TARGET23 扉と橋
「ぐぁぁぁぁっ!!」
体に鋭い電撃が走り、その場へ膝をつきそうになる。
なんとか起き上がって、素早く距離をとる。
もうどれだけ戦っているか分からない。息が切れる、手足の先が痺れる…。それでも思考は止めまいと、体を振るった。
負けたくない、負けたくない!
「どうしてそこまで食い下がるのさ?君は強いよ、少しでも気を抜いたら一撃でやられちゃう。でも相性が悪いんだよ、僕の能力がある限り、君の攻撃は当たらない」
いよいよ返事をする元気もなくなってきた。
どうする、どうする、どうする…?
☆
時間は少し遡る。忍先輩との戦いが幕を開けた。
同時に走り出し、蛇の如く非直線的に距離を詰める私に、忍先輩は動じず、プラズマ型ソードを構える。
一定の距離に入ると、私はハンドガンを構え、目にも止まらぬレーザーが忍先輩を襲う。
「運動不足さんはこれで終わりです!」
「なめないでよ」
弱々しくそう答えると、忍はすれすれで躱した。
2発、3発と撃ちこむが、忍はそれをすべてすれすれで躱す。
「まだまだぁ!」
「じゃあ、こっちの番ね」
素早く取り出したハンドガンを向け、放つ。
その弾道は私の頭へ一直線に走る。
「うわ、正確…ですが!」
変幻自在。身体はゴムのように曲がり、さながらイナバウアーのように上体を反らし、こちらも見事に躱した。
「長期戦はしませんよ、一気に片付けます!」
不敵に笑ってみせる。それに忍先輩は顔をしかめる。
戦いの幕は、上がったばかりだ。
熱い戦いを見守るギャラリーの中、一際熱い眼差しを送る人達がいた。
そのうちの一人、赤紫色のショートヘアの女性が口を開いた。
「私は正直、勝負にならないと思っていました。約1年間引きこもっていた城島くんと、毎日体を動かしていて、さらに戦闘力は飛び抜けて高い二条さんでは、差がありすぎると」
それに黒髪の女性がニコリと微笑み、顔を向けた。
「私はそうは思わなかったわ。もっとも、そう考え始めたのは彼と言葉を交わしたときだったけど…」
「と、いいますと?」
その隣に座っていた茶髪にメガネの少女が首を傾げる。
それに黒髪の、短髪の少年が腕を組みつつ答えた。
「奴の読心という能力は、簡単に言えば相手の頭の中を見透かしているようなものだ。これが戦闘に使われると、どうなると思う?」
「…あっ!」
確信したように黒髪の女性、愛が頷く。
「そう。彼の能力を駆使すれば、攻撃を予知して避けることができる、恐ろしい能力でもあるのよ」
「そんなっ…そんな人に、未来ちゃんはどうやって勝てばいいんですか?」
不安げに結衣が呟き、模擬戦場で蹴り広げられている戦いを、ただ見つめた。
隼人・弥生サイドでも、同じような討論が行われていた。
「ある意味チートじゃな〜い。忍くん、もっと体力つければ最強になれるんじゃない?」
弥生はつまらなそうに椅子へもたれ、天井を見つめる。
「そうでもない。ああいうタイプの攻略法は『案外簡単だったりする』ものだ。ただあのバカは、戦闘に関してだけはいろいろ考えすぎてる。それが今回の仇になってるわけだ」
「へー…それにしても、なんだかギャラリー多くない?見慣れない顔もちらほらいるよ?」
上体を起こした弥生が、観客席へ目を向ける。
そこには、普段は非番の戦闘員だけで席は空いているのだが、今日は空席が少ない。
思い当たる理由はたった一つ。
「新人戦の偵察か。忍はともかく、未来は既に登録されてるからな。それにしても、気にせず手の内晒しやがって…これで他県に負けたら許さねえ」
