにシフォンは何処か、天敵に追い詰められたような雰囲気を漂わせていた。


「ただし、条件がある」


「何? 言って御覧なさい」


 搾り出した声にシフォンは成長段階な胸の前で両腕を組んで立つ。その様子は貴族ではなく女主人と言った方が適切な表現に思える。そう感じるのは実際、ボルドーが扱き使われているせいだろうか。


「見せる代わりに死ぬな」


 咄嗟に思いついた条件は差し障りのないものだったが、少女の唇が微かに引きつっているように震える。


「良いわよ。見せれたら、途中で投げ出す事なく生きてあげる」


 安堵の溜め息を吐こうとした瞬間、きつい言葉がやってきた。


「でも、それって逆に言うと……見せれなかったら、わたくしは死んでしまうのね。ボルドー、責任は重大よ。覚悟は宜しくて?」


 黒に塗り潰された空間の、テーブルの向かい側で不吉な笑みを浮かべていた。


「一つ聞くが」


 聞こうとした瞬間に駄目と切り返される。


「何故、今、見たいんだ? 危険を冒してまで」


 シフォンの言葉を押し返すように負けじと聞き返す。暗闇の中、視線が合った瞬間、火花が散ったような気がした。


「別に構わないでしょう。レディーの事情に首を突っ込むなんて無粋じゃなくて?」


 そう言って追求をかわすつもりらしい。聞かれたくないのか顔を背ける。


「普通の事ならそれでも構わないが……シフォン。光はお前の命に関わる重要事項だ。何も聞かされないでいざ冒険へなんて言えないぞ。初等部の子供じゃないんだから」


 向かい側の少女は溜め息を吐いて、こちらに向き直る。


「……今は言えないわ。話すべき時に必ず話すわ。だから、準備だけは整えておいて。方法はお任せするから」


 しばしの沈黙の後、シフォンは苦しげに言った。ボルドーは息を吐いてゆっくりと思案する。間違いなくかなり精神的に堪える出来事があったのだろう。


「言っておくけど、電球見せて、はい終わり。と言うのは論外でしてよ。傘越しとかも」


 返事をしないでいるとシフォンは腕を爪で引っ掻きながら、釘を刺してきた。彼女が爪を立てているのは紫外線に当たって、火膨れのような状態から瘡蓋になりかけていた部分だ。

 慌てて、ボルドーは腕を掴んで止めさせる。シフォンの腕からは瘡蓋が取れて、真っ赤な血が流れていた。


「そんな事はしないさ。取り敢えず、命の危険がない方法、リスクの少ない方法を考えてみる。だから、体を大事にしろ。折角、治りかけてるのに」


「……怒らなくてもいいじゃないの。ただ、痒くて無意識に爪を立ててしまっただけよ」


 語気が強かったせいか、シフォンは俯き加減に返す。彼女とて自分の体を自傷行為が何のプラスにもならない事はよく知っている筈だが本能的な行為は抑えようがない。


「すまなかった。シフォンに一番負担が少ない方法で光を見れる手段がないか、探しておくから無茶はするな」


 顔を上げたシフォンは素直にかぶりを振った。愛らしい素直な笑みだ。

 いつも調子を取り戻したと考えて、ボルドーは席を立つ。


「もうお帰り?」


「早速、調べるよ。お前が暴走しないうちに」


 見上げるシフォンにそう答えた。

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