0話 転生ちょっとその前に
目が覚めると俺はまっ白い空間に居た。
妙な浮遊感……宇宙空間の様な物が近いのだろうか。
無論宇宙に行ったことなど無いのであくまで想像だが。
ただただ果てもなく白い空間の中にいた。
「目が覚めましたか?」
ふと優しげな声で意識が引き戻される。
目の前には金髪の女性、絵にかいたような美女で神々しさと何所か漂う妖しげな雰囲気、そして何より美しさを併せ持っていた。
顔立ちはどことなく日本人的な印象を受ける。金髪ではあるが瞳は黒く何より服装が異様。
現代人はおろか過去ですらろくに使われていなかったであろう十二単。
さらに衣服だけでなく立ち居振る舞いからも高貴な者である事が察せられる。
過去の皇室関係者だろうか?
「一瞬でよくそんなに考えられるものです。でもまぁそれだけ考えられるなら意識ははっきりしているという事ですね?」
呆れたように声をかけられる。
鈴の音の様な美しさに思わず意識を委ねたくなるが、それ以上に彼女の言葉が気になる。
”心の中を読まれている”その事実と未だ体験したことの無い感覚に臓腑の底が冷えていくのを感じる。
「ッ!?」
思わず声を上げようとするも喉から声が出て来ない。
嫌そもそも今までどうやって息をしていた?
俺が困惑していると彼女が困った顔で助け舟を出す。
「無理に声を出そうとせずとも構いません。ここではあなたの声は直接こちらに伝わってきますから。」
なるほど、と納得すると同時に危機感を覚える。
自分の考えている事が相手に筒抜けなのだ。
「大丈夫ですよ。それ程気にしなくても。何より褒められるのは私もうれしいですし、細かい事で目くじらを立てるほど幼くは有りませんから。」
口元を隠しころころと笑う彼女に思わず安堵の息を漏らす。
先ほどまでの値踏みする様な目線と思考は許されたようだ。
内心を読まれる上に、その自由まで許されないとあってはどうしようもないからな。
「さて落ち着いたところで、あなたはなぜこのような所にいるか思い出せますか?」
そう言われ思いを馳せる。
始まりは宝くじ売り場で……。
「あぁそういう細かいことは良いのです。今のあなたに重要なのは結果だけ。」
酷いっ!
そう結果だけ言えば自分は恐らくだが死んだのだ。
暴漢に襲われ、自分の腹から腸が飛び出ていたのを覚えている。
……多分腸……だったと思う。
自分の腹の中を見たことなど初めてだったので想像だが。
昔どこかで聞いたのだが腹を刺されて腸が飛び出た場合、たとえそこが病院の目の前でも助かる見込みはないそうだ。
そういった予備知識も含めて考えればおよそ自分の死は間違いのない事実であろう。
「……あまり克明に思い出さないで欲しかったですね。今夜はお肉食べられそうに無いですよ。」
ほんっとに酷いな!この女は!
というか涙目になってんのに影響今夜だけかよ。意外と神経太いな。オイ。
「コホンッ。それは置いておきまして本題に入りましょう。」
ごまかすように咳払いをし、彼女が話を切り出す。
死んだ人間とわざわざ話をしようというのだ。
何某かの用事があるというのは当然の話だろう。
「貴方の想像通りです。端的に言えば私の世界を救う手助けをしてほしいのです。」
私の世界?自分が生きていた世界とは別の世界が有るとでも?
それに救うとか言われてもどうしようも無い。
俺ただの死人ですよ?
「ご想像のとおり。あなたが認識する世界以外にも多くの世界が有り私の様な”神”がその管理に当たっております。また方法については相応の能力をこちらで付与させていただきますのでご心配なさらず。」
……いわゆる特殊能力とか超能力とかいう奴ですか。
というかそんなもん付与する程の権能が有るなら自分で出張った方が速くないだろうか?
しかもこっちが受ける前提で話進んでるし、何から救うのかすら聞いてない。
白紙の小切手にサインするのは社会人でなくてもご法度だ。
「まず何をして頂くかについてですが瘴気に汚染された生物の討伐をして頂きます。そちらの価値観に直すとモンスターというのが最も近いでしょうか。
次になぜ私が直接赴かないかですが、瘴気に汚染された物に対しては極端に影響力が落ちるからですね。貴方の様な方に力を授けて代行者とする方が効率的なのです。」
何をさせたいのかは分かった。
しかしこちらが受けるかどうかについては別問題。
こちとら21世紀のジャパニーズビジネスマン、恐らく人類史上最も平和ボケした民族だろう。
切った張った等創作物の話でしかないのだ。
例え相手が神様だろうと全力で御断りさせていただきたい。
「お断りになるというのですか?その場合は貴方自身の霊格が育つまで輪廻転生を繰り返すこととなりますが、それでもよろしいのですか?次の転生先は知りませんが、21世紀日本の様に平和な地域に人間として生まれる事はまずありませんよ?」
断っても断らなくても転生する事は変わらずか……。
了承して転生すれば、間違いなく切った張ったの世界に生れ落ちる物の有益な能力が手に入る。
場合によってはその能力で自分やその周辺だけは日本並みに安全な生活を作れるかもしれない。
断ればランダムではあるが平和な世界へ転生できるかもしれない。
しかしその可能性はゼロに近く、引けなかった場合は何の助けも無く文字通り弱肉強食の世界へご案内される。
……因みにおおよその確率はどの程度だろう?
「平和な地域へ転生する確率ですか?宝くじで一等当たる確立の方が遥かに高いですよ?。」
決めた。この話を受けよう。
当たらない宝くじより目の前の3000円(超能力)の利用法考えたほうが遥かに堅実だ。
「ありがとうございます!それでは一名様ご案内~。」
女神が拍手で俺を送り出す。
え?これで終わり?能力は?細かい説明も無し!?
必死にもがくが、見えない力に引きずられるようにして俺はその場から遠ざかり……そして再び意識を失った。
SIDE 女神
ふぅ、とため息を吐き女神が独りごちる。
「了承して頂いてよかったです。断られたら他の神に取られてしまう所でした。」
気の抜けた表情でそんなことを言う。先ほどまで話していた男が聞けば何と言っただろうか。
「色々誤解してる所も有ったみたいですけど、まぁ良いですよね~。」
神々にコンプライアンスと言う概念は存在しないらしい。