嫌に険しい表情の隼人を見て、弥生は満面の笑みを浮かべ、彼の腕に抱きついた。
「『研究されるくらいで弱くはならない』はーくんが前言ってたよ?」
隼人はそれに目を細め、弥生の頭へチョップを入れる。
「痛いっ!」
「わかってるよ、それくらい」
弥生には向けずに、微笑する。そしていま戦っている彼女へ聞こえるわけもなく、呟いた。
「簡単に負けんなよ、未来」
そして私は、一太刀の電撃を浴びた。
☆
戦闘開始から数分、埒が明かないと感じた両者は、一度呼吸を整えるべく足を止めた。
電撃の余韻が残る中、顔を上げると、相手が見えた。
似たような感情を抱いた目つきは、自分を見つめるような感覚になる。そして私は自分自身へ問うた。
わかっていた。忍先輩の読心という厄介な能力は、用法によってはこうして攻撃を読まれることくらい。
それでも、突破口の見えないこの戦いは私にとってかなり不利である。スタミナの無さをついて長期戦に持ち込めれば、と安直な考えで挑んだが、最小限の動きで躱す上に、この流れでは動きの鈍ったところをレーザーガンかソードで叩かれて終わりだ。
できる限り、頭と体のギャップをつくってフェイントをかけていかなければ。
「全部筒抜けだよ。君は少し考えすぎだね、二条さん」
はっとなって、金色に弱く光る目を見開いた。
彼の首にかかったヘッドホンが、三度思い出させた。
彼の能力の恐ろしさ、勝率の低さ────
前髪から滴る汗を眺めていると、後方から声が聞こえた。
見知らぬ人々の声。
「あっちの男の方は強いなー。ギリギリだけどまだ攻撃は当たってないだろ?」
「女の子の方は、機動力、スタミナともに抜群のステータスを誇っていますが、決め手に欠けますね」
「勝てないだろ。これは相手が悪いよ」
ギャラリー達のざわつきを嫌がってか、忍先輩は眉間にシワを寄せて言った。
「聞こえたかい?これが客観的に見た感想だよ。君は僕に勝てない、少なくともこの戦いはね。だから今回は潔く…」
「嫌です!!」
荒れた息が続く限り、大きな声で叫んだ。
忍の囁くような言葉が切られる。観戦していたギャラリー達も、口を閉ざした。物音一つしない広い、広い戦場で一人、口を開いた。
「私は…自分のやりたいことには、何でも全力で取り組みます。訓練は少し嫌だったけど、やりたいことのために、我慢して全力で取り組んできました!」
「だから、君のやりたい新人戦に、僕を巻き込むために全力で倒しにきていると。傲慢だね」
一瞬静まり、息を整える。そしてもう一度、声を張った。
「以前なら自分のためだけにやっていたでしょう。でも今は違います…誰かのために真剣に悩み、誰かのために全力を尽くすことは、愛であり素晴らしいことだと。そして今回は!あなたに広い世界へ羽ばたいてもらうために、あなたを倒します!!」
「…半分嘘だね。結局は自分のためだ」
こうとしか反論ができなかった。彼女の言葉にはいまいち筋が通っていない。
だけど彼女には、迷いがない。阻む壁が一切ない。
ここまで単純なバカ、という代名詞が似合う人間を、僕は見たことがない。
単純なバカは、腰からトンファーを抜いて構えると、子どものように無邪気に笑った。
「勝ちにいきます!覚悟してくださいよー!」
再び二人の距離が縮まる。ソードを構える。
いまの彼女は、先程までと決定的に違うものがあった。それは
「ハァァァッーーー!!」
「っ!!こいつ…」
何も考えてない?!
