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くらうん《リライト前》  作者: 永ノ月
3章 影の戦線編
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TARGET27 すれ違う波長はやがて

謎の男、森羅 英彦に誘われ、道場の中へ入る。古き良き、といった内装で、数百年前の景色を風化させることなく保っている。何故かは分からないが、とても落ち着く空間だった。

「ここで待ってて」と和室に私達を置き、キッチンへ歩いていった。

「わ、私やりましょうか?」

「気が利くねぇ、でもええで。嬢ちゃんは客人や」

ニヤリと笑い、待つようジェスチャーされ、ようやく畳へ腰掛けた。


「珍しいですね。今時畳のある家なんて」

「すっかり見なくなったからな」

「あの、隼人センパイ」

「ん?」

「森羅さんって方が、センパイの師匠なんですか?」

隼人センパイは一度鋭い目で睨みつけ、そして諦めたように、ため息をついた。


「残念ながらな、アイツは俺の周りでもとびきりの変人だ。花園や紅麗ともいい勝負の、な。実際、俺はアイツに一度も勝ったことがない」

「あ、あの隼人センパイが?!」

あの隼人センパイが負けを認めるほどの強者。ますます気になってきた…

「ちなみに、あの見てくれで実年齢は50過ぎのジジイだ。騙されんなよ」

「ほー…ところで、『類は友を呼ぶ』って言葉を知っていますか?」

「ぶん殴るぞ?」


「茶ぁ淹れたで~って、何やっとんねん朝から」

森羅さんが戻った頃には、ちょうど私たちが組み合っていた。呆れた口調で一蹴し、二人の前へ淹れたての茶を置く。

「で、今回は真面目な話とちゃうんか?」

「相変わらず勘のいい奴だ。実はな」

「えっあの、話していいんですか?」

「心配すんな、道師に許可はとってる」


隼人センパイは、ついに3週間後に迫った新人戦が開催されること、そしてその裏で蠢いている脅威について、それらの全容を語った。

森羅さんは相槌も打たず、ただ黙って聞いていた。

一通り話し終えると、一度だけ頷き、重い口を開いた。

「ふむ、状況はだいたい分かったで。ほんでそこの嬢ちゃんに稽古をつけてほしい、と…ワシも期待のルーキーがどんなもんか気になるのが本音や。協力するで」

「あ、ありがとうございます!」

「ときに隼人よ」

私へ軽く手を振ってから、隼人センパイへ顔を向けた。その顔は、何かイヤらしい笑みを浮かべていた。


「自分…もう抱いたんか?」

「なっ…バカかてめえ?!こんなちんちくりんを誰が好き好んで!」

「だ、ダク…抱きしめるってことですか?」

「お前は話がややこしくなるから黙ってろ」

「ふーん。その調子だとまだみたいやけど、自分も守備範囲広いやんけ」

「こんの…ジジイ……!」


「まさか、また失うんが怖いんか?」

森羅さんの一言に、隼人センパイの動きが止まる。その表情は、怒りを表すとともに、どこか悲しみを纏っていた。

その顔を冷たく睨む森羅さんは、はあっとため息を吐いた。

「その調子だと、まだ話してないみたいやな。いい加減パートナー同士の隠し合いは」

「いずれ話す。今はその時じゃない」

冷静に、そして棘を含む隼人センパイの言葉に、森羅さんはまた笑う。隣に座る私は、言い表せない疎外感に襲われた。


「それに、今回は俺の話をしにきたわけじゃない。稽古を頼む」

「やだね」

「よし。じゃあ道場に…今なんて言った?」

動きかけたところで、隼人センパイが止まる。森羅さんに笑顔はなく、ふてくされたような態度をとり始める。


「気が変わった。その嬢ちゃんは隼人の相棒でも、パートナーでもない、ただの友達や。その程度の紹介で付き合ってやるほど、ワシは暇やないで」

「今更何言って…」

うろたえ、徐々に怒りを現わしてゆく隼人センパイを遮り、彼の前へ立ち塞がった。

「私も、気になります。教えてください、隼人センパイに何があったんですか?二年前、センパイは何を…誰を失ったんですか?!」

「黙ってろ!今のてめえには関係ねえんだよ!」


隼人センパイの怒声が響き渡り、部屋は一瞬にして静まり返った。言葉を失った私は、なんとか発する言葉を探した結果、これしか思い浮かばなかった。

「私達の信頼関係って、そんなものだったんですか?隠し事なんてしてたら、パートナーとはいえません」

「だから、今はまだ」

「私は嬉しかったのに…簡単に『相棒』だなんて呼ばないでください!」


ふと、頬を流れた何かを拭う。しかし、いくら拭っても次々と流れてくる。それが涙と気がついた私は、急に恥ずかしくなって、その場を飛び出した。

