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くらうん《リライト前》  作者: 永ノ月
3章 影の戦線編
35/38

TARGET32 ハネ

本当に少々のグロ描写が入ります。

苦手な方は、ご注意を

東東京にそびえる豪邸。普段は妖艶な雰囲気をもった女性と、ほとんど口を利かない、こちらもまた美しい女性のふたりだけがいる。

しかし今日は多くの来客が押し寄せ、各々が自由に寛いでいた。

その中のひとり、高貴なドレスを身に纏った幼い少女がいた。金髪碧眼で小柄な姿は西洋の人形のような可愛らしさがある。

しかし、ひとつの知らせを耳にし、そのドレスを強く握り締め、碧眼は混乱に似た怒りを帯び、強く地団駄を踏んでいた。


「どうして! お兄ちゃんがそんな簡単に捕まるわけないじゃない!」

「現にマクリルは帰ってこない。さらに相手はあのハデスだ、最悪殺されたと考えてもいいだろう」

「そんな…そんなわけないっ!!」

今にも泣きそうな少女の肩を持ち、優しく微笑んだのはこの豪邸の主、花園 小百合。

「道師 彰はそんな愚かな真似はしないでしょう。マクリルは生きている、だから貴方は安心して、全力で相手を消しなさい。シャル」

「…うん。シャル頑張る、敵いっぱい倒すね!」


慰める花園を細目で見つめ、踵を返してもう一人の仲間の元へ向かう。

こちらも少女、しかしシャルのような貴賓さはなく、ピンク色のボサボサとした髪と、視線の合わない不気味な目が特徴だ。

「お前は随分と不機嫌だな。そんなにニジョウ ミキを殺せなかったのが悔しいのか?」

少女は一度顔を向け、手に持つティーカップへ戻した。

「そうじゃない。あまりにも期待外れだった、確かにあのときのニジョウ ミキは精神的に弱っていた。鈍くなっても当然、それでも、一度も反撃してこなかったのは頂けないわ。彼女は本当にボスと同じ『器の持ち主』なの?」


その点に関しては、俺も疑わしいところがあった。確かに彼女は若いといえど、器の持ち主なら既に頭角を現していても不思議ではない。

「でも、ボスが殺しちゃダメって言うならしょうがないわねぇ。今度は万全の状態で戦いたいわぁ」

「…キャサリン、少し雰囲気が変わったか?」

そう投げかけると、彼女は狐に摘まれたような表情を浮かべ、紅茶に映る自分と目を合わせた。中には、今までに見たことのない自分が映っていただろう。

「そう、ねぇ。いままで当たり前だと思ってたものが、真っ向から否定されたからかしら。私とは対極の人間、まったく違う環境で育って、価値観も当然違う。それでも、彼女からは不思議な匂いを感じた。何かはわからないけど…」


こんなキャサリンを見たのは初めてだった。動揺にかこつけた、わずかな感情の変化。命じられるままにヒトを殺してきた人形のようだった少女は、果たしてどう変化していくのか、見ものでもある。


「さて。メンバーは欠けてるが、作戦内容の確認をする。ここまでニジョウ ミキとの接触、支部への奇襲と予定通りに進んでいる。マクリルの救出に関しては、俺の『下僕』でどうにかしてみせよう。こちらはかなりの少人数ではあるが、どいつも革命軍で指折りの実力者だ。期待していると、ボスも言っていた」

彼らの特徴として、ボスの名を出すことで表情が変わり、おびただしい殺気を放つ。これが革命軍なのだと、実感する瞬間の一つである。


「実行日は予定通り。メインTARGETは、日本最強の能力者ハデス、こいつにはシャルとマクリルの二人がかりで応戦してもらう。そしてボスと同じ器を持ちながらも未だその兆しを見せない要注意人物、ニジョウ ミキだ。こっちはキャサリン、スコーピオンの長として、お前に一任する」

「この日なら始末してもいいのよねぇ? フフ…いまから楽しみでしかたないわぁ」

不気味な笑みを浮かべると、持っていたティーカップを握力で割った。飛んだ破片が手の皮を切り、真っ赤な血が滴り落ちる。

床に落ちた紅茶と混ざり、鮮やかな色の湖に映るのは…





7月も下旬に差しかかり、夏の暑さは本番に来ようとしている。

一昔前のような、暑さを増すような蝉の鳴き声もほとんど聞こえず、街行く人々は眉間にシワを寄せ、手のひらでパタパタと仰ぎながら歩いている。

そんな中、私は本部を離れ、とある田舎の研究施設へと赴いていた。目的は他でもない、2週間前に捕えた敵能力者の研究結果と、それとの対談である。

動き、話し方こそ気だるげではあったが、確実に内部の情報を知っている。

『いままでにはない展開』だ。ここは慎重に進めるべきだと確信し、こうして辺境へと移動させた。

ヒンヤリと薄暗い地下室へ入る。一人の研究員に声をかけ、奴を収容する部屋へ案内してもらい、責任者へ顔を出した。


「道師様! わざわざこんな辺境まで来ていただき、ありがとうございます」

「御苦労。それで、成果は出たか?」

責任者は自慢げに頷き、目の前のスクリーンへ、そのまとめを映し出した。

「サンプルネーム=マクリル。能力《超再生リカバー》推定は間違いなく特級かと思われます」

「回復力の高さは、私も身を持って知った」

「はい、その性能ですが…身体中の骨をすべて砕いても修復には10秒とかからず、手足を裂いても、トカゲのように生え変わってきます。心臓を破壊しても、コンクリートで生き埋めにしてもすぐに再生し、元通りとなります。しかしこれは、連れてきた当初のデータです」