「考えるな、感じろ!目の前の一瞬を、今を、0.1秒を制する!!」
「おい、男が押されてきたぞ?」
「さっきの会話、なんだったんだ?」
「またギアを上げてきた…どこからそんなスタミナが湧いてくるんだ?」
くそ…このままじゃ、負ける…。
いや、僕は最初から悟っていた。圧倒的ポテンシャルを持った彼女に、僕が敵うわけがないと。
それでも、僕は抗いたかった。こんな少女一人に、僕の過ごしてきた能力者としての生活を、変えられたくなかった。
それも違う。僕一人じゃ無理だった。
誰か、僕へ手を差し伸べてくれる人を待っていた。
「それが、いまなんだね…」
次々と襲いかかる攻撃をギリギリで躱してゆく最中、僕は足を滑らせて、体が折れた木のようにゆっくりと倒れてゆく。
もう、足はついてこなかった。僕の、負けだ。
二条は、倒れてゆく僕の腕を掴み、強く引き寄せた。
引き上げられるままに立ち上がると、目の前に銃口が現れた。
「チェックメイト。ですよね?」
「…うん、ありがとう。二条さん」
拍手喝采。見ていた大勢が、ひとり残らず立ち上がり、惜しみなく拍手を送った。
戦闘終了の機械音が、共鳴して響いた。
☆
「みぎぢゃぁ゛ぁ゛ぁん!!」
「ちょ、何で泣いてるの結衣?!」
メガネを外して泣きじゃくるまま、戦闘を終えて水で浸したタオルを首にかける未来へ飛びついた。それに続いて梓弓は、目を輝かせて問うた。
「最後!どうやって攻略したのですか?!」
「いやー必死になってたら勝てました〜」
「勢いかよ、まったく恐ろしいやつだぜ」
それにつられて、後ろに突っ立っていた智樹も微笑した。
僕は、ふうっと小さくため息をついて、宙を目で仰ぐと、その上に黒髪の女性が現れた。
「負けてしまいましたね。どうしますか、忍くん?」
僕は真っ直ぐに彼女を見て、再びため息をついた。
「嫌だ、とは言えない立場になってしまいましたね」
「それでも、二条さんが無理やり引き入れると思いますがね」
僕の視界には、5人が映っていた。
手前にいる愛さん、微妙な距離を保つ智樹と梓弓、結衣、そして自分を負かした、一つ年下の少女 二条。
彼らになら、心を開けるかもしれないと、思った。なれるよう願った。
「昨日と今日はひどいことしたね。ごめん…」
「謝る必要なんてないですよっ!ねっ八束先輩?」
「そこ俺に振るか?」
踏み出すときは、今────
「これからよろしく、みんな」
☆
友達がいた。好きな人がいた。自分のことを、みんなはどう思っているのだろう?そんな些細な興味が、まさかこのあとの悲劇に繋がるとは、思いもしなかった。
それはある日、ふとした瞬間だった。
『あっ寝癖ついてる。言ってやらなきゃ』
寝起きの僕には、多少の違和感はあれど、それが『普通の声』に聞こえたのだった。
その直後に、母からまったく同じ台詞を言われた。
さっきも言ったじゃん。僕はそう思ったが、口には出さなかった。
そして、学校。僕は絶望した。
次々と流れ込んでくる、人の声。授業中にも関わらず、誰一人口を開いていないにも関わらず、次々と声が聞こえてきた。
そして中に、知りたくもなかった声まで。
『アイツホントキメエワ』
…
『ナニアイツ、インキャラダナ…』
やめろ
『イチクミノジョウシマクン、ウザスギ!シネバイイノニ…』
やめろ…
『城島って何か雰囲気変わってて…正直付き合うたくねーんだよな』
その日から僕は、外のセカイから、僕を切り離した。
それから一年、新たな扉を、そこへ繋がる橋を見つけた。
もう一度、冷たいセカイへの扉を開ける────
新人戦編、改め『影の戦線編』の序章が終わりました。
投稿しておいて、変更は申し訳ないばかりです…
CROWNという作品をより盛り上げられるよう、精進しようと思います!




