TARGET26 ある者は奮い、ある者は
東京から遠く離れた、古き良き伝統を受け継ぐ地、京都。
幾度となく続いた能力者騒動により、各地の寺や世界遺産が破壊される中、京都はほぼ無傷を保っている。
東京に次ぐGSOの徹底的な管理が行き届き、かつ在籍している一般能力者も少なく、世界で最も安全な都市として、未だ海外からの人気を誇っている。
その都市へ今、足を運んでいる青年が2人。
ひとりは西洋の顔つきをした、長身に金髪の男で、表情を緩ませて街中を歩いている。
もうひとりは日本人。濃い青色の髪は無造作に伸ばされ、不機嫌そうな目つきが前髪から覗いている。視線の先は、もちろん金髪の男。
「ねえ、まさかここまで来て、何もしないわけないよね?」
青髪の男がポツリと呟くと、彼を見下ろして言った。
「何言ってるんだい?ただの観光だよ〜」
「ええ?!君が何かするって言うから連れてきてやったのに……」
「アハハ。今のうちに楽しんでおこうと思ってね、平和な日本を、ね?」
「これからぶっ壊す奴がよく言うよ。前回みたいに失敗しないでよね?」
金髪の男は、店先で買った八ツ橋を1切れ摘み、口へ放り込む。満足そうに笑って、青髪の男へ話す。
「いやいや、あれは揺さぶりだよ。あくまで本当の目的は、GSOの今の戦力の確認と、ウェスカーくんの始末だったからね」
「とことん冷たい男だ、いつもへらへらしているくせに」
「いいじゃない。君の仕事も減ったんだし…それに、『彼』が使えるかどうかも見てきたよ」
名を出さずとも、二人の間では一致した。一人の男の話に変わる。
「君は学校でずっと見張ってたらしいけど、どうだったの?」
「一般人と何一つ変わらなかった。俺の判断は、使いものにはもうならない、だ」
「確かに、彼はもう戻ってこれない。裏切り者はその場で処刑するのが、スコーピオンの掟らしいからね」
青髪の男は立ち止まり、前を歩く男を睨みつけた。
「どうしたんだい?急に怖い顔して」
「次は仕留めろよ、アーサー」
アーサーは微笑し、空を見上げる。
「今日は天気がいい。3週間後も、晴れてるといいね」
☆
花園邸での話を一通り終え、ちょうど自宅へ戻った二人は、真剣な面持ちでリビングのテーブルへついた。
不思議に思った自分は、冷えた麦茶を持って二人へ差し出した。
「おかえりなさい。二人揃ってどうしたんすか?真剣な顔しちゃって」
「ああ、ちょっと真剣な話をしている」
「私達の人生に関わる大事な話です」
うん?私達の人生…ま、まさか?!
「は、隼人くん。まさか?!」
「ん?ああ、まずいことになった。まさか命の話が絡んでくるとは、思いもしなかった」
は、隼人くん…
不純異性交遊ぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜?!
いやいや、いけませんて。それはまずいですって隼人くん。相手は純朴な高校生ですよ?
そんな娘を、に、妊娠…させてしまったなんて。
落ち着け自分。隼人くんとミキちゃんに限ってそんなことするわけないですよね?
普段の会話こそ仲悪そうですが、本当は互いを認め合ってますし、とても仲睦ましい関係に…
あっこれフラグっすね。と、とりあえずミキちゃんに聞いてみよう。
「み、ミキちゃんは大丈夫なんですか?」
「ええ、楽しみにしていた分、とてもショックです。隼人先輩にも、見てほしかったのに…」
あっ…マジっすか。まさかの産めないって方向ですか…さらに話が重くなってしまった。
「だ、大丈夫っすよ。まだ先はありますよ!ミキちゃんは若いんだから!」
「ですけど、もしかしたら…もう先はないのかもしれません」
必死に励まそうと努力するが、ミキちゃんの表情は曇る一方だった。
「は、隼人くんはどうなんですか?!」
「こればっかりはどうしようもない。宣告されちまった以上はな」
う、うわぁ。こっちはこっちで無責任っすか…絶対隼人くんのせいだけど、これは口に出せないし……
「ど、どうにもできないんですか!なにか方法は!」
「現時点ではありません。それでも、私は挫けてられません!戦わなきゃいけないのなら、これからもっと強くなります!」
あの、鍛えれば何とかなる話ではないんですが……
「俺も付き合おう、時間がないんだ」
いやいやいや隼人くんが入るのはおかしいでしょう。そこは一人でやらせてあげましょうよ。
どーーしましょう。まさか我が家でいつの間に夜の営みが行われていたとは…この瀬見、一生の不覚。
こうなったら、自分も全力でカップル…いえ、夫婦をサポートしていかねばなりませんね!
