TARGET34 協力態勢
かなり遅れましたが、あけましておめでとうございます。
今年もゆっくり更新してゆくので、よろしくお願いします。
メンバーが召集され、作戦はいよいよ大詰めになってきた。私のやるべきことは二つ。
マクリルの徹底監視と引き続きの調査。
そして、花園 小百合から情報の聞き出し。
どんな案件でも、彼女が情報を持っていなかったことは一度としてない。黒幕と推察したこともあったが、その線は限りなく薄い。理由として、あの花園邸には私たち以外の出入りは目撃されていないほか、彼女自身が一歩たりとも外出していないという事実、そして何故かである。本人は語ろうとしないが、動かないというより『動けない』というのが正しいのかもしれない。
いつでも愉しそうにこちらの話を聞いている彼女には謎しかない。何年と付き合いのある私にでも多くを語らないが、気に入った人間には必要以上にコンタクトを取りたがる。
やはり、カギは彼女にあるのか…?
紅茶の残ったカップを見つめ物思いにふけっていると、激しいノックとほぼ同時に私の部屋が開かれ、やがて荒い息づかいが聞こえてきた。
姿は見なくとも誰かはわかり、溜め息交じりに問うた。
「遠路遥々御苦労だった。東京の電車は複雑でわかりにくかったろう」
「いえ。私のタイムスケジュールが杜撰だったためです。申し訳ありませんでした」
スーツを身に纏った女性は、額に汗を浮かべ必死に頭を下げていた。その隣に立つ少年はその間逆。だらりとした服装。四方八方に跳ねたツンツン頭がそっぽを向く。
「そ、そんなことねえよ。乗り継ぎに時間がかかっちまっただけ、だよな…?」
「……元はといえば、誰かさんが好き勝手に動くから。ですが」
女性の冷たい視線が少年へあたると、凍ったように止まり、顔を青くしてゆく。両手に持っているたくさんの買い物袋が、逃れようのない証拠であるのは明確であった。
「そうなのか? アギト」
同じように淡々と問うと、アギトは悔しそうに歯軋りをした挙句「そうです」と小さく呟いた。
彼女らは京都から派遣されたコンビ鶴見 冬香と鶴見 アギト。個々の戦力はもちろん、コンビネーションは国内でもトップクラス。戦力は申し分のない二人である。
鶴見家はGSO発足時から尽力し、代々京都を管理してきた名家のひとつ。次期当主候補がこの冬香。そして名門の名を借りるアギトには少々理由があるのだが、いまは関係のないことだ。
「今回の敵はかなり強いと推察している。姿を現した者だけでもかなりの手練れ、まだ多くの戦力を蓄えていることは歴然。しかし易々と日本を渡すわけにもいかん。そこで国内でも指折りの戦力であるお前たちに加勢を依頼した。いきなりで悪いが、よろしく頼む」
「もちろんです。鶴見の名に恥じぬよう、全力で努めさせていただきます」
ふたりの表情がより強く固くなったようで、どこか落ち着いた気持ちになった。
いままでにも類を見ない重要なミッション。他の支部から人員を借りてまで挑む大事は責任がのしかかる。こちらも死神に心臓を預ける覚悟で挑まなければならないのだ。
「ありがとう。それと、もうひとつ別で頼みたい仕事がある」
「はい。どのような案件でしょうか」
「二条 未来の監視、防衛だ。今回、彼女が敵のターゲットの一つになっている可能性は非常に高い。実際、2週間前に彼女は敵の幹部に命を狙われた。彼女の周りに戦力を配備することで、敵の足を掴めるかもしれん」
「随分とそいつに思い入れてるみてえだが、ただの女子高生だろう? 特級能力者でもあるまいし、何故だ?」
「こらっ。道師代表の前では私語を慎みなさい」
「いや、いい。特別な待遇をしているのは事実だ。今回の作戦で彼女が重要なポジションである以上はな」
納得はしていないようだが、アギトも一歩引いた。鶴見は隣をひどく恐ろしい目つきで睨んでいる。
「ところで、アイツには挨拶してきたのか? アギト」
私の指す人物が彼にもわかったようで、気まずそうに渋い顔をつくりそっぽを向いた。否定するときは目をそらす癖は変わらないようで、わかりやすくていい。鶴見も扱いやすいだろう。その鶴見が代弁した。
「いえ。まだ着いたばかりなので…言いにくいことを聞くかもしれませんが、彼はアギトのことをどう思っているでしょうか? あれから2年も経ちました。それでも、あれは時間で解決される問題ではないので」
やはり気にしているようで、途端にふたりの顔つきが曇る。当のアイツは、もう気にしてないのだが…
「隼人は最近まで引きずっているように見えたが、二条と組ませてから随分と変わった。雰囲気も多少は明るくなったし、笑うようにもなった。きっと以前のような棘はない」
「そう、ですか。ありがとうございます。それで彼はどちらに?」
