TARGET20 読心
昨日と今日で、変わったことがある。
ひとつは、昨日の道師さんの善意に、パートナーについて再び考えさせられた。次に、その道師さんに、城島 忍さんの勧誘を止めるよう言われたこと。
そして…
「ちょっと、ついてこないでよ!」
「行き先が同じだけだろ!自意識過剰すんな!」
梓弓先輩と、八束先輩の仲が悪くなってる?!
「どうしたのアーちゃん?昨日は八束くんについて行きたいとまで言ってたのに…?」
「あの男はサイテーでした!付き合いきれません!!」
ここまで言ってしまう2人の間に、一体何が…?
原因があるとしたら、一つだけ。
「城島先輩に、何言われたんですか?」
核心を突かれたように、二人はピクリと肩を揺らした。
振り返った八束先輩の表情は怒りではなく、かと言って無でもない、何か悍ましいオーラのある表情で、言った。
「…あいつは、止めた方がいい」
昨日も、同じような台詞を聞いた。突き放す台詞。ただ同時に、興味が出てしまう人間がいた。
「じゃあ、今日は私が会ってきます!!お二人の敵、必ずや…」
「そうじゃない、そうじゃないんだ二条…」
言いかけたところで止められ、動作も同時に止まる。
「入ったところで、上手くやれるイメージがまったく沸かないんだ…」
「読心とは、どんな能力だったのですか?」
冷静に、真剣な表情で愛先輩が問うた。
それに梓弓先輩が振り返って、絶望の混じった目で答える。
「彼の能力は…『相手の心の声が聞こえる』らしいんです」
「心の…声?」
「なるほど、それで読心と…でも、それがあれば戦闘は有利なのでは?」
「いいえ、問題は彼にあります」
梓弓先輩は苦くも、昨日の一部始終を語った。
☆
城島家の前へ着き、インターホンを鳴らす。響いてから少しして、玄関から母親が顔を出した。
どう見ても普通の母親、問題などまるで無さそうな穏やかな女性だった。
「いらっしゃい。忍のお友達なんですよね?入ってください」
「「失礼します」」
揃って玄関をくぐり、中へ入る。リビングには誰もいない、テレビの笑い声だけが、響いていた。
「あの、城島くんは?」
梓弓が問うと、母は深刻そうな顔を浮かべ、座ってくださいと指示された。
「忍が能力に目覚めたのは1年生になってから、発現以前はとても明るくて、友達の多い子だったんです…でも、能力が現れた途端、学校は疎か、外にも出ようとしません。先生が一度来てくれましたが…忍が何を言ったか分かりませんが、肩を落として帰って以来、もう来ていません」
「どんな能力かは、ご存知ですか?」
八束は冷静に、慎重に母親へ問うた。
「忍の読心は…他人の心の声が聞こえるらしいんです」
「心の声?つまり内心が見えてしまうと」
「はい。だから私やお父さんが話しても、私達がどこかで忍を怖がってるのがバレてしまって、まともに話などしてくれません」
心の声が聞こえてしまう少年、この能力はかなり狂気的だといえる。
聞こえるはずのない心の声が聞こえてしまう、これは人間関係に大きな支障をもたらすことに違いなかった。
口では言いにくい、声には出さない内面が彼には聞こえてしまう。オブラートもへったくれも無い、筒抜けで冷たい世界が、彼を変えてしまったようだ。
「城島くんのいる世界は、私達と同じ世界なんでしょうか…?」
「当たり前だ、そして彼が必要なんだ。直接話しても?」
八束が立ち上がって母親へ視線を向けると、一度長く目を瞑って、答えた。
「…忍ははっきりした子なので、何を言われても折れないのなら、話しても構いません…」
「ありがとうございます、いくぞ八崎」
梓弓は黙って立ち上がり、彼の部屋のある2階へ足を運び、『シノブ』と描かれたプレートがぶら下がる扉の前へ立つ。
「折れんなよ?」
「そっちこそ、泣いたりしないでよね?」
そう言って笑い合い、扉を開ける。
部屋には電気がついておらず、カーテンは半分だけ開いている。
鈍く光るパソコンの前に、黒いヘッドホンをつけた少年が座っていた。
そつない茶色の髪、観察するに身長は170前後、その割には痩せすぎている腕、足。
まるで死んでいるような、絶望漂う目が2人を捉える。
椅子が回転し、彼の体を正面から見る。
「忍くん。俺は渋谷第二高校の同級生、八束 智樹。こっちは八崎 梓弓」
「今日はあなたにお願いがあってきたの、実は…」
忍はゆっくりと両手をヘッドホンに添え、外して首にかけた。
少し間が空いて、忍がゆっくりと口を開いた。
「…新人戦に、出させたいの?」
この一言で、八束と梓弓は察知した。
既に能力は発動している、心の中を見透かされている。
「まあ、普通怖いよね。中まで見透かされてるんだから」
「いや、大丈夫だ。これから仲間になる君を、怖がる必要はないからな」
忍は八束を睨むように見つめ、口元に笑みを浮かべた。