スクリーンを指で横に流すと、今度はグラフが現れた。この2週間の研究成果、そして《例のモノ》の存在を、明らかにするものだった。

「この2週間、マクリルの回復スピードは衰退傾向にあります。身体にも、異常な体重の減少や禁断症状が発生したことから、あの薬を服用していたことは間違いないかと」

「やはりか。何故どいつもこいつも、禁忌に触れたがるのやら」


渋谷第二高校にて起こった事件で発見された禁断の薬。紅白のカプセル状のそれは、能力、身体の強化をするとともに、精神世界の一部を破壊する恐ろしい禁忌。

その類のものは世界でも厳しく取り締まられ、その流通ルートは日々絶たれているはずである。

それでも彼ら革命軍プロテスタントは、その包囲網を潜り抜け、服用を続ける。元を断とうにもその根すら掴めずにいるのが、残念なことに現状だ。


「そのことも含め、奴と話がしたい。いまの状態はどうだ?」

「昨日から安定しています。いままで一晩中狂い続けていたのが嘘のようで、気味が悪いです…」

「そうか、気をつけよう。私以外は部屋に入らぬよう注意しておけ」

「はいっ!」


スクリーンを閉じると、その隣に扉があった。責任者に目を合わせると「それです」と言うように、一度頷いた。

その扉の前に立ち、迷いなくそれを引いて開けた。中はひどく殺風景で、薄青い空間に、そびえるガラスが部屋を切り分けている。

その向こうに、椅子に腰を下ろし、がっくりと頭を垂らす男がいた。以前見た姿とはまるで別人、細身ながらも無駄なくついていた筋肉は剥がれ落ち、顔は青白く、より一層生気を失っていた。

こちらへ目を向けると、嬉しそうに、そして不気味に笑い、境界線であるガラスの前へフラフラと歩み寄った。それに続き、私も彼の前に立った。


「久しぶりだな、ハデス。会いたかったよ」

「それは私もだ。いろいろと聞かせてもらおう」

「あのさぁ、ここの研究員がひどいったらねえの。飯は残飯みてえなグズグズのゲロみたいなのしか出ないし、1日中俺を痛めつけてはデータをとるわけ。そろそろ高ーい給料日が貰えてもいいんじゃないでしょうか?」

話の通り、いまのところの言動はあのときと大差はない。それどころか落ち着いている。この妙な雰囲気は、嵐の前の静けさによく似ている。


「お前の新しい日常などどうでもいい。まずは今回の計画、何人で動いている? 我々の情報はどこから漏れている?」

「そんなの俺が知るわけないだろ。俺が教えてほしいくらいだ」

「とぼけるな。こちらのデータにきっちり載っているぞ、革命軍の幹部トランプシャルロット&マクリル。この片割れがお前だ、違うか?」

「意外だねぇ。幹部の名前まで割れてたんだ、ホントもっと仕事しろよな…」

「そのシャルロットも日本ここに来ている。と」

「そうだよ、俺とシャルちゃんは一心同体、切っても切れない兄妹愛ってもんがある」


あまりまともな話が通らないことはわかった。だが有利はこちらにある、情報はいくらでも引き出せるのだ。

「お前たちが服用している薬、あれは間違いなく違法だ。どのルートで入手している?」

「……《ハネ》のことか」

「それがあの薬の名前なのか」

「あれは俺たち能力者をさらなる高みへ、新しい扉を開くカギだ。並大抵のものが飲めば最期、精神は吹き飛び、能力すらも存分も使えなくなる筋肉ゾンビに成り下がるというリスクつきだが」

つまり、《ハネ》を服用して精神を保っているものは強者であること。精神を破壊せずに生き残っている、強力な能力を携えた者たち。


「情報はもういい。来週になるまで、そこでおとなしくしていることだな」

「へえ。何も喋らなくていいんだ」

「貴様と話すことが無意味だと気づいた」

「つれないねぇ」


こちらを煽るような態度にも応じず、そのまま部屋を去ろうとした。が

「まだ聞きたいこと、あるんじゃないか?」

逸らした視線を戻すと、彼の目は愉しげに開いていた。言葉を誘導するように、鋭い視線が私を貫いた。


「…最後にひとつ。あのとき二条に会ったのは、本当にたまたまだったのか?」

「そうだな…先に接触する予定はあったけど、あれはほとんど死肉喰いの鼻と直感だ。あれはバケモノだな。それにしてもさぁ…」

目の前の男はガラスに頭を当て、不気味な笑みでこちらへ問うた。


「聞き方がおかしくないか? 何故お前は『ニジョウ ミキが襲われるのは当たり前』のような言い方をした? ハデス、お前はあの少女について、何を知っている?」


私はその質問に答えず、その場を去っていった。背中へ突き刺さる殺気を無視し、重い扉を開け、去った。

その質問について、敢えて答えるのなら、私は……


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