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くらうん《リライト前》  作者: 永ノ月
3章 影の戦線編
23/38

TARGET20 読心

昨日と今日で、変わったことがある。

ひとつは、昨日の道師さんの善意に、パートナーについて再び考えさせられた。次に、その道師さんに、城島 忍さんの勧誘を止めるよう言われたこと。

そして…

「ちょっと、ついてこないでよ!」

「行き先が同じだけだろ!自意識過剰すんな!」

梓弓先輩と、八束先輩の仲が悪くなってる?!


「どうしたのアーちゃん?昨日は八束くんについて行きたいとまで言ってたのに…?」

「あの男はサイテーでした!付き合いきれません!!」

ここまで言ってしまう2人の間に、一体何が…?

原因があるとしたら、一つだけ。

「城島先輩に、何言われたんですか?」

核心を突かれたように、二人はピクリと肩を揺らした。

振り返った八束先輩の表情は怒りではなく、かと言って無でもない、何か悍ましいオーラのある表情で、言った。


「…あいつは、止めた方がいい」

昨日も、同じような台詞を聞いた。突き放す台詞。ただ同時に、興味が出てしまう人間がいた。

「じゃあ、今日は私が会ってきます!!お二人の敵、必ずや…」

「そうじゃない、そうじゃないんだ二条…」


言いかけたところで止められ、動作も同時に止まる。

「入ったところで、上手くやれるイメージがまったく沸かないんだ…」

読心ウィスパーとは、どんな能力だったのですか?」

冷静に、真剣な表情で愛先輩が問うた。

それに梓弓先輩が振り返って、絶望の混じった目で答える。


「彼の能力は…『相手の心の声が聞こえる』らしいんです」

「心の…声?」

「なるほど、それで読心と…でも、それがあれば戦闘は有利なのでは?」

「いいえ、問題は彼にあります」

梓弓先輩は苦くも、昨日の一部始終を語った。





城島家の前へ着き、インターホンを鳴らす。響いてから少しして、玄関から母親が顔を出した。

どう見ても普通の母親、問題などまるで無さそうな穏やかな女性だった。

「いらっしゃい。忍のお友達なんですよね?入ってください」

「「失礼します」」

揃って玄関をくぐり、中へ入る。リビングには誰もいない、テレビの笑い声だけが、響いていた。


「あの、城島くんは?」

梓弓が問うと、母は深刻そうな顔を浮かべ、座ってくださいと指示された。

「忍が能力に目覚めたのは1年生になってから、発現以前はとても明るくて、友達の多い子だったんです…でも、能力が現れた途端、学校は疎か、外にも出ようとしません。先生が一度来てくれましたが…忍が何を言ったか分かりませんが、肩を落として帰って以来、もう来ていません」

