TARGET30 午後の対談
「要するに、奴は根本から何かが違うバケモノだった、ってことか?」
翌日、ある場所へ向かう道中で、隼人センパイに昨日の出来事を語った。
『死肉喰いのキャサリン』と呼ばれる、少女の話を。
「彼女は、私たちとは違う場所、一線を越えた世界に生きています。おそらく、私たちの常識など、通じないでしょう」
あのとき漠然と感じた狂気は、惑いのないものだった。あの顔を、声を思い出すと、体が震える。
隣で運転する隼人センパイの手が、頭の上に置かれた。
「まあ、まだ無理はすんな。メンタルを破壊しかねない」
くしゃっと撫でた手は、少し力が入っていた。彼もきっと同じことを考えている。
強くなりたい。仲間を、大切な人を守れるような力を手に入れるために。
「そのために、今日ここに来たんですから」
車を止めると、目の前には長い坂が立ち塞がっていた。
昨日登った、長い長い上り坂が。
☆
「予想はしてたけども、なーんで昨日の今日で来んねん。揃ってアホかい」
畳の部屋に横たわり、森羅さんはやってきた私たちを細目で見つめるなり、重くため息をついた。
「いきなり押しかけたのは、申し訳ないと思っています。それでもどうか、ご指南いただけないでしょうか?!」
「おん。ええで」
「無理でしたら、また日を改め…て?」
思いのほかあっさりとした返事に戸惑っていると、森羅さんはゆっくりと、重そうに立ち上がった。
「別に、ワシは忙しい人やない。気分次第でいつでも稽古つけたるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「随分優しいな。珍しすぎて気持ち悪い」
「師匠に好き勝手言う弟子やなぁ、かわいないわ~…それに、ちゃんとパートナーをつれてきたみたいやからな。はーやとくーん?」
隼人センパイの顔へ頭を押し付ける森羅さんは、いつになく楽しそうだった。
ふたりを眺めていると、重要なことを聞き忘れていたことを思い出した。それは
「隼人センパイは、森羅さんから戦い方を教わったんですよね?」
ふたりは、何をいまさら、といった顔でこちらへ向いた。
「いや、そうじゃなきゃつれてこねえし…」
「そうじゃなくて、どんな戦い方なんですか?」
「ああ、そうか。あのときは気失ってたもんな。俺は…不服だが、《森羅流拳法》をベースに戦っている。こいつに一から叩き込まれて、な」
すっかり調子づいた森羅さんは、得意げに隼人センパイの横に立ち、いやらしい笑みを浮かべる。
「そうやで。あのときの隼人はケンカしかしてなかったさかい、へっぼい拳振り回してたわ。面白くてしょうがなかったわ」
「そういう思い出話はいらん!」
「ナハハハハハ。ムキになんなや、カワイイアピールとか24の男がやっても何も揺れへんわ~」
「殺す!!」
なんだか、森羅さんと絡んでいるときの隼人センパイは、いつにも増して子どもっぽくなるな…
「じゃあ、私が教わるのは…?」
「そう、隼人と同じ《森羅流拳法》や。適性とかいまの未来ちゃんの能力を見ときたいんやけど」
避け続けていた隼人センパイの拳を手のひらで受け止めると、ニヤリと笑って外の庭を指差した。
「まずはワシと戦ってもらう。さすがに隼人と戦うんは気が引けるやろ?」
「え…でも確か」
「先に言っとく。そいつは無茶苦茶強い上に性格が悪い、自信だけは失うなよ」
昨日もそうだったけど、隼人センパイにこれだけ言わせる森羅さんの実力、ますます気になってきた。
「はい! よろしくお願いします!」
「よろしい。悪いけど、教えることに関しては手抜く気はあらへんで。覚悟せえよ」
庭へ出た私たちは、まずそこそこの間合いを取り、その中間に隼人センパイが立つ。