「わかりました!それではこれから、身体にいい料理をつくっていきましょう!」
「本当ですか?!ありがとうございます!」
「共に頑張りましょう、新たな生命を、地上へ落とすために!」
「えっ?」
「は?」
「えっ」
ここで何かを察した隼人くんは、頭を抑えて立ち上がった。
「一応聞くけど、お前は何の話をしていた?」
「えっお二人は一夜を共にし、これから夫婦に」
「んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ですよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」
「は、隼人センパイ!に、妊娠してるんですか?!」
「引っ叩くぞ?」
以上、我が家のすれ違い劇場でした。
☆
「ったく、折角真剣な話してたのに、急にギャグ回になっちまったじゃねえか」
「すいません、すれ違いが勘違いを呼び…」
盛大に殴られた挙句、部屋の隅に正座させられている瀬見さんを横目に、家に入る前の続きを始める。
「ともかく、スコーピオンの侵入を防ぐことは俺達ではできない。だから道師は、極力表には出さず、裏で仕留めようとしている」
「まさに『影の戦線』って感じですね!」
カッコイイ響きに、つい目を輝かせてしまう。隼人センパイの冷たい視線で我に返る。
「これを今のところ知っているのは、道師の親父と道師と弥生、西東京のトップ嘉瀬 雄略、そして俺達だ」
「そんな錚々(そうそう)たる顔ぶれの中に、私がいてもいいのですか…?!」
「今回、お前は俺の相棒として参戦することが決まった。表では一選手として、それでいて内部に潜んだ敵を仕留めるのが今回の仕事だ、できるよな?」
私はあまりの驚きに、表情ごと固まってしまった。
カッコイイ作戦に抜擢されたことよりも、上に期待されているよりも、隼人先輩に『相棒』と呼ばれたことが、一番嬉しかった。
「隼人センパイ!」
「いきなりでかい声を出すな、うるせえ」
「私、頑張ります!隼人センパイの相棒として、恥ずかしくない働きを必ずや」
「うるせえっての」
「あうっ!」
脳天にチョップが入り、抑えるとともに隼人センパイを睨む。
「ほんと、センパイは加減を知らないですね!」
「バカには容赦しない主義なんでな」
「ぐぬぬ…!」
睨み合う空間を引き裂く、隼人センパイのケータイが唐突に鳴り響いた。
発信主は、道師 彰。
『メンバーが決まった。再来週に招集をかけ、顔合わせと作戦会議を行う』
「ああ、わかっt」
「道師さん!他はどんな方々なんですか?!」
電話に割り込み、甲高い声を張り上げた。電話口の道師も、眉間にシワを寄せ、耳から電話を離した。
『もう少し小さな声で頼む。今回の部隊は私と弥生を含む7人で組織される、メンバーは…まあ、後日を楽しみにしてくれ』
大事なところははぐらかし、電話を切られてしまった。
「ぬぬ…道師さん、大事なところを言ってくれませんでした!」
不機嫌に頬を膨らませる姿を、隼人センパイは冷たい目で見つつ、別の話を開いた。
「帰りに話した通り、お前にはレベルアップが必要だ」
「わかっております!」
「ん。そういうことで瀬見さん、明日車貸してくれ」
「えっ?どこ行くんですか?」
正座をしていた瀬見が、よろつきながら立ち上がる。
「行きたかねえけど…『道場』に」
「えぇぇぇ?!あんなに嫌がってたのに!」
私には、その道場が何なのか分からなかったが、せみゆーさんが本気で驚いていることから、隼人センパイに何かしら縁のある場所だということが推測できた。
「その道場には、誰がいるんですか?」
隼人センパイは目を細め、ため息をついてから答えた。
「俺に格闘技を教えてくれた、森羅流拳法の師だ」
「隼人センパイに、ですか」
あまり戦ってるのは見たことはないが、隼人センパイが強いことはよく知っている。その師匠とは、一体どんな人なのだろう…?
☆
翌日。休日の昼間に車を走らせて向かったのは、東京を出た、とある寺のような地だった。
先の見えない長い階段を黙々と登っている最中、隼人センパイは珍しく怯えた目つきでこちらを見た。
「いいか。アイツは最早人間じゃねえ、何でもかんでも見通せるド変態エスパーだ。あと見てくれに騙されるな、本当は…」
「ボロクソ言いよるわ、心外やねぇ」
隼人の前へ、何の前触れもなく一人の男が現れる。顔を上げると、文字通り目の前に男の顔があった。
「げっうおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
「隼人センパイぃぃぃ?!」
上体を反らした隼人センパイは、バランスを崩して階段を転げ落ちていった。運よく踊り場で止まり、ボロボロになりながらも見上げ、男を睨む。
「相変わらず影も気配もないな、ホントに生きてんのか?」
「当たり前やろ。足もついとるし、立派な人間や」
弾んだ声で返すと、今度は私へ顔を向けた。
色素が落ちきった純白の髪から覗く目は、眠っているかのように閉ざされている。
口元を緩ませ、また一歩こちらへ近づいた。
「やあやあ。キミが隼人の新しいパートナーかね。名は?」
「に、二条 未来です…」
「ふーん…ええ名前やな。それに、どっかの誰かさんに似て、真っ直ぐな目ぇしとるわ。ほれ、ついてきなぁ」
この人が、隼人センパイの師匠?
「ワシの名は森羅 英彦、気軽にシンちゃんと呼んでくれ」




