表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くらうん《リライト前》  作者: 永ノ月
3章 影の戦線編
31/38

TARGET28 狂気との遭遇

一層強まった雨と、悲鳴と、民衆が逃げ回る混乱の中、キャサリン=ローランドの声だけはハッキリと聞こえた。流れに反して現れた警察たちが、私と彼女を取り囲んだ。そのひとりが、パトカーの拡声器で訴えかけた。


「そこの女性二人、両手を挙げて膝をつきなさい。さもなくば…」

「逃げてください!そいつは一般の武器では手に負えません!」

そう叫んだときには遅かった。彼女の背中から生まれた矢印は何通りも枝分かれし、別々の敵を狙った。ひとつはパトカーを貫き、爆発した。その他は次々と取り囲んでいた警察を、無残に、呆気なく殺してゆく。

「キャハ!キャハハハハハハ!うるさいおまわりさんですわ、アタシと二条 未来のおしゃべりを邪魔しないで下さる?」

「や…やめなさい!キャサリン=ローランド!」

私が名を呼ぶと、彼女はぐるりと首をまわし、不気味な笑みを向ける。


「アタシを呼んでくれた?嬉しいわぁ、やっぱりまわりを殺しておいて正解だったかしら?」

「それは違います!なぜ関係のない彼らを殺したのですか?!」

「違う?どうして?」

あまりにも単純に、まるで小さな子どもが大人へ問うように、キャサリン=ローランドは私へ問いかけた。自分自身だけは疑ってはいけないと、奮い立たせて言った。

「ヒトを殺めることは、悪だから。だから…!」

「悪、ですか。アタシにはピッタリな言葉ですわぁ。物心ついたときから革命軍プロテスタントにいました。最初に教えられたのは、倫理でも文字でもありません。ヒトの殺し方、能力の使い方です。逆らえば半殺しにされる、そんな世界に生まれ育ったアタシは、悪以外になんと表わしたらよいのですか?可哀想な子、とでも呼びますの?」


彼女の目を見て気付いた。そこには未来を見据える輝きなどなく、闇よりも黒く深いオーラを纏っていた。もとい、囲まれているようにも見えた。

目の前にいる同年代の少女は、生まれた頃から殺人鬼になることを決めつけられ、何が正しいかも分からぬまま、ヒトを殺めている。私の世界は狭くぬるかった。ヒトの血など見なくとも平和な日常を送ることができた。どう頭を捻っても、彼女の世界を理解できるわけがなかった。


「あら、もしかしてヒトを殺したことがないのですか?」

「やめて…」

「あんなに気持ちの良い感覚を味わったことがないなんて、もったいないですわ」

「やめてよ…」

「なら教えてあげましょうか?この感覚を、この湧き上がる高揚感を!」

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


私は耳を塞いだ。残酷すぎる現実から逃れようと、音を遮った。否、私は気がつかないうちに、目の前の少女の放つ殺気と狂気に、委縮していたのだった。

キャサリンは私の近くまで歩んでくると、再び狂人の目をこちらへ向けた。

「私は、あなたが羨ましい。優しい人たちに思う存分甘やかされて、さぞ幸せだったでしょうね。単純に、嫉妬したのですよ。私もそれが欲しかった」


顔を上げると、彼女はひどく悲しい表情を露わにしていた。私の中にある温かな光を見据えるように、虚ろな目をしていた。

「話がすぎましたわ。あなたとのおしゃべりは楽しかったわ、ありがとう。そしてさようなら」

私は、向けられた強い視線から逃げることができなかった。手も、足も、目線のひとつでさえも動かせなかった。立ちはだかる脅威に、挑むことさえできなかった。ただただ、涙を零すことしかできなかった。


「情けない…」


瞬間、頭上を熱い何かが通り過ぎる。同時に、目の前の殺気は遠くへ離れていった。

恐る恐る顔を上げると、そこには見たことのある青年が映った。金色の、男にしては長い髪、派手なピアスを身に付けた、飄々とした男。

「よお未来ちゃん、おひさ!」

「紅麗…さん?」

「ウチの縄張りに見慣れない虫が飛びまわってたんでね、出てみればこの有り様だ」

紅麗さんの目線の先を見ると、キャサリンは10メートルほど吹き飛ばされ、肩に火傷を負っていた。苦しそうに歯軋りをする彼女が横目に映る。今にでも襲ってきそうな殺気が、そこにはあった。