「ルールは簡単。どちらかが地面に背中をつけた方が負け、武器及び能力は有効とする。両者、準備はいいか?」
「いつでも!」
「おっさんもOKやで~」
「んじゃ…始め!」
合図とともに、金色の弱い光を、相手を睨む目に燈す。
「それが未来ちゃんの能力か、ええで。まずは好きなようにかかってきてくれや」
右手を私へ向け、挑発するように指を曲げる。その誘いに乗り、一直線に走る。
「いきますっ!」
手始めに、右手左手とテンポよく振るい、足技を混ぜつつ攻撃箇所を散らしてかかる。
それを彼は冷静に、ひとつひとつ丁寧に受け止め、感心するようにこちらへ視線を送る。
「ほお。女らしい、しなやかでええ動きしとるわ、相当身体に染みついとる。それでいて、しっかり読みにくい」
まだまだ余裕の表情を浮かべ、今度は森羅さんの攻撃が始まる。
抑えた拳をそのまま押し返すと、視界の外から真っ直ぐに蹴り飛ばしにきた。どんな能力か割れてしまったのか、横へ消えるような動きから、ことごとく視界の外から仕掛けてくる。これでは筋肉の収縮や軌道が見えない。
「能力者との戦いは定評があるんや。全部とは言えんけど、ある程度の推測はつくってもんよっ!」
感情の変化を見逃さず、一瞬のもつれで懐へ潜り込んでくる。突き出された肘を、すかさず左手で盾をつくり、受け止める。
添えていた右手で、構えていた逆手の手首を押さえて自らへ引き寄せる。
身体を逸らして背中を向け合う形になった。ここで取り出すのは…
「おっと。ここで銃かいな」
一瞬で振り返ると、脇の下に構えたレーザーガンの銃口に気づかれた。
「気付かれた…けどっ!」
レーザーの行先は、森羅さんの足。まずは動きを鈍らせる方を選んだ。しかしそれも予測されたのか、ステップを踏んでかわすと、すぐに間合いへ詰め寄ってくる。
「いまので決められなかったのは痛いな! 惜しかったわ」
「まだです!」
今度は腰に仕込んだトンファーを抜き、リーチを伸ばして殴りかかる。
それを左腕で防ぎ、硬直する。
「いまの防御、少し余裕がないように見えましたが?」
「初見で防いだだけですごいと思わん?」
正直にいうと、焦っているのは私だ。いまの連続攻撃で当てられたのは一発だけ。しかしそれも防がれている。
一方の森羅さんはまだ様子見といった立ち振る舞い。こっちのペースが崩されないうちに
「たたみかける!」
この拳を、攻撃を止めてはならないと、必死に仕掛けた。それを流しつつ、森羅さんは笑った。
「うん。悪うない、むしろ才能がある。能力との相性もええし、さすがは養成学校の主席、といったところやな。でも…それはただの組み手に過ぎん」
瞬間、背筋の凍るような殺気を感じる。あのときと似ている、戦場の匂いが漂った。
それらが私へ向けられていると気が付くと、思わず距離を取った。
「未来ちゃんの扱うそれは、効率よく敵を撃退する綺麗なもんや。せやけど、ワシのは真逆『人を素早く殺すための、破壊の拳法』ってとこなんよ」
「破壊の…?」
「コツを掴めば簡単よ。身体に流れてる血を、生命の脈動を感じ取り、集約し、放つ…ってな!」
ゆっくりと、異様なオーラに包まれた手を軽く振ると、私の顔の隣を、鋭い何かが頬をかすめた。拭うと、赤い血が手を伝った。
いまのは武器ではない。形こそないが、明確でおぞましい何かに触れられたのは事実だった。
「すごい…これが戦闘、これが人と戦うということなんですね!」
「そうやで。じゃあ、ここらで閉めさせてもらうわ」
一瞬で距離を詰められると、先ほどとは比べ物にならないスピードの拳がいくつも飛んでくる。
ここまでなら対応できる。まだ戦える…! この流れを乗り切って反撃を!