「今日は終わり次第帰ってくる。そこで成果報告とともに顔合わせだ、心の準備をしておけ」
時間はそう余裕のあるものではない。7日という短い時間の中で、数のわからない敵を仕留めなければならない。
時間が惜しい。一人でも多く倒し、任務を遂行しなければならない。私ひとりでは不可能な戦いを。『世界の命運を分ける戦い』に勝利する。
☆
次の日から情報収集が始まり、それぞれが担当の場所へ向かった。
二条・宇田川サイド
「改めて来るとすごいところですねー。一般人を寄せ付けない感じがビシビシと伝わってくるというか」
「なにビビってんだ。中にいるのはどうせ奴らだよ、行くぞ」
如何にも『ヤ』のつく職業の方が集まってそうな扉を開けると、案の定怖めなお兄さんたちがこちらを睨みつけてきた。敵を捕らえ、いまにも飛びかかって来そうな雰囲気に思わず隼人センパイの後ろに隠れる。ひとりがゆっくりと動き出す。
そして
「…隼人さん! 未来の御嬢! お疲れ様です!」
『お疲れ様でぇす!!』
「えっ? おじょ…え?」
「おう。紅麗はいるか?」
「奥で待ってます!!」
頷くと、頭を下げる怖い人たちを素通りして歩いてゆき、廊下まで行ってしまった。
その光景を物々しく見ながら、慌てて後を追った。
「あの、なんで…?」
「紅麗のダチだから、自分らの格上なんだと。よくわかんねえけど」
「なるほど。私も早く慣れます!」
「放っておけばいいんだよ。どうせケンカしかできないバカ共だから」
目を細めて振り返る様は、なにか過去にあったのか。それともただ呆れているだけなのか。そのどちらにもとれた。
そんなこんなで建物の奥にある部屋に入ると、足を組んで机の上に置き、天井へ煙を吹きかける、入口にいた人たちとは違った雰囲気の悪い男が待っていた。
すっかり見慣れた私たちにとっては、優しい顔に見えるが…
「わざわざ来てくれてありがとうな、二人とも。ちょっと手が離せなくてさあ~」
「元を辿れば、例の奴らがこのあたりに現れたからだけど。話は道師から聞いている。こっち座りな」
呆れた表情で現れたのは、紅麗さんの双子の妹 夏雅さん。3つのお茶を盆に乗せ、部屋の隅にあるソファに誘導する。
「違いねえ。まったく面倒な奴らだ」
ソファに座る。その正面に紅麗さんがだらりと座り、煙草を灰皿に押し付け、火を消した。
「で、俺たちは何をすればいい? 自慢じゃないがウチはここいらで一番顔は広いし、融通は利く。GSOには借りもある。俺たち紅麗組は、全力でサポートする所存だ」
「助かる。まずは…」
道師さんに伝えられた作戦の概要を説明する。新人戦の本番に彼らと向かい合うのではなく、本番前に敵を特定し、鎮圧すること。その作戦にはかなりの人員と労力、時間、もちろんお金だって動く。もしも失敗したら、それらはすべて徒労に終わり、同時に世間からの『信用』を失うバッドエンドが待っている。
それだけは避けなければならないと、胸の痛みとともに感じた。
まあ、ほとんど道師さんの受け売りなんですが…
隼人センパイが説明を終えると、紅麗さんは少し間を作り、明るく笑ってみせた。
「へえ。道師の旦那はすごい奴だと前々から思ってたが、流石というべきか。俺たちにもってこいの案件! どんと任せなさい!」
「ありがとうございます! よかったですね隼人センパイ」
「まあ十中八九ってとこだったろ」
「あら、そんな難しい言葉を知ってたんですか? センパイはお利口さんでしゅね~」
「おおそうか、いつの間に俺を毒づくほど元気になってたか。なら遠慮はいらねえなクソガキ」
「相変わらず成長していないな。女子高生相手に本気で絞めにいくとは…」
「ハッハッハ。手加減という言葉は知らないようだしなぁ」
お二人とも、笑ってないで助け…あっ…
☆
紅麗さんたちとの話を終え、本部へ戻る道中。調子のおかしくなった首を抑えながら、不満げな顔を押し付けていた。
「顔がやかましい。前を見て歩け」
「やめません。ここで引いたら負ける気がするので」
呆れた表情を向けられてもやめない。絶対に許さない。
『…ねえ』
ふと耳に入る雑音の中に、何かが混じった。私に向けられたものではないだろうが、確かに…
「…センパイ」
「あ?」
「この中にも、敵はいるのでしょうか」
平日の昼にも関わらず、この街は多くの人が歩いている。あのとき現れた、死肉喰いと呼ばれた少女はいま何をし、何を望んでいるのか。そんなことを考えていた。
思いを汲み取ったのか、難しい顔をした後、私の頭に手を置いて言った。
「お前にアイツは近づけさせない。イヤな予感がする」
そういってまた歩き出し、私の手を引いた。
とても安心するのに、このモヤモヤは一体何なのだろう…?
道「ペッt…マクリルの監視を」