「とりあえず撒くぞ、撃て夏雅なつめ!」

「はいっ!」

どこからか女性の声が聞こえると、遠くにいたキャサリンへ、弾丸が命中する。低い声で呻きながら、こちらを睨み続ける。

「邪魔者、殺す…?力が、使えない?」

「今だ!引け!」


彼女の動揺をつき、紅麗さんは私を抱きかかえ、一目散に走り去った。

狂気が遠ざかってゆく。心に少しずつ余裕が戻ると、緊張は解れ、同時に目を閉じた―――





紅麗から連絡が入った。縄張りに恐ろしく強い人間が侵入し、そいつの目的が未来であったと。愚かにも浮かれていた俺は、すぐに紅麗のアジトへ向かった。

入口に立てかけられた『紅麗組』と書かれた板の隣に、奴は立っていた。

「…助かった。未来はどうだ?」

「まだ寝てる、外傷はない」

「そうか、よかった」

「それよりよぉ、俺はいま頭にきてんだ」

下を向いていた視線を上げると、紅麗の拳が頬を殴り飛ばした。いつになく真剣な目つきをしている。付き合いは長いから、何に怒っているかはすぐに察しがついた。

「なんであのとき未来ちゃんはひとりだったんだ。何した?」

「くだらねえ意地の張り合いだよ。いつものな」

「そうか、じゃあお前が悪いんだな」

「ハハ。ごもっともだよ」


誰とだってそうだ。ケンカになったら俺が悪い、そうやっていつもまわりを困らせてきた。今回だって例外ではない。

…あの人なら何て言っただろうか。そんなことを、地面に転がりながら考えてみた。そして、彼女が優しすぎたことを、再確認した。

俺はいつまでたっても、自分のことしか考えられない、愚か者だった。


「本当なら飲みに付き合わせてやりたいところだが、今夜は未来ちゃんに貸してやるよ」

顔を上げると、いつもの冗談ばかり言う気さくな男がいた。俺と同じく不器用ながらも、人を支えようと努力する、唯一の親友が。

「お前、ときどきいいこと言うよな」

「俺の名言集でも作るか?売れるぜ?」

「…吐かせ」

自然と笑顔が生まれ、ひとりで立ち上がった。もう迷うことのないよう、真っ直ぐに、すっかり晴れ渡った空を見上げた。


「さて、ここでもうひとつの問題だ。解析班らが監視カメラを確認、未来ちゃんを襲った犯人を特定した。『キャサリン=ローランド』革命軍でもトップクラスの狂人、スコーピオンとして次々と暗殺を繰り返し、裏でついたあだ名は『死肉喰いのキャサリン』その名の通り残虐非道の幹部だ」

「…不自然だ。そんな奴が、何故予告よりこんなに早く潜伏している?それに一戦闘員であるはずの未来を特定して襲った。不明な点が多すぎる」

「街もここ数日で一気にキナ臭くなった。今回の一件、想定以上にでかい影があるみたいだな」


ここは一度態勢を立て直す必要がある。すぐに道師へ連絡するとしよう。

このままじゃこの国は、影に呑まれる――――





『あら、もしかしてヒトを殺したことがないのですか?』

『あんなに気持ちの良い感覚を味わったことがないなんて、もったいないですわ』

…さん

『なら教えてあげましょうか?この感覚を、この湧き上がる高揚感を!』

「二条さん!」


暗く深い夢から覚めた。見たことのない天井、見たことのない女性が、焦った様子でこちらを見ていた。

体を触ってみると、尋常ではない量の汗がべっとりとまとわりついていた。それとは逆に、寒気が止まらない。

「ここ、は…?」

「安心して、ここは紅麗組の医務室。脅威は一時的だけど、去っていった」


つまり、ここは一応安全ということか…気を休めてもいいんだ。

「ありがとうございました。えっと…」

紅麗くれい 夏雅なつめだ。和彦の双子の妹で、紅麗組の組長補佐をしている」

彼女は紅麗さんと似た、どこか不思議な雰囲気こそあるが、とても裏の仕事をしている人には見えなかった。髪色は眩しい金髪と派手だが、落ち着いたオーラをもった女性だった。

押しつけるように差し出されたホットミルクを手にとり、「いただきます」と小さく呟き、口にする。


瞬間、自然と涙が零れた。温かく優しい味に、涙が止まらなかった。

「怖かった。すごく、怖かった…」

しゃくり上げて泣き続ける私に戸惑いながらも、夏雅さんは私の背中を撫でながら、傍にいてくれた。

もしも贅沢を言っていいのなら、隣には、隼人センパイがいてほしかった…





扉を開けて中に入ると、久しぶりに見た夏雅の姿と、ベッドに横になっている未来が視界に入った。

夏雅はこちらを見ると、目を泳がせつつ、勢いよく立ちあがった。

「お、ひ、久しぶりだな!」

「よお夏雅、未来が世話になったな」


彼女は高校時代の同級生で、なにかと俺に突っかかってくるよくわからない奴だが、紅麗の妹だけあって、一緒にいることが多かったので、関わりは人並み以上だった。

「容態は?」

「一度目を覚ましたが、泣き疲れてまた眠ってしまった。かなり怯えていた」

「そうか…ひとりにして悪かった。もう大丈夫だぞ」

眠っている未来へ声をかけ、隣へ座る。ふと目線を移すと、夏雅が変な目でこちらを睨んでいた。


「んだよ、そんなに珍しいか?」

「そ、そりゃ珍しいが…羨ましいな、なんてゴニョゴニョ」

「あ?いまなんて?」

「う、うるさい!さっさと二条さん連れて帰れ!」

「はぁ?お前相変わらずわけわかんねえな…」


言われたとおり、未来を抱きかかえて扉へ向かった。夏雅がなにか言いかけていたが、無視して行くと、紅麗もまたニヤついた顔でこちらを見ていた。

「なんだよ、ふたり揃って気持ちわりい」

「いやぁ、別にぃ?」

面倒だから無視して扉を肩で押し開け、一度振り返った。


「まあ、うちのが世話になった。礼はまた今度するわ」

部屋に残った二人は、なんともいえない違和感に襲われていた。

「どうよ夏雅、久しぶりの隼人は?」

「そりゃ、驚いたよ。あんなに優しい隼人、初めて見たから…」

「だよな。あいつは少しずつだけど成長してる。万年反抗期だったクソガキが、ようやくな」


助席に未来を寝かせ、車を走らせた。そして静かに、決意を固めた。

「すべては、今夜語られるってか…」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