「おい!どうやって帰る気だ!」

「走って帰ります!」

最後にそう吐き捨てると、私は無心に階段を駆け下り、ひたすらに走った。こうすることでしか、心に渦巻くイヤな空気とみ向き合えなかった私を、深く噛み締めた。





未来のいなくなった部屋は奇妙な沈黙に包まれ、息苦しいばかりの時間が続いた。その沈黙を打ち破ったのは、前に座る男の、間の抜けた声だった。

「あーあ、怒らせてもうた。ワシャ知らんで~」

俺は何も言い返せなかった。今の口論に、未来に非はない。強いて言うなら『宇田川 隼人という人間の、深い部分へ入りすぎた』といったところだろうか。

「あいつと組んで日は浅い。鬱陶しいし、変なところで鋭いし、ガキだし…それでも何故か、あいつの隣は居心地がいい。つい心を許してしまいそうになる。それでも俺の背負う十字架を、痛み分けすることはできない。なんて、わがままに聞こえるか?」

「その一匹狼癖は変わらんなあ。せやけど、それがないと隼人ともいえんし」

「バカにしてんのか?」


乾いた笑顔が浮かべると、森羅はそれを見てニヤリと笑った。

「正直な話、どうなんよ?あの娘にゆかりの代わりは務まりそうなんか?」

「まさか。あの人の代役なんて誰にも務まらねえよ、例え見た目がうりふたつでもな」

「一途やねえ」

自分でもそう思う。あれから2年経った今でも、縁さんを想い続けている。もし、この想いを他の女に向けてしまったら、それは罪からの逃れようとしている気がするから。


「本当は俺の整理がついてないだけなのに、八つ当たりみたいになっちまったな。帰ったら謝るよ」

「今度は素直かい、面倒な男やな。まあええわ、ちゃんと拾って帰ったれ。次来るまでには仲良うなっとれよ?」

森羅の言葉を背中で受け止め、手を振った。

気持ちを切り替えて、真正面からぶつかってやろう。





私は分からなくなっていた。今まで隣にいた存在、宇田川 隼人という人間の真意を。彼は何を体験し、何を感じ、どんな傷を負ったのか…

まだまだ他人であることは十分に理解しているつもりだった。それでも、私はあの人の特別になりたかった。せめて、空いてしまったであろう大きな穴を埋める、代替品でもよい。

私は、必要とされたいのだ。


「雨…」

突然現れた巨大な雨雲に覆われた空はひどく重たげで、その涙にも似た雫を、少しずつ、そして地面を叩いた。通りすがる誰もが傘を差し、足早に屋内へと歩んでいた。私はただそれを、冷たい雫に打たれながら、眺めていた。


「今日はずいぶんと冷たい雨ね、体が冷えちゃうわぁ」

背後から聞こえた声に目を向けると、そこには見知らぬ少女がこちらへ歩んでいた。彼女もまた、傘を持っていなかった。派手なピンク色の髪が私の頬へ触れると、彼女は笑ってこちらの顔を覗き込んだ。

「あなたも雨にあたるのが好きなの?」

「好き、ではないですが、今はこうしていたいんです」

「ふうん…変わった娘なのねぇ。何かあって?」


初対面の人にはとても話せないような内容を、私は何故か彼女に経緯を説明した。驚くほどに口は軽く、すらすらと言葉に出せた。まるで私から話しているのではなく、彼女から吸い出されているようだった。話し終えると、彼女は首を傾げて、言った。

「つまり、お互いを分かり合えずにいる、と」

「そうですね。いや、もしかしたら、私が深追いしすぎただけかもしれません」

「そうねぇ…でもぉ」

彼女は言葉を切り、不気味に笑って答えた。


「わからないのなら、殺してしまえばいいのに」


瞬間、私の止まっていた思考は強い衝撃で叩き起こされた。彼女の放った言葉を、理解することができなかった。半歩離れると、彼女もまた私から離れた。よく見ると、左右の目は焦点が合っていない、明らかに不気味な雰囲気が漂っていた。

「何を…言っているの?」

「だって、殺してしまえば楽になるでしょう?そうは思いませんか、ニジョウ ミキさん?」


瞬間、彼女の背後に見えた、蛇のような矢印が自分へ向けられていることに気がつき、咄嗟にかわす。すると矢印は私の頭上を通過し、背後のビルを破壊した。同時に、たくさんの悲鳴が響いた。

私は彼女を睨み、問うた。

「あなた、一体何者?」

彼女はまた不気味に笑い、私へ手を振って、答えた。


「アタシはキャサリン=ローランド。革命軍プロテスタント四幹部トランプのひとりにして、特殊暗殺部隊スコーピオンの筆頭よ、よろしくね?」


スコーピオン…革命軍の幹部?

そしてこれが、私の『最初の狂気』との出逢いだった。


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