「どんな能力かは、ご存知ですか?」

八束は冷静に、慎重に母親へ問うた。

「忍の読心ウィスパーは…他人の心の声が聞こえるらしいんです」

「心の声?つまり内心が見えてしまうと」

「はい。だから私やお父さんが話しても、私達がどこかで忍を怖がってるのがバレてしまって、まともに話などしてくれません」


心の声が聞こえてしまう少年、この能力はかなり狂気的だといえる。

聞こえるはずのない心の声が聞こえてしまう、これは人間関係に大きな支障をもたらすことに違いなかった。

口では言いにくい、声には出さない内面が彼には聞こえてしまう。オブラートもへったくれも無い、筒抜けで冷たい世界が、彼を変えてしまったようだ。


「城島くんのいる世界は、私達と同じ世界なんでしょうか…?」

「当たり前だ、そして彼が必要なんだ。直接話しても?」

八束が立ち上がって母親へ視線を向けると、一度長く目を瞑って、答えた。

「…忍ははっきりした子なので、何を言われても折れないのなら、話しても構いません…」

「ありがとうございます、いくぞ八崎」

梓弓は黙って立ち上がり、彼の部屋のある2階へ足を運び、『シノブ』と描かれたプレートがぶら下がる扉の前へ立つ。

「折れんなよ?」

「そっちこそ、泣いたりしないでよね?」

そう言って笑い合い、扉を開ける。


部屋には電気がついておらず、カーテンは半分だけ開いている。

鈍く光るパソコンの前に、黒いヘッドホンをつけた少年が座っていた。

そつない茶色の髪、観察するに身長は170前後、その割には痩せすぎている腕、足。

まるで死んでいるような、絶望漂う目が2人を捉える。

椅子が回転し、彼の体を正面から見る。

「忍くん。俺は渋谷第二高校の同級生、八束 智樹。こっちは八崎 梓弓」

「今日はあなたにお願いがあってきたの、実は…」

忍はゆっくりと両手をヘッドホンに添え、外して首にかけた。

少し間が空いて、忍がゆっくりと口を開いた。


「…新人戦に、出させたいの?」

この一言で、八束と梓弓は察知した。

既に能力は発動している、心の中を見透かされている。

「まあ、普通怖いよね。中まで見透かされてるんだから」

「いや、大丈夫だ。これから仲間になる君を、怖がる必要はないからな」

忍は八束を睨むように見つめ、口元に笑みを浮かべた。


「智樹、頭良さそうな雰囲気あるけど、勉強はあんまりできないみたいだね。この前の期末考査の点数が聞こえた」

「なっ…って今はその話じゃない!」

「うそ、てっきり頭いいかと思ってたのに…」

「食いつくな八崎!忍のベースに飲まれるぞ!」

「梓弓、智樹のことを特別に見ている。どうやったら私のことを好きになってくれるかな?」


時既に遅し、部屋は完全に忍に支配されてしまった。

梓弓は顔を真っ赤にして、絶句していた。返す言葉もない、といった状態だ。

「智樹も少し、彼女を特別に見てるね。でも口に出せない、あと胸が足りない…」

「ちょっと待て!だからその話をしにきたんじゃ…」

「八束…私をそんな目で見てたの!!」

「ち、ちがっ…」

「メグミ?って人も気になってるみたいだね」

ここでさらに別の人間が浮上したから、梓弓もふるふると肩を震わせている。


「ちょ、八崎…これはこいつの」

「どうせ会長の方が可愛いですよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「ぐっはぁぁぁ?!」

「ちょっと、ケンカなら外でやってよ。じゃあバイバイ」





梓弓先輩が口を閉ざすと、部屋は沈黙に包まれた。

いつの間にか八束先輩の姿は消えている、能力で隠れているようだ。

愛先輩は胸の前で腕を組み、真剣な表情で梓弓先輩へ問うた。


「それで、付き合うの?」

「結局そこの話ですか!絶対イヤです!!」

「な、なるほど!だから梓弓先輩は八束先輩についていったんですね!私今納得しました!!」

「もう何も言うな、二条」

明らかに冷めきった声色の八束が、どこからか呻いている。

「しかし困るわねえ、また5人目を探さなくちゃ…」

「いえ、私が連れてきます!」

「だから、そいつはもう止めた方が…」

しかし遮って、真剣な目つきで言った。


「忍先輩は…間違いなく苦しんでいます。私達が手を差し伸べなければきっとずっと変わりません。それにチームとしても欠けてはいけない人なんです。私と梓弓先輩と八束先輩で攻めて、愛先輩がみんなを守って、忍先輩に司令塔をしてもらう、これがあれば絶対に勝てます!」

しつこく食い下がる姿に、八束先輩は痺れを切らし、思わず大声を張り上げた。


「そこまでして、新人戦に勝ちたいのか!俺達の関係がグズグズになってもいいのか?!」

「じゃあ先輩は、困っている人を目に入れながら無視するんですか!!」

「や、やめようよ未来ちゃん…」


声を張り合う二人に威圧され、結衣が涙目になって私の肩へ触れる。

はっと我に返り、悲しげに視線を落とし、そして前を向く。

「私一人で行ってきます、会って話さないと、私が納得しません!!」

「待って」


荒ぶる雰囲気を、愛先輩は一言で静めた。

いつもの穏和な笑顔で、まずは八束先輩の前へ立ち、顔を覗き込んだ。

「気持ちはわかる、と言っても静まらないでしょうが、私は二条さんと同意見です」

「じゃあ会長も?」

「私は、話し合うことに意味があると思います。閉ざされた彼の心を、私は開いてあげたい、単純にそう思ったからです」

「…」


振り返ると、そこには愛先輩の視線があった。

「それに、二条さんも《アレ》が欲しいから優勝したいんでしょう?」

私は黙って、頷いた。それを理解できない八束先輩達は、首を傾げた。

「アレって、なんですか?」

愛先輩の表情は深刻さを帯び、思わず唾を飲む。

眉をひそめ、低い声で呟いた。


「それは…優勝の副賞として『カップらぁめん一年分』がもらえるからです!」


皆の頭に、漠然とはて?のマークが浮かぶ。

愛先輩と私の口からは、いつの間にかよだれが姿を現し、目は純粋にキラキラと輝いている。

その場が一気に凍りついた、別の意味で。


「…ちょっ…と、え?それのためですか?」

「そうよ、なにか問題でも?」

「いや…その、頑張って強くなって1位とろうとか、そういう奴じゃないんですか?」

「何言ってるの八束くん。人間は物欲に従順な生き物よ?それが無くてはやる気が出ませんわ」

「そうですよ八束先輩、どこの少年マンガのノリですか?」

「」


八束先輩が黙り込むと、愛先輩が目配せし、生徒会室をあとにした。

残された人達は、意外すぎる動機に誰一人として口を開くことはできなかった。

ようやく沈黙を破るように、結衣が呟いた。


「会長ってどこか抜けてる方だなぁと思ってましたが…根本からなにかズレてる気がしてきました…」

「…会長は、インスタントラーメンとかチープな食べ物が好きでして、よくコンビニに行ってはガリガリ梅やらホワイトサンダーを買い漁っているんです……」

梓弓先輩の溜息をつくような発言に、納得するとともに、誰も口を開く元気など無くなっていた。


「やっぱり、あの人達には敵わないな…」

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