「智樹、頭良さそうな雰囲気あるけど、勉強はあんまりできないみたいだね。この前の期末考査の点数が聞こえた」
「なっ…って今はその話じゃない!」
「うそ、てっきり頭いいかと思ってたのに…」
「食いつくな八崎!忍のベースに飲まれるぞ!」
「梓弓、智樹のことを特別に見ている。どうやったら私のことを好きになってくれるかな?」
時既に遅し、部屋は完全に忍に支配されてしまった。
梓弓は顔を真っ赤にして、絶句していた。返す言葉もない、といった状態だ。
「智樹も少し、彼女を特別に見てるね。でも口に出せない、あと胸が足りない…」
「ちょっと待て!だからその話をしにきたんじゃ…」
「八束…私をそんな目で見てたの!!」
「ち、ちがっ…」
「メグミ?って人も気になってるみたいだね」
ここでさらに別の人間が浮上したから、梓弓もふるふると肩を震わせている。
「ちょ、八崎…これはこいつの」
「どうせ会長の方が可愛いですよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「ぐっはぁぁぁ?!」
「ちょっと、ケンカなら外でやってよ。じゃあバイバイ」
☆
梓弓先輩が口を閉ざすと、部屋は沈黙に包まれた。
いつの間にか八束先輩の姿は消えている、能力で隠れているようだ。
愛先輩は胸の前で腕を組み、真剣な表情で梓弓先輩へ問うた。
「それで、付き合うの?」
「結局そこの話ですか!絶対イヤです!!」
「な、なるほど!だから梓弓先輩は八束先輩についていったんですね!私今納得しました!!」
「もう何も言うな、二条」
明らかに冷めきった声色の八束が、どこからか呻いている。
「しかし困るわねえ、また5人目を探さなくちゃ…」
「いえ、私が連れてきます!」
「だから、そいつはもう止めた方が…」
しかし遮って、真剣な目つきで言った。
「忍先輩は…間違いなく苦しんでいます。私達が手を差し伸べなければきっとずっと変わりません。それにチームとしても欠けてはいけない人なんです。私と梓弓先輩と八束先輩で攻めて、愛先輩がみんなを守って、忍先輩に司令塔をしてもらう、これがあれば絶対に勝てます!」
しつこく食い下がる姿に、八束先輩は痺れを切らし、思わず大声を張り上げた。
「そこまでして、新人戦に勝ちたいのか!俺達の関係がグズグズになってもいいのか?!」
「じゃあ先輩は、困っている人を目に入れながら無視するんですか!!」
「や、やめようよ未来ちゃん…」
声を張り合う二人に威圧され、結衣が涙目になって私の肩へ触れる。
はっと我に返り、悲しげに視線を落とし、そして前を向く。
「私一人で行ってきます、会って話さないと、私が納得しません!!」
「待って」
荒ぶる雰囲気を、愛先輩は一言で静めた。
いつもの穏和な笑顔で、まずは八束先輩の前へ立ち、顔を覗き込んだ。
「気持ちはわかる、と言っても静まらないでしょうが、私は二条さんと同意見です」
「じゃあ会長も?」
「私は、話し合うことに意味があると思います。閉ざされた彼の心を、私は開いてあげたい、単純にそう思ったからです」
「…」
振り返ると、そこには愛先輩の視線があった。
「それに、二条さんも《アレ》が欲しいから優勝したいんでしょう?」
私は黙って、頷いた。それを理解できない八束先輩達は、首を傾げた。
「アレって、なんですか?」
愛先輩の表情は深刻さを帯び、思わず唾を飲む。
眉をひそめ、低い声で呟いた。
「それは…優勝の副賞として『カップらぁめん一年分』がもらえるからです!」
皆の頭に、漠然とはて?のマークが浮かぶ。
愛先輩と私の口からは、いつの間にかよだれが姿を現し、目は純粋にキラキラと輝いている。
その場が一気に凍りついた、別の意味で。
「…ちょっ…と、え?それのためですか?」
「そうよ、なにか問題でも?」
「いや…その、頑張って強くなって1位とろうとか、そういう奴じゃないんですか?」
「何言ってるの八束くん。人間は物欲に従順な生き物よ?それが無くてはやる気が出ませんわ」
「そうですよ八束先輩、どこの少年マンガのノリですか?」
「」
八束先輩が黙り込むと、愛先輩が目配せし、生徒会室をあとにした。
残された人達は、意外すぎる動機に誰一人として口を開くことはできなかった。
ようやく沈黙を破るように、結衣が呟いた。
「会長ってどこか抜けてる方だなぁと思ってましたが…根本からなにかズレてる気がしてきました…」
「…会長は、インスタントラーメンとかチープな食べ物が好きでして、よくコンビニに行ってはガリガリ梅やらホワイトサンダーを買い漁っているんです……」
梓弓先輩の溜息をつくような発言に、納得するとともに、誰も口を開く元気など無くなっていた。
「やっぱり、あの人達には敵わないな…」




