TARGET21 この狭いセカイで
昔…というほどでもないけど、中学の頃までは友達が好きだった。
友達とわいわい楽しく遊ぶのが好きだった。
友達と気兼ねなく話せるのが好きだった。
でも、ある能力が僕に宿ってから『セカイ』が変わった。
他人を見ると、耳元で囁くように、心の声が聞こえる。
『アイツホントキメエワ』
…
『ナニアイツ、インキャラダナ…』
やめろ
『ニクミノジョウシマクン、ウザスギ!シネバイイノニ…』
やめろ…
『城島って何か雰囲気変わってて…正直付き合いたくねーんだよな』
「うわあああああああああ!!」
叫びながらベッドを飛び起きると、いつもの暗い部屋があった。
いつもの僕が24時間を過ごす、僕だけの空間。
ここなら誰の声も聞こえないし、他人と関わることもない。
息を切らして周りを見渡しても、誰もいない。カーテンの隙間から溢れた日差しと、パソコンの明かりだけが部屋を照らしていた。
ベッドから出てパソコンの前に座り、チャットを覗く。今日も今日とて、くだらないことばかり言っている奴らがいる。それでも、文字だけなら心の声が聞こえない、俺にとっての最高の居場所。
誰も僕を気味悪がらない、僕のセカイ。
そして、セカイの終焉を告げるインターホンが鳴った。
☆
「おじゃましまーす!」
制服姿の私と愛先輩が城島家に入ると、私はこっそりと能力を発動させた。
部屋には男の子が一人、パソコンの前に座っている。
彼の纏うオーラは…とても悲しげな色をしていた。閉鎖された、明かりのない黒。他の色をも飲み込んでしまう黒。
「待ってて…絶対、救ってみせますから…!!」
「あら、今日は女の子が二人ですか?」
母親は嬉しそうに笑う、それに愛先輩は丁寧に会釈をして答えた。
「初めまして、渋谷第二高校で生徒会長をやらせていただいております。嘉瀬 愛です。こちらは1年生の二条さんです」
「二条 未来です!今日は忍先輩と話にきました、もう大丈夫です!私達が必ず…」
「ちょっと二条さん、近いですよ?」
いつもの調子でズイズイと近づくと、一歩下がって顔をひきつらせる。
愛先輩はジト目を浮かべて私の首根っこを掴み、階段へ向かう。
「お茶などはお構いなく、お話をしにきただけなので」
「そうですか、あっあの…」
母親が何か言いかけたところで、二人が足を止める。少し躊躇って、意を決するように口を開いた。
「忍を…どうかよろしくお願いします」
「…任せてください!」
満面の笑みを浮かべ、階段へと足を向ける。
「どうですか、二条さん?」
愛先輩は真剣な面持ちで問うた。
「信頼とか、友情とか…暖色を放つオーラが何一つ見当たりません。それでも、このオーラは間違えていることがある。それがついこの前、分かったので…」
それは四月の事件、誰かに操られ、殺された不憫な少年のこと。愛先輩にもそれが、痛いほど伝わってきたはずだ。
私の肩に手を置いて、柔らかい声色で言った。
「そんなことないわ、彼は…本当は素直でいい子でしたから。あなたの目は間違っていません」
振り返って、弾けるような笑顔を、愛先輩へ向けた。
「はい!私にしかできないことを、してみせます!」
「もう、二条さんったら…本当に可愛らしいわ」
背中に抱きついて、顔を押し付ける。
どうしようもできない私は、ただ微笑むだけだった。
「これでおっぱいもあればもう結婚しましたのに…」
「なんで最後にケンカ売ったんですか?」
扉の前に立ち、2回叩く。
「こんにちは、1年の二条と3年の嘉瀬です。入っていいですか?」
扉の向こうからは何も聞こえない。仕方なく、黙って扉を開ける。
八束先輩が話していたように、彼はパソコンの前にいた。違っていた点は、既にヘッドホンを外しているところだった。
つまり、もう能力は発動している。
「忍先輩、初めまして。1年の二条です、突然ですが、お話があって来ました」
忍は少し間を置いて、眉を下げて答える。
「昨日の二人は追い払ったのに、また手練が来るとは思ってなかったよ」
「私は会長の嘉瀬です。忍くん…お願いがあります」
座っている忍へ目線を合わせて膝を折り、左手を掴み、真っ直ぐに彼の瞳を見つめて言った。
「私達は、あなたが必要なんです。能力者の新人戦で勝つために、そして会長として、あなたには学校に来てほしい。お願いできますか…?」
出た、愛先輩必殺の悩殺フレーズ&上目遣い。私も一度はやられてみたい!