「はい。おしまい」
「えっ…?」
その声が聞こえたときには、私の身体は宙を舞い、背中を地面に叩きつけ、仰向けに倒れていた。森羅さんの指は私の左胸へ置かれていた。
それはあまりに一瞬の出来事。能力を駆使しても見ることができなかった。
その圧倒的な力に、私は茫然とすることしかできなかった。負けたという事実を突き付けられた。
すごい、これが……
「ふーむ。やっぱり小さいけど、ハリがあって心地ええわ~幸せ幸せ~」
次に私を襲ったのは、私の胸を触る、いい歳こいたおじさんへ対する嫌悪と、殺意だった。
「どさくさ紛れて何するんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「そうそう、それが森羅流拳法において大事なさぐはあっ!!」
「ざまあねえなエロジジイ」
「見てないで助けえ! 未来ちゃん超怖いわぁ!」
「俺もさんざん殴られたからな。一度は通る道だ」
両手を合わせる隼人センパイを横目に、大罪人を馬乗りになって気が済むまで殴りました。
途中で動かなくなりましたが、そんなものは知りません。
☆
東京の東に建つ、ごく普通のビル。東東京を統轄するそれは、私がいつも入り浸っている場所の一つである。
眺めがよいわけではないが、あまり広くなく、現代では珍しい紙の本に囲まれたこの空間を気に入っていた。
新人戦まで残り3週間を切った。それまでは多忙の日々が続くことは当に覚悟していたが、いざ自分の身に振りかかると、なかなか応えるものがある。
「お疲れ~コーヒー淹れてきたよ!」
「ああ。いつもすまないな」
「いえいえ。彰くん、インスタントだと不機嫌になるんだもんっ」
純白の長髪を左右に揺らし、無邪気に笑う弥生は、昔から私の身の回りの世話をしてくれる、頼れるパートナーである。
彼女と組んでから8年。変わらない彼女の笑顔に、いつも元気をもらっている。感謝してもしきれないほどだ。
「それで、対策部隊はできたんですか?」
「一応、日本に在籍している特級能力者に話をした。来れるのは鶴見、嘉瀬当主と長男だけだ。横臥に関しては連絡すらもとれない」
「あの人ね~…どうせまた山籠りじゃない?」
「だろうな。まったく、大事な時に」
頬杖をつき、目の前のパソコンを覗き込んだ。
はっきり言って、今回の新人戦は例年通り運行はできないだろう。あの予告を公に晒せば、どこの代表も手を引くことは目に見えている。ハッタリであればどれだけ楽なことか。
しかしこれ以上、革命軍の好きにさせることもできない。そのために、私は────
「あと、一つ聞いていいかな?」
急に顔を曇らせる弥生を不思議に思いながら、視線を向けて続きを促した。
「今回の作戦、どうして未来ちゃんを加えたの? はーくんだけならわかるけど、どうして新人戦に参加して、しかも未成熟な未来ちゃんを選んだの?」
「…二条の能力は戦力になる。それに、参加者の中にも知っているものがいてもよいと思った。それだけだ」
「そうならいいんだけど、彰くんときどきよくわからないことするでしょ? 未来ちゃんを東京に連れてきたときだって、必死になってた。花園さんとも変な話してたし…彰くんは、未来ちゃんについてなにか、重要なことを知っているんじゃないの?」
弥生は、こういったところで妙な鋭さを発揮する。もともと勘の冴える奴ではあったが、知られたくないことまで首を突っ込んでこようとする。
言うべきか否か、いつも悩まされるのである。
「……二条は」
口を開いたところで、私の声は扉の開閉音によって遮られた。その先から、黒のヘッドホンをつけた少年が現れる。
「はじめまして。突然ではありますが、お話があって来ました。3週間後に開催される、新人戦についての話です」
少年の目は私を鋭く見つめ、何かを見据えていた。
これから始まる、惨劇の予兆を。