忍は一度、目を見開いたがすぐに細めた。
「こうすればだいたいイケる、か…確かに普通の男ならいうこと聞いちゃうかもね。でも僕は、あなたが何を考えているか知っている。だから…?!」
突然、忍先輩が驚きの表情を見せたかと思うと、掴まれていた手を慌てて振りほどく。
「な、なんですか?」
「この人…普通じゃない…」
「えっ?」
忍先輩の発言に、私は言葉を失った。
「ど、どういうことですか?」
すると愛先輩は立ち上がって私へ体を向け、真剣な表情を浮かべた。
「バレてはしょうがないわね…私は、可愛い女の子が大好きなの、カノジョにしたいの。凄く!」
…いや、そんな真面目に言われても。本当に底が知れないなこの人は。
「何なのあんたら、二人揃って変だよ」
忍先輩は完全に動揺していた。目を向けると、座っていた椅子を転がして立ち上がっていた。
「わ、私は意外と普通ですよ!」
「いや、君の方がおかしい」
「なっ…?!」
「だって君からは…心の声が、ほとんど聞こえない」
え?何それ、私の頭の中からっぽってこと?
「正確には、考えていることをほとんど口に出しているんだよ…何なのあんたら、怖いんだけど…」
よかった、非常人二人できた作戦は、思わぬ方向に倒れましたよ八束先輩!!
よく考えたら、ガチレズとガチポンコツがきたらそりゃ戸惑うわな。
「なら話は早いです!忍先輩、私達と新人戦に出てください!」
いつものように近づいて、至近距離で大声を張る。
うるさそうに耳を塞ぐ忍先輩は、眉間にシワを寄せ反論した。
「やだよ、僕は戦闘なんてできない」
「司令塔をしてくれるだけでいいんです、相手の作戦を盗み聞きして、私達に伝えてくれるだけでいいんです。それに、まだ時間はあります。私なら銃の使い方だって…」
忍先輩が目の前に掌を置き、静止させた。一度溜息をついてから、窓へ視線を移す。
「それに…外はイヤなものしか聞こえない、荒んだ世界だよ」
「あっ…」
二人は理解した。
彼が外へ出ない理由、人付き合いをしない理由、家族すらも避ける理由…それは
怖いから
他人にどう思われているか、自分がどのように映っているのか、オブラートのない世界へ放り出された彼には、耐えきれないものがあった。
他人に触れられたくない秘密や想いを、見透かせてしまう世界は、とても居心地が悪いに違いない。
それでも、彼にはやってほしいことがある。そしてここから出なければならない!
「後輩に言われるのも嫌かと思いますが…ここから一歩踏み出さなければ、忍先輩はそのままです!それでいいんですか?」
忍先輩は目の前の少女を睨み、すぐに目を逸らして答える。
「いいんだよ、能力者は保護されるし…このまま何事もなく、人生を終えたいよ」
「そんなのダメです!!」
「ダメ?僕は自由でしょ」
「そうじゃなくて!どうしてこんな広い世界があるのに、ここだけって決めてしまうんですか?!勿体無いです!!」
「二条さん、だっけ?僕は君が苦手みたいだ…」
それに私は苦笑し、答える。
「私は…元々こんな感じなので、嫌われたり除けられたりすることもありました…でも、受け入れてくれる人だってたくさんいます!他人と関わることで、世界は変わります!」
真っ直ぐな瞳は、目の前の少年を貫いた。
押し負けたのか、忍先輩は表情を緩めると、机に置かれたヘッドホンを首にかけて、私を見つめる。
「君の思惑に乗ってあげるよ、どうせ力づくで引っ張り出そうとしたんでしょ?」
愛先輩が驚いてこちらを見ると、薄く笑みを浮かべて、両手の指をパキポキと鳴らした。
「はい、実力行使が当初の目的なので」
「ちょっと、二条さん?」
「私と決闘してください、城島 忍先輩!!」
隣の家にまで聞こえるのではというほど、大きな声で宣言すると、忍先輩は笑った。何か悪巧みをしているような、裏のある笑顔。
「いいけど、君じゃ僕には勝てないよ?」
「へん!バッキバキのニートに負けるもんですか!!」
「ハハッ、やっぱり二条さんの言葉には裏表無くていいね。でも君の傲慢さは気に入らない、だから倒す」
忍の目は、完全に戦人の色を帯び、今からでも戦えるといった表情を浮かべている。
「では行きましょう、総合本部の模擬戦場へ」
忍先輩は一度、躊躇うような仕草を見せた後すぐ、首を縦に振った。
「し、忍…」
部屋から踏み出した忍先輩を見た母親は、今にも泣きそうな表情をしていた。
それに忍先輩は、優しく微笑んで口を開いた。
「母さん…僕はまだみんなが怖いよ。でも、少しだけ、踏み出してみることにした」
「そう…頑張ってね」
母親が涙でくしゃくしゃになった顔で笑顔をつくると、忍は頷いて、家から、狭いセカイから飛び出した。




